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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第八章
92/127

※残酷・不快描写あり


 距離にして長くも、時間にして短い頃合い。我輩は宣言通り、ひとけりで目的地に到達――は出来なかった。途中で一旦立ち止まったからだ。やむを得ない様子見をした僅かな時間と手間は、あの時の不可抗力というものだろう。

 何せ、そうとわかるほどに異変がその場に起きていたのだから。


「……っんだ、こりゃ」

「火元だ。しかし、予想以上に大きい」


 遠目に視認出来ていた煙は、間近で確認すると思った以上の規模であった。元は植物庭園だっただろうその家屋はほぼ全てが真紅と黒灰に包まれており、地面には内部からの温度変化による気圧で砕け散ったと思われる硝子が散乱していた。それが張り巡らされていただろう金枠は原型も判別つかぬほど焼き焦げひしゃげ、未だ暴力的な熱に焙られ続けている。

「ひでえ火事だな。何が起きたんだ」

「わからぬ」

 場は集落と離れた孤家であり、幸か不幸か周囲に人はおらず、消火の手は皆無であった。(一見)無人の家屋にて燃え盛る炎は収まる気配なく、むしろ風に煽られるがまま轟々と勢いを増している。――そう、風に煽られるがまま。

(風が、屋内より吹き出ている)

 びょうと吹き付ける突風の幾筋かは、なんと火元の中心部から発生しているようだった。

「うっ、こりゃ迂闊に近寄れねえな」

 背に乗った騎者どのが眉目を潜める気配がした。先ほどからびし、びしと激しい音がする。触れれば傷つくほどの風圧――いくつもの鎌鼬が結界に当たる音だ。鋭利な風圧と吹きつける熱、そして黒煙は光結界を張った我輩の眼前にて霧散しており、実害は無い。しかし次から次へと襲い来るそれらは膨大で絶え間なく、煙幕のせいで視界は不明瞭。そして何よりも、霊視もままならぬほどに。


「……この風、さほど強くはないが……数が多すぎる」


 わずかに掴めた状況は、思念を発せないほどに矮小な風精が無数にこの家屋周辺に集まっていることだった。それらが炎を取り囲み、あるいは中に潜り込み、奥より更なる熱量を引き出してまた外に躍り出てきている。周囲の草木に燃え移ることは、外に待機していたほかの風が防いでいる。そして余った風は外に突風となって吹き出され、人や動物を近寄らせぬよう動いているのがわかる。我輩らがここまで近づけたのも、ハヤテの力を借りなんとか風圧の隙間を縫い、ひとけりで百里を超える我が脚力を以って鎌鼬を振り切り、一気に駆けて来られたためだ。

(しかし、理解しがたい状況に変わりは無い)

 どう考えてても、この火災は自然的なものではない。近づくと襲いかかる鎌鼬といいあつらえたような煙幕といい――形状性質こそ我輩のそれと異なるが――まるで結界のようだ。さながら人為的炎を利用した、風の結界。

 意思の無い風という風を使役する霊力がかしこに作用しており、そのすべてがばらばらに見えて一つの意の下に動いている。圧倒的な霊力量と完璧以上の行使術、その両方が無ければこの状況はあり得ない。ましてここは、風以外の霊気が薄い土地である。

(内情を考えるに実に恐ろしい、が。これほどの霊力使いたるものに、是非相見えたいものだ)

 これほどの膨大な風を操る者が、操れる実力者がこの人界にいたのか。その驚きとわずかな畏れとが我輩の心身を僅かに震わせ、奮わせもする。

「騎者どの、どうする。かの組織の拠点は確かにここであるが、如何ともし難い状況だ」

「そうみてえだな……まさか火事になってるたあ思わなかった。リョク、相手方の策だってことは」

「霊気を利用した幻覚ということではなさそうだが――内部の霊視が出来るまでに近づかねば、確認が出来ぬ。不規則な霊圧が内部より発生しているので、周囲に結界を展開するに不具合がある。まずはこの風の発生源を抑えぬ限り、鎮火は不可能だ」

