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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第六章
71/127


 このまま西方面へ進むか、東方面に戻るか。

 逡巡はしたが、決断も存外早かった。


(我輩は騎獣ゆえ)


 道に惑うことなど、あり得ない。生きている限り、脚が動く限り、からだとこころが命じるままに進むだけだ。

 導が導たり得ないのならば、単純に「征きたい」と思った方角に脚を運ぶのみ。

そう、魂が呼ぶ方へと。


■ ■ ■


 近辺を巨大な風の塊が通り過ぎた際、その余波で降り続いている強雨。それを見やる瞳は、小さな家の中で二対ある。

「雨、止まないわね。この時期はいつもなら、そんなに長引かないはずなんだけど」

 濃褐色の、眦がつりあがったものと。

「雲を運ぶ風がね、途中で変わったの。きっと風の精霊たちが、混乱してるんだと思う」

 若草色の、繊細優美なかたちのもの。

「ワカバ、ちゃんと髪拭いた?」

「うん」

 再会した際、互いを労わり合うように触れ合い、抱きしめ合ったまま二人とも号泣していた。彼女らの絆の強さからすると思いもひとしおだったのだろう。汚れたからだを洗ったのちも、こうしてしばらくそのまま寄り添っている。

「お腹空いてない?」

「さっきまで空いてたけど、テスの顔見ただけでもう平気になったよ」

「もう……」

 ぎゅ、と抱きしめ合う二体の雌ら。姉妹のようであり母子のようであり、見るからに睦まじい家族のそれだった。

 そして。


「なーリョク。俺のハニー超かわいくね? できることなら押し倒したいくらいに」

「うむ。して騎者どの、我輩のつがい(予定)たるあの雌も至極愛らしいものだな。できることなら圧し掛かりたいほどに」


 かみ合わない会話を繰り広げながら、ひたすらにその様子を物陰から凝視する二対。昼食代わりに生野菜をぼりぼりと齧りながら、血走った目付きで雌を凝視する雄らである。のちの騎者どの曰く、「ツッコミが不在」状態でもあった。

「なんつうか、なんであんなかわいいんかね? 願わくばワカバちゃんと位置代わりたい。キュウリうめえな」

「うむ、あまりの愛らしさに比較するものが見当たらぬ。願わくばテスどのと位置を交換したい。ぱぷりかとやらも美味である」

 ぼりばりぼり。売り物にならない分の夏野菜は、こうして我輩らの糧となり有効に消化されゆく。家主曰く、「お礼になるかわからないけど、あたし達に出来ることだったらなんでもするわ」とのことだったが、我輩も騎者どのもこういったもので粗方満足なので安上がりとも言える。

 ただし、心底の望みには蓋をしている状態でもあるが。

「ぶっちゃけ俺的にはあれを連れ帰ってイロイロアレコレにゃんにゃんちゅっちゅぺろぺろしてえんだけどさ、いくらなんでもそれいきなり要求したらただのアンフェアなセクハラ男じゃん? だから我慢してるんだよなーセロリうめえ」

「我輩としても真なる報酬はあの雌自体なのであるが、やはりそれを要求するはあちらに分が悪すぎるゆえ、我慢を重ねている。小人参も美味であるな」

 そう、我輩らはまだ彼女らのつがいではない。ゆえに、「イロイロ」な願望を押し留めなければならない。

 あくまで「まだ」ではあるが。

「あーでも正直言えば今すぐ(ピー)したい。オクラ丸齧りも結構イケル」

「騎者どの、放送禁止用語が洩れているぞ。まあ、気持ちはわからぬでもない。我輩としても今この場であの雌をはら、」

「はいはいそっちもなー。人型でうっかりそゆこと言うとR指定15から18に跳ね上がるから我慢なー」

 言いかけた欲求は、口に野菜を突っ込まれて沈黙した。どうでもいいが、どさくさに紛れてぴいまんを食させようとするのはやめて欲しい。口に入れた分は渋々食するが。

 こうして一応の収束を得ている今現在、我輩は改めて思う。

 あの時、騎者どののいる東方面に戻って良かったと。そうでなくては、今頃はこの平和(?)な光景も無かっただろう。そして、我輩もいとしいつがいの危機に間に合わず、生涯残る悔恨と苦しみを抱くところであった。


