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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第八章
93/127



 「彼」は炎の薄明かりの中で我輩らを見据えた。


 夏であるのに相当な厚着をしているようで、体格があまりわからない。ただ、性別は声からして紛れも無く雄である。肩につく髪は、天使の我が友のそれより灰がかって薄い金色。薄暗い屋内だというのに、かのようなことなど問題でないように淡く存在感を放っている。家宝の調整者どのよりやや白みが強い肌の色と、妖精らしく尖った耳朶。首元まで窄まった衣。上背はそれなりにあるようだ。踵のある靴を除いても、騎者どのや我輩の人型と同じくらいであろうか。

 歳の頃は、わからない。妖精は長命であるので、見かけだけでは年代が判別できない。せめて亡き長老どののように年輪のかけらがあれば目安をつけられるが、眼前の妖精はそれが殆ど見当たらない。ただ、外観は若く見えるがそれほど若僧でもないだろう。過去や最近見たことのある歳若い妖精らのそれとは、湛える空気が違う。

 それに。

(似ている)

――他人の空似だろうが、容貌がかの長老どのにだいぶ似ている。我輩が気付いているのだから、騎者どのも当然気付いているだろう。触れれば切れるかのような凛とした面差しといい、年輪を除けば記憶に残る面影と共通点が多い。肌の色は異なるが、瞳の色彩はまったく同じだ。これは偶然なのか。

(一体、何者だ)

 当然の疑問を抱きつつ、我輩は背の騎者どのを護るように光の結界を前方に展開する。殺気や差し迫った危機は感じ取れないが、そのせいで正体が読めない。一族の拉致事変に関わったものにしては雰囲気が清浄に過ぎる。霊具も持っていないようだし、動揺もまったく表面にあらわれない。

 不可思議な威圧感は継続しており、畏れと共に警戒心が先立つ。この場においては我輩にとって有害なもの――生物の苦懊や怨嗟の念――が遮断されているらしいことが、せめてもの救いか。

 燃え盛る家屋内にぽっかりと広がる正常空間は、その妖精を中心として半円状に展開しており、彼自身の霊気に満ち溢れているようだった。ひたすらに静謐で、厳かで、――底が視えぬほどに深遠で。

 無言の隙間を擽るように、風のような声は紡ぐ。


「こちらから名乗る必要があるというのなら、名乗りましょう。……自分の名は、ティリオです。ティリオ=セト=ノビレス=ツヴィトーク」


 薄い口唇が開閉し、その端が上がる。次いで、青紫色の瞳がゆっくりと細められた。ここ数十年で見慣れた、二本足特有の表情筋を使った「笑顔」。しかしその視線は喜色のものではない。

「ご覧のように、しがないエルフです。少しばかり厄介な事情により、この場に居ります。……それにしても素晴らしいですね。それなりに手の込んだ結界を張っていたのですが、見事にすり抜けられてしまいました。いやあ、あなた方の連携には感服するしかない」

 滔々と、優しげといっていいほど丁寧な口調。気さくに聞こえるが、与える情報を極力少なくしていることがその内容から知れた。

「二身一体の神技は称賛に値するとして。なぜ、あなた方のような不思議な組み合わせの騎者と騎獣がここにいるのでしょうね」

 彼は我輩らを称賛しつつ、己のことは一切話していない。柔らかな声音を出しつつ、この妖精はあくまで冷淡にこちらを見据えている。まるで喋りながら相手を観察し、検分するかのように。

 そして。


「どうして平和な時代の人間が、これほどまでにイヴァを乗りこなせているのでしょう。

―――『あなた』は一体、何者です?」


 その視線は、いつの間にか我輩を除外しており。騎者どのだけに向かって、問いかけていた。



「……、」

 ごくり、と喉を鳴らしたあと、騎者どのの口が開閉する気配がする。彼も気付いたのだろう。この妖精に質疑を向けられているのが、自分一人だということに。

 しかし声を発しかけ、げほっと咳き込む。呼吸もどこかおかしい。さっきから唾を幾度も飲み込んでいると思っていたが、飲み込めていなかったようだ。光の結界で護っていたとはいえ乾燥した空気内において無理矢理駆けたことはやはり、人間の身に多少の弊害を残したらしい。

