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我輩は騎獣である  作者: KEITA
間章之二
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風の転換 2


 予期せぬ嵐は、風が憤っている証でもある。

 気紛れな風が気紛れでなくなるとき。それは、彼らの意に反するときだ。


 この地では、彼らの機嫌を損ねない限り楽に暮らしてゆける。風と共に生き、風に属するものを大切にし、風の邪魔をしなければ。

 逆を言うなら、風の意に反してしまえばこの地で生きられなくなるのだ。



 その夜はやはり、嵐となった。

 宿舎の窓に吹き付ける豪雨と強風。それに煽られ折れそうにたなびく木々。

「おっかしいねえ、今は梅雨でも台風の季節でもないんだけど」

 首を傾げながらそう洩らすのは宿屋の女将だ。辺境と言っていいこの地で、小さな民宿であるがほぼ唯一の「ひと」が泊まれる一軒家。それを営む彼女は純粋な人間ではない。頭に巻いている布巾を取ると、現れる髪の毛はすべて鳥類の羽毛だ。なんでも片親が霊獣であったらしい。

「朝から身体中の羽が逆立ってて手入れが大変だったのはこういうことだったのね。急な嵐は困るわあ、ウチのひとは帰ってきづらくなるしお客さんも少なくなるし」

「そう言っても女将さん、ここ訪れるヤツなんざ雀の涙よか少ないだろ。それこそ女将さんの母ちゃんの涙より」

「言ったね~」

 人間の旅人と楽しげにやり合うその姿は、ここ最近世界各国で見られるようになった平和な光景だ。獣人と人間、異種族同士が極普通に会話をし、極普通に共に過ごす。これほど精霊族が人間と距離が近くなったのは、やはりあの大戦の影響だろう。戦乱が齎すのは多くが負の連鎖であるが、そこから派生するものが巧く動けば、新たな進歩も生まれるのだ。それが、歴史から学ぶということである。

 戦乱の元となった道具は封印され、新たな生き方を模索し始めた者らは、世の流れに適応し得る道を見つけた。その結果が、この宿屋のような場所なのだ。

「しっかし参ったな。明日の朝にはおさまってればいいんだけど」

「この辺は風通りがいいぶん、進行方向も気紛れだからね。こればっかりは予想もつかないよ」

「女将さんは『せーれーぞく』なんだろ。不思議なチカラで台風をぱぱっとなんとか出来ねえの?」

「何めちゃくちゃ言ってんの。あたしはただの獣人。出来ることと言ったら鳥に化けることぐらいよ。風の四元精と話せる獣なら沢山いるけど、その力を行使出来る獣はそうはいないんだから」

 いたとしても、台風の向きを変えることなんざ普通の精霊族には出来ないよ。そう返しつつ、民宿の女将はふと窓際に視線を移した。その瞳が潤み、丸い頬がぽわっと赤くなる。つられた旅人も、目に入るその光景に嘆息した。

「――しっかし、この宿は辺境に建ってるのが地味に便利だよな。人間の客は少ないけど、むしろそっちが看板になるわけだよ、うん。やってくる『せーれーぞく』の確立がエライこっちゃだもんな。人型取れるヤツなら誰でも泊まれるってのが、良心的だね」

「ありがと。そういう名目で作った宿だからね。――ああでも、」

 女将の鳥目はまだうっとりと潤んでいる。窓際に立つ一人の男を見つめながら。

「今日ほどやってて良かったと思った日は無いよ。この宿を始めてから十年にもなるけど、あんなキレイな『ひと』、見たことない」

 人間の旅人は苦笑しながら、同意した。

「そだな。俺も初めて見たよ、本物のエルフってのを」

「はあ、それにしてもいい男だねえ。旦那がいなかったら猛アタックしてたところだよ」

「それ旦那さんが聞いたら泣くぞ、女将さん。せっかく町まで買出しに行ってくれてるのに」

「ウチのひとはそんなヘタレじゃないからいいの、ちょっとくらい」

「うわ、のろけ聞いちゃったなー」

 軽口めいた会話をしつつ、旅人は横目で再度窓際を窺う。

 宿の明かりに照らされ、横顔を向けて窓の外を眺める背の高い客人。人間の界隈なら絶世と称されるほどの美貌の主だ。それもただ美しいというわけではなく、一種独特の存在感をも備えている。何気ないのに、動作のひとつひとつが端然としているような。実に不思議な空気感だ。

 それを眺めながら、人間はひっそりと思った。

(エルフってのは本当に美形なんだな。こんだけ目立つ一族なら、いいことも沢山あるだろうが――)