 のちに判明することを含め、あれは結果的に英断となった。我輩や騎者どの、ワカバや伴侶どのにとっては勿論――遠く離れた、幼馴染にとっても。


■ ■ □


「東に、戻るか」

 そう決断したのは、追い風となった大気に、何やら不吉な予感がしたからである。このまま未知なる地に無理をして分け入るより、一旦騎者どのの元に戻って現状把握をした方が良いと感じた。そして我輩自身、消耗がまったく無かったわけでもない。人型で無理はしない程度に探索してはいたが、それでも身の内に溜まる疲労がそろそろ限界にあった。ここは霊気があまりに薄すぎる。

(このまま西方に歩を進めても、確証が持てぬ。捜索の道筋は記憶しているゆえ、あとは後日改めてこの霊気を辿ればよい)

 次に西方の地を訪れる際は、騎者どのと共に来よう。



 早々に決断をし、東方に戻るよう歩を進めること数時間。

「…………―――!」

 前方から吹き付ける風に、とある匂いが混ざった。覚えのある気配。覚えのある霊気。

(これは)

 今、手元に携えている若草と同じ、もの。

(ワカバどのが、自宅近辺に近づいている!)

 かの木造家屋周辺の霊力結界も、そのことを伝えてくる。若草色の同族が、みずから戻ろうとしていることを。

 走った。二本足の許す限り、全力で。人間界隈のさなかであったので、まだ本性に戻れないことがもどかしくもあった。



 周囲の雑多な気配が、自然区域の気配に移り変わった頃合い。

 結界の丁度入り口、騎者どのと伴侶どのが待つ家屋のほぼ近辺にて、その光景は視界に飛び込んできた。


 嵐の余波で、降りしきる雨の中。ひとりの二本足が、大きな袋を軽々と持ち上げ木陰に移動している。そして木の根元にて袋の隙間を開けて、中身を覗き込んでいた。

 何が、というわけではなかったのに。そのとき、かの霊気はほぼ寸断されており、我輩も中途で起きたその事象に戸惑っていたのに。

 その二本足が袋に手を差し入れ、中から零れる若草の体毛を掬い上げたのを見たとき。

 己の「雄」が叫んだ。


さわるな!


 直感であった。その袋の中に在るのは――ワカバどのだと。若草色の同族。連れ去られていた雌。それがどういう事情でここまで戻ってきたのか、なぜ濃茶色の袋に入ってるのか、この二本足は何者なのか。どうしてかのような事態になっているのか。すべてはこの際、後回しだ。

 そのときの我輩にとって重要だったのはただひとつ。

(触るな。近寄るな。その雌に、)

 不快であった。その若草に、かの手が触れているのが。懐にしまってある柔らかでしなやかな一本、それと同じものを無遠慮に触る他種族の様が、例えようも無く不愉快であった。

 このときは無自覚でもあったが、薄々と感じ取っていたのかもしれない。「不快」「不愉快」と感じたそれが、群れを壊滅せしめたあの妖精に抱いたものと同様であったことも。同族に伸びる凶行の手、それを本能的に嗅ぎ分けていたのだ。


 そして何より。若草のかけらを手に取ったそのときから、それを残した雌に無意識に惹かれていた。なんとしてもこの美しい鬣の主に出逢いたい、と。なのに今、我輩よりも先にその一端に触れている雄がいること、それ自体が癇に障った。


 躊躇い無く、風の霊気を集めた。常ならば駆けるための、筋力強化。それを人型の四肢全体にまとわせ、関節のばね及び握力腕力を最大限に高める。筋肉が増強し、まとっていた衣がはち切れんばかりに膨らんだ。

 そして、風の塊をその二本足に向けて、放った。


ひゅおうっ


「な、うわ、」

 巻き込まれた雨粒と共に、横面と体側を強風に叩かれ、二本足の姿勢が揺らいだ。

(今だ)

 すぐさま駆け寄って、胸倉を掴みあげる。肩と腕の要所、組まれたら易々と抜け出せぬ箇所をがっちりと固める。

「ぎゃ」そのまま、放り投げた。簡単に宙を舞った背の高い身体は、離れた場所の泥中へと叩きつけられる。同時に放り出された袋は展開していた光の霊気で受け止めた。ここは我輩の結界内なので、そういったことが可能なのである。泥の中に叩きつけられた方が受身を取る暇を与えずそれにまた肉薄し、抜こうとしていた細長い剣を蹴り飛ばした。

「ッ!」

 驚愕に見開かれた目、指の骨が折れる音。そして鞘から解き放たれぬまま雨の中、遠ざけられる剣。その細長い先端が泥に突き刺さるよりも速く、二本足のわき腹に食い込む膝。この生き物が尖った耳朶を持つこと、そして腰に帯刀しているものが常ならぬ気配を漂わせていることは、とうに把握している。妖精と霊具ほど、いくさ場で切り離しておかねばならない組み合わせは無い。