「騎者どの、喉を、」

 無論我輩は即座に首を持ち上げ、癒しの霊力を使おうと角を後方に伸ばしかけ――

「ああ、喉をやられたのですか。今治しますね」

 先を、越された。

 静謐な空気が動き、光の粒子めいたものが背後左右より我輩の背に集まる。鬣を掠める高圧な霊力の発動。

 数瞬後。盛大な咳払いの後、若者のがらがらとした大声が響いた。


「は、反則だろ!」


 同感である。



 妖精の雄――男は、その場から一歩たりとも動いていない。我輩らに触れてもいない。だというのに、霊力を空気づてに動かし騎者どのの傷めた喉を癒してしまった。

(離れ技……否、そういうことか)

 得心がいった我輩は前方に集中させていた光の結界を薄め、全身に纏わせ直す。この場では必要以上に警戒しなくてよいことがわかったからだ。いや、警戒しても無駄というべきか。

 一方、指一本動かさず複雑な治癒を完了させてしまった妖精は、青紫色の両眼を緩やかに細めてこちらを見やる。

「声は出るようになりましたね。質問に答えていただけますか?」

「……ッ、やなこった」

 しかし、騎者どのの喉から次いで発せられたのは拒絶の意。確認しなくともわかる、澄んだ緑眼は今現在、警戒心と苛立ちに満ちているのだろう。この妖精は騎者どのが撲滅対象……もとい昔から苦手としている「じんがいいけめん」に分類される。そういった理由で、恐らく苛立ちが先立っているはずだ。

「治してくれなんざ誰も言ってない。先に聞きてえのはこっちだよ。あんたは何者だ」

 人間の若者の不遜な返応に、妖精の両眼が訝しげに顰められる。

「おや」

 視界の片隅で躍る炎が、青紫の表面にて不吉に明滅した。

「……一応先ほど答えましたよね。それと、この場での主導権はこちらに有ると、実演でお教えしたばかりですが?」

 その通りであった。今しがた妖精の彼が使用したのは紛れも無く、癒しの霊力。しかも対象に触れずに行使出来たということは、空気自体が彼の結界であり、事象のすべてが掌握の内に有るという証明である。つまり、ここは彼の縄張りなのだ。この妖精がその気になれば、我輩らをたちまちのうちに炎と煙の闇へ締め出すことも可能だろうし、空調を部分的に作用し窒息死させることすら瞬きするほどの合間に出来るだろう。

 しかし。

「んなことどうでもいいね。俺は、こういうわけわからん不思議が大ッきれえなんだよ」

 不利な立場に在るはずの我が騎者は、一歩も譲らなかった。「いけめん」に対する個人的悪感情はもとより、彼なりの感慨があるらしい。

「霊力云々とか主導権どうこうとか、知るか。こちとらタダの人間なんでね、あんたがどれだけ強いのかってのもぴんとこねえし、精霊族サマの実力順序なんざ心底どうでもいい。俺が信じるのは俺が信じたいものだけだ。出逢ったばかりの得体のしれねえ他人に好き勝手されること自体、俺にとってはヤなことだ。そういうわけで、あんたは初っ端から信用ならない」

 徐々に修復されてきた声と共に、力強く握り直される手綱。


「俺には騎獣リョクがいる。こいつに乗ってる以上、こいつに命をあずけてる。あんたの助けは、要らん」


「……」

 しばしの沈黙のち。

「……。それは、失礼しました」

 退いたのは、妖精の方だった。

 にこりと、また穏やかな笑みがその顔に浮かぶ。しかし先ほどのと違うのは、青紫の双眸に浮かぶ光が柔らかくなり威圧感が完全に消えたことだった。凛と鋭いかたちの瞳なれど、睨めつける視線でない時分は格段に穏やかなものとなる。このような柔軟な表情変化は、記憶にある長老どののそれと似通ってはいるがどこか微妙に重ならない。

(やはり、似ているのは偶然か)

「すみません。単に物事を円滑に運ばせたかっただけで、騎者たる貴方あなたを不快にさせるつもりは無かったのですよ」

 無知で脆弱な人間に絶対的な質問を撥ね付けられたというのに、力ある妖精はあくまで腰を低く、謙虚に言葉を紡ぐ。どこか嬉しげな表情が、その双眸にはあった。

「『騎者はその心をあずけられ、命をあずける』、それこそ騎獣術の基礎でしたね。いや、実に光栄です。この時代に、貴方がたのような古きよき伝統を継続する存在に出逢えるとは。種こそ違うが――まるで父と騎獣のようだ」

「……?」

 言葉の後半は人間の鼓膜には捉えづらいほどに、小声であった。案の定聴こえなかった騎者どのが怪訝げに眉を顰めた直後、妖精の男はくるりと身を返す。長身の背を向けて薄色の金髪は天井を仰いだ。