「風って……この炎ん中から吹いてるやつ!? 気のせいじゃなかったのか」

「うむ。かの『火種』は、自然的なものでない」


――道中で視認した際、飛び込んできた小さな風精がうっすらと教えてくれていた。


《ようせいだよ》《ようせいがもえてるよ》《たくさんのかみといっしょにもえてるよ》


……我が一族にとってなんとも心地よくない、まともに理解してしまうに吐き気を催す、負の感情にまみれた原因が「火種」。十中八九、殺意のこもった放火であろう。

(風精の断片的な説明から察するに、最初に燃えたのは妖精の遺体。そしてそれは、人為的に火をつけられたと見える。これほどの炎の勢いから見るに明らかに『燃料』を集ったうえでの火災……到底事故とは思えない。おそらくは、仲間同士の諍いか)

 騎者どのは我輩の顔色から事態を察したのか、さほど説明を要求することなく先を急がせてくれた。――


 ともあれ、我輩らの側面を吹き抜ける風の個々は、我が風の使役たるハヤテよりは遥かに微弱な霊圧だ。総じてハヤテと同等以上の力を持つほどに数が多いだけである。従ってどこかに綻びは生じ、隙も在るはず。

《ハヤテ、突破口を空けられるか》

 思念で使役に確認する。――が。

《ハヤテ、聴こえているのか。……ハヤテ?》

 数瞬後。我輩は、更なる異変に気付いた。気付いてしまった。

「……騎者どの、困ったことになった」

「急にどした。ションベン?」

「違う」

 びしびしと結界にぶち当たる鎌鼬と黒煙とを前に、我輩は沈鬱な声を絞り出す。

「ハヤテが、我が呼びかけに返応しない」

「は?」

「気配すら無い。いつの間にか、どこかに、消えてしまった」

「消え、……」

 騎者どのは一瞬沈黙した。そして我輩の鬣に突っ伏して呻き声を上げた。


「……今まで盛大に前フリしてたのなんだったんだよ……!」


 気持ちはわかる。



 それから何度呼びかけようと、我が風の使役は反応せず返応もしなかった。

 気紛れな性質持つ風に長く構っていても仕方ないことは、我輩も騎者どのもよくわかっている。ここまで来れたのもかの使役のお陰だし、この場はやや特殊な霊力状況であるし、土壇場で行方不明になろうと大目に見よう……と考えるしかない。

 ともかく、ひとつの手が見込めないとなると他の打開策を早急に見出す必要がある。強化補助役たる風の使役が使えないのなら、我輩らの力のみで突破するしかない。従って、我輩の光の霊気結界を直接発生源へとぶつけることにしたのだ。

「そんなことしてお前は大丈夫なのか、リョク」

「今張っている結界を部分的に強めるのみだ。範囲を狭くし、『護りの霞』程度の霊力を集中させれば消耗は殆どしない」

 蹄を前に進めると、黒煙と鎌鼬とが激しくなるのがわかった。体表に感じる熱気も凄まじい。角から放出する霊気を狭めると、眼前に張られた光の膜が霞のように形を変え、我輩らに直接纏わり付く。視界は更に不明瞭となったが、これでもう少し強めの衝撃と温度にも耐えられるはずだ。我が霊力が絶えない限り呼吸も確保出来る。

 そのことを説明しつつ更に蹄を進める。ますます強まる熱気と視覚的恐怖に、背から完全に怖気づいた震え声が響いた。

「ほ、ホントにだいじょぶですかリョク先生。確かに火傷はしなさそうだけど鉄鋼所の溶鉱炉並みに暑いんですけど。呼吸とか大丈夫そうだけどそれでも若干苦しいんですけど。これこのまま進んじゃってホントに大丈夫ですか」

「うむ。我輩も人間に試すのは初めてであるが、恐らく大丈夫であろう」

「はじめて!?今はじめてって言った!? ……真面目に訊くけどマジ大丈夫なの? 俺個人はチート能力とか持ってないか弱い人間なんだかんね? 途中でころっと死んじゃったらこの物語終わりだよリョクさん!?」