「ぐはッ……!」吐き出される吐瀉物を避け、怯んだその首頂に手刀を入れる。あっという間に沈黙し、泥の中へと倒れ付す男。同時にどす、と剣――恐らく武器霊具――が泥の中に突き刺さる。

 降り注ぐ雨。細く尖った耳朶がそれに打たれるのを眺めながらまとわせていた強化の風を解き、呼吸を整えた。

 脳内でこの技を教えてくれた騎者どのに感謝する。そしてその源流たる祖父どのにも。

「……あとで、麦酒と『ちいずせんべい』を供えるか」

 自身が流血や暴力沙汰に耐性があることも、この時ばかりは幸運であったといわざるを得ない。通常の感覚であったのなら、こうして無心で体術を振るうことすら出来なかったであろうから。そして、人界での「慣れる」期間はやはり重要であった。雑多な気配の中での突発的対応は、四十余年、この世界で生活してきたうえでしっかりと身についた良業だ。

(二本足の体術はまこと、役立つ。そして我輩のような獣でも、人型にさえ慣れていればそれを行使することが出来、そして手順を誤らなければ立派に通用する)

 ただ逃げるだけでは対応しきれない。人型には人型の護身法がある。訓練が功を奏し、こういった行為が麒麟の身でも可能なのだとやっと確証が持てた。

 それでも、まだ万端に安心は出来ない。完全に気絶している状態を確認し、張り巡らせておいた霊気を解いてその周辺に固める。霊力結界の応用で、『護りの霞』を凝固することにより簡単な「檻」が作れるのだ。それを縄のように厳重に纏わりつかせ、覚醒したとしても身動きが取れないようにしてから。

 光の霊気で受け止めたまま、わずかに呼吸を繰り返している濃茶の塊に近づく。出来るだけ乱闘の名残を窺わせない、柔らかい声音で呼びかけた。

「――もう危険は去ったゆえ、顔を出して平気だ。ワカバどの」


 我輩としては出来るだけ安心させるよう心がけたが、彼女は当初、恐慌状態にもなった。当然であろう、生まれてたった四十二年など我が一族にしては幼仔の年代だ。それがいきなり家族から引き離され、遠い地にて恐ろしい目に遭わされ、霊気薄い地を無理をして駆け抜けてきた挙句、寸前でまた捕らわれ暴力を振るわれるなぞ、地獄続きというしかない。一族の性質もあるが、幼生期及びその直後は身体もそうであるが、精神も発達していない。争いを最も避けねばならぬ時期であるのに、立て続けにかのような目に遭って、混乱するなというほうがおかしいだろう。

 まして、我輩は人型だ。そのことに瞬時に気づき、袋の入り口を開こうとした手を引いた。このままだと彼女自身の角に串刺される。

(ここは自然区域だ。感覚が鋭敏な本性に立ち戻っても、多少のことに目を瞑れば平気だろう。血の臭気も、雨が洗い流してくれたゆえ)

 手早く濡れた服を脱ぎ捨てる。増強の霊気を使った際、人型にてまとっていた衣は縫い目の端々が弾けて使い物にならなくなっていた。それを躊躇い無く剥ぎ取って泥の中に放る。褐色の肌が雨粒を弾いて光った。

久しく戻っていなかった本性に、立ち戻る。

「この『すがた』でならよかろう」

 その判断は、やはり正しかった。そして同時に、我輩は己の考えを改めざるを得なかった。

 我が角によって破かれた袋から飛び出してきた同族は、確かに幼仔であったが、完全に幼仔というわけでもなかったから。

 すなわち。

 我輩を魅了する程度には、美しい雌だったからである。


□ ■ ■


「ワカバ、ちょっと痩せたんじゃない。やっぱり何か食べたほうがいいわ」

「大丈夫だよ。テスこそなんだかげっそりしてる。ご飯食べた?」

「あたしはこれから。でもワカバの顔見たらそれだけでお腹いっぱいになったから平気」

「うふふ、一緒だねテス」


 彼女らはこれが通常の感覚なのだろうか。雌同士だというのにぴたりと合わさるようにくっついて。決して我輩は羨ましいと感じてるわけではない。妬みも抱いているわけではない。あんなもの我が一族で言う角の触れ合い、ただの家族の交流だ、些かその時間が長すぎるだけだ、そして親密すぎるだけだ、雌に嫉妬するなど見当違いではないか。そう言うと、我が魂の相棒は「はいはい強がり強がり」といなした。そういう彼も、当初こそ微笑ましく見守っていたが段々と顔色が変わり、今となってはこうして物陰から悔しげに眺めている。「ねえ、アレなんなの? オンナノコ同士の騎者と騎獣ってスキンシップ過多なのがフツウなん??」とぼやきながら。