「……」

「……」

「……」

 またも訪れた沈黙に、我輩らも釣られて無言となる。未だ騎乗中のため目を合わせることは無いが、恐らく我輩も騎者どのも考えていることは同じだった。

(この妖精は、騎獣術のことを詳しく把握している。しかも騎者と騎獣に好意的だ。かのような存在が我が一族を攫った手のものか?――答えは、否)

 まだ、正体はわからないが。少なくとも、彼は我輩らの敵ではないだろう。その意を載せて手綱でない部分の角を背後に寄せると、そっと握り返された。我が騎者も同意らしい。

「……さて」

 風のように爽涼な声と共に、かつり、と靴踵が鳴る。二本の脚が肩幅にまで開かれたのだ。二本の腕も、中空に広げられる。騎者どのの腕がびくりとなって腿に力が入る。我輩も思わず角を低くしてしまった。敵ではなさそうだが、突然の行動の変調は身構えざるを得ない。いったい何をするつもりなのか。

「佳き脚の騎獣と誇り高き騎者に、敬意を表しましょう。貴方の仰る通り、まずは、行動で信を示すことにします。丁度、『終わった』ところですし。ああそうだ、ちゃんと結界は維持しておいてくださいね。なるべく害が及ばないようにしますが、細かな塵が目に入ったら大変です」

 何を言っているのか、という疑問は。


「深緑の鬣をした誇り高きイヴァよ。ここまで駆けるに、辛かったでしょう。安心してください。

……ここが地獄の終焉です」


 次の瞬間に判明した。



 轟々とした突風。凄まじい切れ味の鎌鼬。一歩も動けないほどだったそれらの一部が、ふと綻びを見せ始めた。徐々にだが、風圧が収まり始めたのだ。

「……やっと、か」

 カルヴァリオは手にした得物そのままに、踵を返す。思ったとおり、風は弱まっている。もう植物園の方角に足を進めても、鎌鼬は襲ってこない。時間が経つごと、不自然な強風は凪いでいく。その事実に確信を得てのち、カルヴァリオの口元に笑みが浮かんだ。歪んだ哄笑を放つ彼の頬には、返り血らしきものがこびりついていた。

「くくく……何が起きたのかなど、どうでもいい……かの事変を起こしたものすべてを、切り刻んでやるわ……くくッ、ははははは」


 抜き身となった刃から、鮮血が滴り落ちる。地面に辿り着く前にそれは風に運ばれ、背後の土に点々と飛沫をつくっていく。

 並歩していたはずの供の男は、カルヴァリオの隣にいなかった。



 広げられた手から、霊力が噴出する。否、妖精の身体全体からほとばしるように膨大なちからが放たれた。

「騎者どの、伏せろ!」

「……!?」

 一声叫び、我輩は蹄を踏みしめる。妖精を中心に波状のように霊気が分散し、強風のかたちとなって周囲に広がる。深緑の鬣が煽られ、びょうびょうと逆立った。首筋に押し付けられた家宝の霊具が強大な力に反応し、表面が熱くなっている。

 すわ攻撃か、と思ったが、違うことをすぐさま悟る。こちらの光の結界を通過している時点で、これは生き物に害を及ぼすたぐいの霊気ではない。そう、まるで先ほどの癒しの霊力が如く。

(これは、風だ)

 静謐だった空間は、暴風と共に分散――いや拡張し、すべてを覆った。あれほど燃え盛っていた炎が一瞬のうちにかき消される。真紅の熱が風に絡めとられるように散り散りとなり、煙幕のように蔓延していた黒煙もあっという間に吹き飛ばされた。そして黒こげとなっていた植物園の内装は、火が消えた端からぼろぼろと崩れ落ち始めたのだ。

「ッんだ、こりゃぁあああ、」

 くもぐった騎者どのの声が混乱している。霊力を可視出来ない彼の目にもはっきりとわかるほどの不思議が、その場に起こっているからだ。

 まるで、燃え尽きた灰が吹き飛ばされ別方向からの突風に蹴散らされるように。家屋の残骸は巻き起こる風によって砕け散り宙に舞い上がり、原型を残さぬよう更に細かな塵と化す。重力に従って地に落ちようとするそれらを、また新たな風がさらう。本来なら莫大な歳月をかけて行われるだろう「風化」という現象を恐ろしいほどの高速で眺めているような、そんな錯覚に陥る。

 舞い上がる塵や灰は光の結界に当たり、砕けて消えた。わずかな衝撃で視認出来ないほどの粉塵と化し、散っていった。もう、それらからあの残留思念は読み取れない。

(――)

