25雫目・幸せの基準 小雫夜話(後編)
最終話後編です。
長らくお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
バッドエンドではありませんが、死にネタ含みますので、危険を感じた方、ブラウザバック、よろしくお願いします。
それは、新月の夜だった。
胸騒ぎで目を覚まして、台所に水を飲みに行った帰り道。
彼女の部屋で、密やかな話し声が聞こえた。
「…もう、いいのか…?」
「…うん、いいよ」
「満足、したか?」
「分からない。でも、充分だと思う」
「…そうか…」
囁く会話が、とても意味の深いものに聞こえたので、気になって障子の隙間から中を覗くと。
彼女が敷かれた布団の上に座っていた。その奥に、闇に同化するように、もう1人。
人では無いと、良くないモノだと、すぐに解った。
ソレは、彼女の胸元に、鋭い刃先を突き付けている。大きな鎌だ。
でも、彼女は怖がるどころか、安心した表情でソレに寄り掛かっている。
ソレは、空いた手で彼女の頭を肩口に抱き寄せると、丁寧に髪を梳いた。
「幸せだったか?」
ソレの問いに、彼女は頷く。
「…今、幸せ、か…?」
不安気な問いかけに、彼女は瞬きをして。
「…そう、かも知れない」
目を瞑りながら、花が綻ぶように微笑んだ。ソレが、表情を緩める。ほんのり笑ったその顔が、泣いてるようだった。
すぅ、と、大きな鎌の刃先を彼女から離す。吊られるように、青白い火が彼女の体から出てきた。
刃先に灯る火は、きらきらと星みたいに瞬いて。
反対に、力を無くした彼女の腕が、布団の上にだらりと落ちる。
なぜか分からないけど、もの凄く怖かった。気付けば、大声で悲鳴を上げていた。
悲鳴を聞きつけ、爺ちゃんの両親が彼女の部屋に来た時には、すでに彼女は息絶えていたそうだ。
爺ちゃんは、泣きながら見たモノの事を話したが、誰も信じてくれなかった、と言った。
ソレが何なのか、今だに爺ちゃんにも分からないらしい。
「どうして、僕だけに話してくれたの?」
僕が聞くと、
「これを、おまえに渡したかったんだ」
爺ちゃんは答えた。そして、脇にあった木箱を僕の前に置く。
「貰ってくれるね?」
「どうして僕なの?」
疑問を口にすると、爺ちゃんは目を細めて笑う。
「おまえが一番、爺ちゃんに似ているからだよ」
言いながら、木箱の蓋を開いた。
中には、ガラスの皿が一枚、厚手の布に包まれている。取り出したガラスの皿は透明で、ほんのり青い向こうは、波を打ったように歪んで見えた。
「これが『小雫』だよ。大事にしておくれ」
爺ちゃんは僕に、ガラスの皿を手渡す。
そっと受け取って、ガラスの向こうを覗いてみて。
爺ちゃんの肩に寄りかかる、不思議な光が視えた。
数日後、爺ちゃんは、眠るように息を引き取った。家族に見守られて、幸せそうに笑っていた。
僕は、爺ちゃんから『小雫』を受け取って以来、ガラスの向こうを覗いていない。
不思議な世界を覗いてみたい誘惑に駆られる時もある。けれど、人が視てはいけないモノも、この世界には存在すると思ったからだ。
ただ、時々、ガラスの皿を箱から出して眺めている。
爺ちゃんとの思い出を、辿るために。
ありがとうございました。
これで一旦、小雫夜話はお終いになります。
ここまでお付き合い下さった方、本当にお疲れ様でした。
小ネタは今後もポチポチ書くつもりですので、またどこかで、お目に掛かれる事を祈りつつ…。




