1雫目・たんぽぽ
一話完結です。
2015年に書いたものです。
……たんぽぽになりたい……。
今まで、ここに辿り着くまでに本当に長い道程を歩いて来た。坂道を登ったり下ったり、遠回りも近道もした。迷いに迷って元に戻った事も一度や二度ではない。それでも、歩き続けることは止めなかった。
ここで立ち止まったのは、ほんの偶然だ。疲れが酷かったので、一休みしたかったのだ。道端に座り込むと、真横にタンポポが咲いていた。
「どこから来たの?」
タンポポは風に揺られながら僕に聞いた。僕は、遠くから、と答えた。
「どこに行くの?」
タンポポはまた聞いた。僕は、さあ、と答えた。実際、目的地などないのだ。
タンポポはゆらゆら揺れながら、
「疲れたの?」
と聞いた。
「そうかもね」
僕はどこか投げ遣りに答えた。風に揺れるタンポポが、ほわりと笑う。
「じゃあ、少しだけここにいて」
その言葉に、僕は頷いた。
タンポポは楽し気に僕に質問を繰り返した。僕が面倒そうに返事を返すのも気にしていない。黄色い頭が、僕が答えを返す度に嬉しそうにゆらゆら揺れた。
不思議な事に、タンポポと話す度に、疲れた僕の心が軽くなっていく。正直にそう言うと、良かった、と、また笑う。自然に、僕も笑うようになっていた。
「素敵な笑顔ね」
タンポポは僕の笑顔を見て、嬉しそうに言った。そうかな、と返すと、ゆらりと頷く。
「こんな風に笑うなんて、久しぶりだ」
僕がそう言うと、
「笑い方も忘れるほど、背伸びしてたの?」
タンポポは首を傾げて聞いてきた。僕は頷く。
実際、背伸びだけじゃない。意地や見栄も張ったし、自分が嫌になって自棄になった事もある。
その結果が、今の自分だ。
「あなたは、ありのままで十分素敵よ」
タンポポは、風に揺られながら笑った。まるで僕が自分を嫌っているのに気づいているようだ。
「ありのままなんて、できるわけないよ」
それはとても難しい。
僕の言葉にタンポポは、そうかもね、と返す。
「でも、あなたは大丈夫。もう笑えるもの。もう自分を嫌いにならないで」
その言葉が、僕の心の奥にすっと馴染んで消えた。
ふわりと優しい風が吹く。
風の行く先に目を向けて、僕は、そろそろ行かなくちゃ、とタンポポに声をかけた。
タンポポは風に揺られながら、ほわりと笑う。
「来年もきっと、ここに逢いに来て」
そうだね、と答えて、僕は少し寂しい気持ちで笑った。
君が一番、分かってる筈なのにね。
今咲く君に、二度と会えないのは…。
ありがとうございました。