 何も考えられないまま、視界が開けた。建物の天井が完全に吹き飛んだのだ。「うぉっ」背の騎者どのが呻き声を上げて我輩の背に突っ伏す。暗闇に慣れた目に空は白く眩く、遠い。そこへ向かって尚も風は吹く。罪の証しを舞い上がらせ、千々に破壊し、跡形も無く粉砕していった。


 忌まわしき場所が、いのちの無念が。

 すべて風に、吹き飛ばされていく。


 目の前で起きた奇跡は、それだけではない。

 空へと舞い上がるものの中に、幾つかの色持つ霊気のかたまりが視えた。それは数えて五つ。

 藍、黄、黒、茶、……そして橙。五色の軌跡残し、いずこともなく消え去っていくそれは、かつて天で見た虹の情景と似ていた。

「あれは」

「ええ」

 驚きのあまり呟くと、応える声がある。見ると、風に髪を靡かせた妖精が微笑んでいた。手は下ろしており、こちらを向いている。豪風のさなかにおいても、不思議と通る声であった。

「あれは、貴方が思った通りのものですよ」

「!」

 瞠目する。我が故郷ではこれが通識だった。天の獣は同族の死をこうやって悼むのだ、思うものの色を映し出す虹蛇の乱舞を眺めながら。人界でかのようなものが見えるということは、普通に考えれば在り得ない。

 けれど。

(ああ、そうか)

 我輩にはわかった。彼の言葉に、確信を抱いた。

(これこそ、同族の遺志が成就した証しだ)

 それはかの残留思念が「昇華」されたかたち。角を奪われ殺された彼らはずっと、一族に迫る危機を伝えたかったのだ。自分達が陥った状況を、悲惨な末路を同族に伝え、一頭でも多くの仲間を救いたかった。そして我輩が知るところとなった今、それらの呪縛からようやく解き放たれたのだ。

 胸を締め付けられるような痛みと共に、心の奥底から暖められるような希望が湧く。さながら雪解けの清水のようなそれは、我輩の内に残るしこりをあっという間に溶かしていった。彼らは負の感情に永らく囚われていたわけではない。同族に辛い思いを抱かせたかったわけでもない。むしろ、その逆だ。


 辛いのなら、それを糧にし前に進めと。そう、己が命を以って教えてくれたのだ。


(感謝する。心より感謝する。我が、同胞よ)

 誇り高き強き脚の一族よ。清廉な魂と慈しみの心持つ、いのちの獣。我らが暖かき、仲間かぞくよ。貴殿らの求めるものに触れることが出来て、我輩は幸せだ。心より、なんの衒いも無く、そう思える。

 哀しみは絶えずとも、それに深入る必要は無い。恨みも不要だ。我輩は託されたものを受け取り前へと進もう。……我輩のこの脚と心とが、しっかりとその思いを受け取ったと信じよう。ワカバにも、ワカバの母御が命をかけて護ったものを伝えよう。

 それでなお、無念が残るというのなら。


(せめて)


 風が吹き荒れる中、瞼を閉じて祈る。


(どうか)


 どうか、亡き魂がすべて、帰りたい場所へと還れるように。


「りょ、リョク、どうなってんだ。俺ら、死んでない?」

「うむ。我輩も騎者どのも、至極無事だ。生きている」

「そ、そか。よかった、よかったぁああああマジ死んだかと思ったぁああ」

 我輩の鬣に顔と半身をうずめつつ、涙声でしっかりと手綱を握り締める二本足の確かな温みに、深く強く感じた。


 これぞ確かに、地獄の終焉だと。



「さて、仕上げです」

 妖精はもう一度両腕を広げ、手を上向かせた。金髪が千切れんばかりに靡き、衣が上空へ浮き上がるようにはためく。その動きに合わせるように風は更に強くなり、塵灰は空高く舞い散り更に細かくなってゆく。肉眼はおろか、霊視でも原型が判別不能なほどに。

 それらを見送るに、我輩の中にまた新たに確信が生まれる。

(そういう、ことか)

 素粒子まで分解されたそれはいつか新たな苗床の礎土となり、新たないのちを育むだろう。そして生命の巡りの中に個性を埋没させ、いずれ完全に別物となる。

 死臭まとう業火が清浄な空気によって吹き消され、慟哭と悲鳴に満ちた残留思念の拠り所が完膚なきまでに破壊され新しいものへと転換される課程を、我輩らは目にしているのだ。それがおのずと、わかった。