 どうでもいいが、耳元で大声を続けないで欲しい。心根に正直な彼の癖ともいえるが。

「騎者どの。我輩を信じて欲しい」

「し、信じてねえわけじゃねえけどよ……ッ」

 視界一面に迫る炎、それによる恐怖感は並大抵のものではない。騎者どのの躊躇いは尤もである。ただ、今は過去の海越えと違って差し迫った事情がある。我輩としても退くわけにいかない。

「逡巡しているうちに好機は過ぎ行くぞ。この炎と風が収まったのち、集う霊力濃度は我輩の既知を超える。ハヤテが居ない以上、勝機は存在するうちに掴み取らねば」

 作用している霊力は膨大であるが、範囲が広いため割かし散漫となっている。ただ、これが一気に収束するとなると恐ろしい。我が使役が補助効力を望めない今、そうなればこちらの勝機は格段に下がる。先方の不意を衝く意味でも、自然鎮火を悠長に待っては居られないのだ。

「事変が収まる前に現状把握をし、事件の解決口在らばそれを寸座に捕らえなければならぬ」

「う。確かにそう、だな。ドサクサ紛れに何か掴めるかもしれない、か……」

 そのことを真摯に説明すると、騎者どのは不承不承ながら納得したようだった。もとより、霊力を目視出来ず不思議を感知出来ない只の人間は霊力飛び交う現場において只人に過ぎない。無情な言い方をすれば、無力に等しいのだ。妖精を祖父に持つ騎者どのは誰よりも、そのことを解っている。

 溜息をついた後、手綱が覚悟を決めたように握り直された。勇猛果敢ではないが、元来諦めがいい性質の人間なのだ。

「……、仕方ねえか。リョク、頼んだぞ。ただし俺とお前が死なないように、くれぐれも無理しない程度にヨロシク」

「しかと承知」

 炎と風が躍り狂う、崩れ落ちそうな家屋内に。真紅と黒が乱舞する、不可視の中に。

「征くぞ騎者どの」

「応よ。――あ~~っくそ、巨大水溜りよかマシだっもうどうにでもなれやっ」

 若干一名のやけっぱちと共に、進む。



 かのような経過で炎の中へと進んだ我輩らであるが。そこからの問題は騎者どのでなく、我輩にあった。


 燃え盛る家屋の内部。橙と紅の熱気、充満する塵と荒れ狂う気圧。それ以外はまったく視界が開かない暗闇。足元は無数の障害物。

 呼吸が出来ていること、人間の身でも耐え切れる体感温度を保てていることを確認しつつ、劫火のなかを歩き脚で進む。我輩は体高があり、背に騎者どのを乗せているので崩れかけの内装にぶつかるとそれがそのまま障害物となるからだ。足元を蹴散らさないように最低限の動きで周囲を確かめつつ、内部を視認しつつ色々なものを避け、跨ぎ、ときに跳び越えながら、霊気の中心目掛けて前進する。炎は激しかれど光の結界を脅かすものではなく、我が鬣をちりとも燃やさない。

 ただ。

 思った通りの、いや思った以上の道のりの険しさに歯を食いしばる。息継ぎは出来ているし熱気や風圧は想定内のものだ、しかし何よりも辛かったのは、風の発生源に近づくごとに死臭が強まってくることだった。

(この家屋内で、生き物がいのちを落としている。何匹も、何頭も、何人も)

 火種となった妖精の遺体だけではなく。膨大な年月の中、幾つもの生物が幾通りもの方法で、無為に殺されたこと。そのいのちの破片や残された無念が、かしこにこびりついて炎と共に燃え盛り、より強い残留思念となって我輩に訴えかけてくるのだ。


《しにたくない!しにたくない!しにたくない!しにたくない!》

《たすけて!たすけて!たすけて!たすけて!》

《くるしい!くるしい!くるしい!くるしい!》

《やめて!やめて!やめて!やめないなら、ころして!》

《ころせ!ころせ!ころせ!ころしてくれ!》

《ころしてくれ!こんなめにあうくらいならころしてくれ!》

《ゆるせない!ゆるせない!おまえたちをぜったいゆるせない!》

《しんでもおまえをころす!のろってやる!しね!》

《ころす!ころす!ころす!ころして、やる……!!》


 それは紛れも無く、我が一族が苦手とする負の感情。ありとあらゆる獣や人の断末魔、ありとあらゆる苦懊と怨嗟の「声」であった。そして、鋭敏な霊獣の感覚は否が応でも強い残留思念を深く読み取り、そこから映像を紡ぎ出してしまう。残酷なほど、克明に。