 しばらく放って置かれている雄らの鬱憤に気づかず、幸せそうにくっついている雌ら。これも「知らぬが華」というものか。少し意味合いは違えど。

「あーマジ何しててもかわいい。ワカバちゃんちょっとどいてもらって押し倒し……トマトうめえ」

「佇むだけで愛らしいな。テスどのに退いてもらってから圧し掛かり……玉蜀黍も美味であるがやはり熱を通した方が甘味が増すと感じる」

「つかトウモロコシ生で食うなよ、人型なのに」

 ばりぼりむしゃむしゃと生野菜を貪りながら、情欲あふるる視線でいとしいものらを眺めながら。騎者と騎獣は、確かな休息を得ていた。身体的にも、精神的にも。

 緑眼がふと穏やかに、寄り添う茶髪と若草の髪を眺める。

「――ま、とにかく一応落ち着いてよかったよ」

「で、あるな」

 表情と声音は何よりも物語っている。彼女が幸せならば、おのれも幸せであるのだと。そして我輩も、同じ顔をしているだろうことは知れた。

(騎者と騎獣は長く共に在ると、類似点が多くなるのか)

 魂の片割れは、恋も似たか寄ったかとなってしまうらしかった。


 何はともあれ、こうしてひと段落ついたのは僥倖である。あとは、ワカバを攫った謎の二本足の背後にあるものが明らかになれば、また安心であろう。我輩個獣として、気になる事柄もある。

(まだ、万事解決とは言いがたい)

 いとしいものらは涙をおさめたが。我輩と騎者どのはそれを認めてからも、長く止まってはいられない。



「なーリョク、今更だけどブチのめしたエルフはどした? もしかしなくても雨晒し?」

「当然であろう。我がつがい(予定)に暴行を働いたこと、その鬣に我輩より先に触れたこと、すべて赦しがたい。一晩はそのままで耐えてもらう。妖精は人型種の中でも身体が丈夫ゆえ、息絶えることはあるまい」

「お前ってたまーにだけど麒麟らしくねえことさらっと言うよね……おーこわ」

「そういう騎者どのも、先ほどからしたためている文書に不穏な予感がするのだが」

「俺としてもぶっちゃけ、あれを泣かせたヤツらまとめて鼻から裂いてやりてえの。殺しはヤだからやんねえけど。それでもちょっくら報復はさせてもらうってこと」

「ほう。――かの組織が一員に連絡を取るのだな。この国の元首たる者の親類がいると聞いたが」

「まーね。じいさんだって私情で『騎士』の特権バンバン使いまくってたんだから、俺だって使えるコネ全部使ってバチは当たんねえだろ」

「左様か」

「おうよ。……まーそれでもさ、」

「?」

「俺的にはこうすることに微塵も躊躇いは無いんだけど。肝心のあいつはさ、超の他にドが付くお人よしだから。これ知ったら、嫌がるかなー」

「……」

「まー知られないようにするだけなんだけど。なんだかね、気分的に」

「……我輩は、二本足の事情には詳しくないゆえなんともいえぬ。しかし、騎者どのがそうしたいのであらば、そうしても構わないと考える。我輩が知る相棒は家族を大事にする雄ゆえ、後々まで万全に生活を営めるよう配慮することは、当然と考える」

「……」

「照れるでない。テスどのを伴侶にする気概に満ちていること、とうに把握しているゆえ」

「……そですか。バレバレでしたか」

「うむ。我輩とて、友の幸運を応援してバチは当たらぬはずだ」

「……そりゃどーも」



リョクが今回人型でエルフに勝てたのは訓練の賜物もそうだけど、

・不意打ち

・霊力でドーピング

・縄張り(自分で張った結界)内

という条件が重なったからでもあります。正攻法だと人型の霊獣は武器霊具持った武人エルフにほぼ勝てません。本性で五分な感じ。


そしてリョク自身、人型でも四元精と会話出来るほど霊力向上中。しょっぱなは小規模結界しか張れなかったのに、今では結構な大規模展開出来るぐらい霊気が増え、行使術も巧くなってます。ワカバはまだそこまでいってない感じ。蒼のは結界張るのは巧いけど四元精と人型でお喋りは出来ません。この辺り、経験や騎者と過ごした時間の差でもあります。


こうしてチートイケメンへの道を着々と歩む主人公でした。騎者どのがますますふて腐れそうだ。

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