 かのようなことを、眼前の妖精――否、偉大な風使いはその身一つでおこなっている。その事実に改めて、畏れと敬服を抱いた。

(彼はおそらく人界における最高の霊力使いであり、最大級の霊気容を持つ精霊王の『いとしご』なのだ)

 そのことを確信し、心身が奮える。彼がもし敵対する側のものであったのなら、例えこの場にハヤテが居たとしても、到底勝機が望めなかっただろう。

 無論、人界においては、という注釈つきであるが。



 風が、徐々に凪いでゆく。植物園だった家屋は十数分ほどでものの見事に粉々となり、文字通り塵となって吹き飛んだ。あとに残ったのは黒焦げた床(地面に埋め込まれ吹き飛ばされないつくりであったらしい)と、その中央で佇む二人と一頭の姿である。


「浄化を、していたのです」

 腕をおろした風使いどのは、ぽつりと呟いた。一旦我輩の背から降りた騎者どのが、緑眼を瞬かせながら見やる。

「浄化?」

「はい。この場はあまりに災禍を生み出しすぎていたので、なんとかその穢れを形だけでも祓おうと画策しておりました。手段を他にも講じてはいたのですが、考えた末、色々面倒になりまして。やはり燃やし尽くしてしまうのが一番手っ取り早いと思ったのです」

「……なんだか内実聞くと結構ズボラだな、あんた」

「そうでしょうか」

 ふわりふわりと靡いてた金髪は、ややあってから乱れもせずに元の位置へと落ち着いたようだ。作ったところの無い彼の表情は、やはり穏やかだった。騎者どのの憎まれ口にも、柔らかな笑顔を絶やさない。

「ま、それでもすげえというかなんというか……よくわかんねえけど、あんたは結構凄いんだってことはわかったよ」

「ありがとうございます。これで信用していただけましたか」

「そこそこね」

「ありがとうございます」

 人界最高の霊力使いは、見覚えのある顔で見覚えの無い表情を浮かべる。

「――あんたはどっからきたの」

「ただの旅人ですよ。ひょんなことで知り合いがこの植物園の管理者と事件沙汰になりましてね。潜入調査をしていたところ、思った以上に厄介な場所であったと判明したので、早速潰させてもらうことにした、それだけの話です」

「……ふーん」

 簡潔過ぎる説明に騎者どのが半眼となる。疑っているわけではないが、情報量が少なすぎて真意が読めない。恐らく、嘘はついていないが全てを話してはいないのだろう。敵ではないことは確かだが、やはり得体が知れない。此度の『火種』を自分から言わないことから見ても、一筋縄でいかない人物である。

「俺、霊力とか不思議とかリョクの担当にしてるからよくわかんねえし、その辺はおいといて。あんたさ、ここがどんな場所か、何が起きてたってことは一応わかってるんだよな?」

「はい、一応」

 端然と笑顔を絶やさない妖精を前に、人間の若者は撫すくれた表情となる。「じんがいいけめん」は彼にとって苦手項目であるが、無闇に攻撃できない謂われが判明してしまったので矛先を失っている様子だ。面白く無さそうに、しかしどこか安心した様子で騎者どのは滑らかな頬を掻く。

「それをわかって潰そうとしたってなら、あんたは一応俺らと同じ側の人間……じゃなかった、エルフだな」

「目的が違っていないのなら、そういうことになるのでしょうね。貴方がたも同じ目的で?」

「まーね。まあ俺らはアジトに人手が少ないときを狙って襲撃しに来ただけなんだけど。そこで何か犯罪の証拠掴んで、出来ればもう活動出来ないように道具とかぶっ壊して、何人か逮捕して。都で潜伏してた奴らは一通り捕まえたし、今度はアジトで一網打尽に出来ればナーとか思ってたんだけど」

「なるほど。首都での一味はもう捕まえられたのですか。すばらしいですね」

「まーね。けどアジトぶっ壊しはあんたがやってくれたみたいで、手間省けたわ。あんがと」

「どういたしまして」

「……なあ、あんた何者? どこまで言ってることホントなわけ?」

 宝石のような双眸は、穏やかに微笑む。


「自分はただのエルフですよ。風に吹かれるがまま、風と共に生きる、ただの流浪の旅人です」


 どう見てもただの旅人じゃないよな、と言い募る騎者どのを前に、彼は青紫色の視線を下に向けた。その表面に映るは、騎者どのが腰に帯びた長剣である。


 こちらも幾つか訊きたいことがあるのですがよろしいですか、と丁重な声で風は言った。





※まだ、お互いにお互いのことがわかっていません(顔が似てない+本名名乗ってない+出逢いが唐突過ぎて思いも寄らない)

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