 狭い籠の中に閉じ込められのた打ち回るほどの猛毒を注射されたもの。全身を焼けただらせる薬品を浴びせられたもの。身体の一部を切り離されたもの。生きたまま解剖されるもの……

 進む蹄が、重い。結界に包まれた角の先端が放電している。ばちばちと激しく明滅するそれは、危機把握の証しでもあった。――ここは、我が一族にとって相性の悪い場所。

(ここは生物実験場だったのか)

 人界に暮らして四十年余り、我輩もその存在は識っていた。主に人型種族の科学文明において度々おこなわれる、鼠等の繁殖力の強い小動物を用いた生物実験。まともに考えると残酷極まりない所業であるが、天界よそからの仮住者たる我輩らが介入すべきことではない。一旦それらに介入することはひとつの文明に介入することでもあり、我輩の目的とは逸れることでもあるので敢えて見ないように、必要以上の介入を避けてきていた。

 だというのに、今の今になってこんなかたちで関わることになるとは。

 しかも。


《かえりたい!かえりたい!かえりたい!かえりたい!》

《かぞくのもとにかえして!おねがい!おねがい!おねがい!》

《やめろ!やめろ!やめろ!やめてくれ!》

《つがいのもとにかえらせてくれ!あいたい!あいたい!つがいにあいたい!》


 次から次へと襲ってくる残留思念の中には、覚えのあるものも含まれており。


《おねがい!おねがい!このこだけは……!》


 そのひとつが、腹の膨らんだ同族の雌だとわかった途端。


「……………………ッ」


 我輩は、とうとう脚を止めてしまったのだ。


(ワカバの母御も、この家屋内で致命傷を負わされたのだ)


 相性が悪いどころではない。

 この燃え盛る植物園こそ、我が一族が拉致され角を奪われ無為に殺され続けた忌まわしき場所だと、本能的にわかってしまったゆえに。



『わたしの実のお母様って、リョクのお義父様と同じ色の鬣をしてたのね』


――業火の中に浮かんだ映像は、橙色の美しい鬣もつ雌のものだ。四足には金属の枷。捕らえられた時、彼女は身重のからだで牢獄より逃げ出そうとする。腹の仔を産み落としたら最後、今よりもっと恐ろしい地獄が待っているとわかっていたから。……抵抗を封じるため嗅がせられていた血臭を振り切り、弱った霊気を振り絞って枷を破壊、なんとか逃げ出した。しかし途中で見つかり、何人もの妖精らに追いかけられ刃物や鈍器を投げつけられ、片方の角を失った。もう助からない重傷を負いつつ、それでも最後の脚力で場を突破し、出来得る限り遠くへと逃げた。そして。


『わたし、お母様のこと覚えてない。けど、わたしのことを最期まで護ってくれたんだってことは、とうさまから聞いてしってる』


 そう、かのじょは、さいごまで、たいせつなものをまもって――



 轟々とうねる炎、纏わり付く煙、積み重なった災禍と罪のあかし。突きつけられるかつてあった惨状、絶えず迫る死の気配。

 我輩は、その中で呆然と立ち尽くしていた。哀しみとも、怒りとも、一言では判別できないものが身の内に溢れかえっていた。身体的な苦痛でなく、心に受けた痛手が大きすぎた。

(これほど、とは)

 これほどとは、思っていなかった。これほどまで――我輩にとって辛い、辛すぎる場所だったとは。

 この感覚は、過去感じたものと似ていた。今も記憶に残る、残酷な赤に染まったくれないの鬣、ぼたぼたと零れ落ちる赤い泪。突如の理不尽な暴虐により、いとおしいものたちが儚く散っていったあの夕日。

 血や暴力沙汰に対する耐性はついていた、惨状に関して覚悟は出来ていたと思っていたのに。やはり、同族に起きたことを欠片でも識ることは、想像を絶する辛さであった。一族の生存本能に逆らう負の感情を無理矢理押し付けられ、最大の誇りをもぎ取られる苦痛が延々と脳内で再生される。血反吐と毒茨の中に突き落とされ、蹴りつけられるような屈辱が胸中を襲う。彼らはどれだけ苦しんだだろう、どれだけ辛かっただろう。ワカバの母御は、どれだけの苦痛を受け、どのような思いで、ワカバを……!

 視界が霞む。脳内に溢れた映像と鼓膜に鳴り響く断末魔とが激しすぎて、もう何も視えない。聴こえない。我輩はどうしたらいいのか。哀しめばいのちが還ってくるとでも?恨めば全てが救われるとでも?このやり場の無い感情は一体どこにもって行けばいい。

(今更絶望など、誰も望まない。起きてしまった過去は取り戻せない。けれど、けれどこの辛さはどうすれば、どうすれば昇華出来る……!)

 苦悩に呑み込まれそうになった、そのときだった。


 音と温度の消えた世界で、首筋をぽんぽんと叩かれる感触が我輩に届く。



《リョク》



 角から伝わる、魂の音色。



《リョク。――――駆けろ!》



 はっしと、わき腹を腿で打たれる。手綱を引き絞られ、獣頭を繰られた。

 深く考える暇無く、我輩は騎者の指令に従う。地を蹴る。足元で焼け焦げた何かを超えその場を離れた後ろ、ひしゃげた金枠が崩れ落ち道が塞がれるのがわかった。

 世界に音と温度とが戻ってくる。


《いいぞ。走れ!》


 響く指令。炎と煙、不規則な大気の停留など関係なしに、狭い屋内を蹴り破るように走る。駆ける。背に乗るものと、呼吸を合わせて。手綱を繰られるがまま、燃え盛る障害物を跳び越えすり抜けて。


《征け! 前に進むんだ!》


 哀しみを振り切るように。恨みなど蹴りつけて。


《征くんだ、リョク……!》


 深く醜い溝など、ひとけりで跳び越えて。



 全ての障害物を通り抜けたあと、不意に視界が開けた。そこは、不可思議な場所であった。

 燃え盛る家屋内だったというに、ひたすらに静謐な空間がそこに広がっていた。熱と気圧の中心にあるとは思えないほど、音が遮断されていた。そしてそんな空間に一人、たった一人の妖精が後ろ向きで座っていた。

 我輩は急停止する。手綱を繰る手も止まる。人の足にして十歩ほど離れた距離、それ以上は近づけぬと悟ったからだ。駆けて来た勢いを散らすよう、その場で獣首をまわすようにぐるりと歩いてから、注意深く立ち止まる。この場には正常な空気が満ちているようだ。酸素の少ない場所で駆けたことにより乱れた息を整え、鼻でその正常な空気を吸う。

 呼吸が落ち着いた頃、空気がまた動く。闇に燐光しているかのように複雑な色をした髪が、わずかに揺れた。

 そして。



「結構な結界を張っていたつもりでしたが……ここまで入り込まれるとは」



 風のような。風そのものとも言っていい爽涼な響き持つ声が響く。


「まさか、あのひと以外にイヴァがこの時代、人界に存在するとは思いもよりませんでした。それにその背に生き物を乗せて」


 返応をしたい。だが、不可思議な威圧感に圧され、何も言葉を返せない。背の騎者どのも同等のようで、息切れた呼吸を整えつつ唾を飲み込む音が聴こえた。


「まさか生きている間に、二身一体となっている騎者と騎獣に相見えるとは、思いもよりませんでした。非常に光栄且つ、実に懐かしい」


 立ち竦む我輩らに対し、妖精はすっくと立ち上がる。ゆらり、とまた髪が揺れて。



「……しかし、不可解だ。一体、あなた方は何者ですか」



 振り返ったその瞳は、見覚えのある青紫色をしていた。





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