 大変なことも沢山あるだろうな、と。




 ざあざあと、風に煽られた雨が霧のように波打っている。

「……」

 窓の外のそれを見つめながら、ティリオは沈黙していた。

「……」

 整った眉目が、不意に顰められる。青紫が形良く嵌っている双眸、そこに映るは豪雨と強風とたなびく木々と。

「……すみません、宿泊予定は取りやめます」

「え? わ、――お客さん無茶だよ、こんな嵐に!」

「夕食の代金はここに置いておきますので」

 静かでいて燃え立つような、見えぬものへの苛立ちだった。

がちゃっ、ばたん

 扉の閉まる音と共に、長身は宿外へ飛び出す。そして瞬時に風をまとい、風と共に身を走らせた。


 外は、嵐。


 荒れ狂い吹きすさぶ、慈悲無きちから。それは風が心地のひとつの在り方。

 その強さ激しさに、すべてが置き去りになる。

 お前はなぜそこに立っている、どうしてこの風のままなぎ倒されない、さあ切り裂かれるのだ、でなければ這い蹲れ、それも嫌なら引き摺られて叩きつけられろ、そして心身ともにばらばらに粉砕されるがいい。

 そこにあるのはただ、圧倒的な暴力。

 せせこましい建前や取り繕った概念など馬鹿馬鹿しいと嘲笑うほどの。

 純粋な、破壊衝動。


 それは、大いなる自然の怒り。


「―――いつから」

 嵐の中を走りながら、苛々と叫ぶ。


「いつから、エルフはこれほど恥知らずになった……ッ!!」


 応えるものはいない。風の怒りが激しすぎるせいで。



 嵐の中。彼に伝えてきたのは、やはり風の四元精が一体だった。

《たいへん、たいへん》

 荒れ狂う風は、びょうびょうとその音をとどろかせる。見たところ、この場に棲みついているたぐいのものではない。かなり離れた箇所から嵐に乗ってやってきたものだ。

 それが、宿場の周囲を躍りながら窓ごしに急を伝えている。建物の中にいる、彼に向けて。

《かぜのけものがたいへん》

 彼は思念で風に問う。

《何か、起きたのですか》

 風は応えた。びょうびょうと荒れ狂いながら。

《ひどい、ひどいことだよ。かぜのけものがしんじゃいそう》

《「かぜのけもの」? 風に属する霊獣が瀕死ということですか》

 永年培ってきた風使いとしての感覚は、風が伝える断片的なことばをすぐさま把握する。しかしその詳細内容まではわからない。

《どういうことです》

《だいへんだ、ひどい、ひどい》

 本来生まれた場所からそれほど離れない四元精がここまで遠出をし、これほど落ち着かず、暴れまわっていることは滅多に無い。もしかしなくとも、彼らの荒れ狂う心地が季節はずれの台風を呼び寄せたのだろう。

 少し離れた風の支配区域の中で、何かが起きたのだ。それも、彼らの意識に反する出来事が。

 荒れ狂う風はあまりに興奮している。

《簡単に説明をしていただけませんか。もしくはその場所を教えて、》

《たいへん、たいへんなんだよ》

《落ち着いて》

 とりなしても、なおも落ち着かない風精。そしてその数が徐々に増えていく。増えた四元精らは風雨と共に建物を取り囲み、彼に何かを伝えようとしている。

《ひどいよ》《かぜのけものがしんじゃう》《ぼくらはやめてっていったのに》《あのようせいはぼくらがみえない》《かぜのけものもぼくらがつかえない》《たすけてあげられない》《たすけたいのに》《たすけて》《たすけて、おうさまのようせい》

《たすけて!!》

 状況がつかめず、再度問い直すと。

《これ、みて》

 言うより見た方が早い、とやや力の強い一体が思念を映像として送ってきた。断片的に読み取った、 それは。


――――


 長髪の青年が、背の高い男に殴られ蹴られ続けている。


 その髪は血の赤で染まり。

 身体は打ち身に塗れ。

 手足は折れ曲がり。

 それでも、青年は無抵抗なままで。


 一方的な暴力を受けながら、青年は髪と同色の双眸で男を見上げる。――同じ色の瞳持つ、彼を。まるで抵抗など考えていないかのような、澄んだ瞳で。

 そしてその姿は、ある時から姿を変化させる。何度か殴られた細身のからだが地面に叩きつけられたとき。青年の血まみれの身体が動かなくなった、その瞬間光と風が周囲を包み、青年の姿は別のものへと変化していた。

 樹木のような角、豊かな鬣、しなやかな脚を持つ四本足の獣へと。

 身体中を朱に染めたままぴくりとも動かなくなったその姿。

 それを汚らしいものでも眺めるように見下げる長身の男。耳朶は特徴的に尖り、独特の存在感を持つその立ち姿。倒れ付した獣の腹を何度か蹴り上げ、反応を示さないとみると諦めたように足を引っ込める。

 背後から近づいてきたもう一人の男に話しかけられ――そこで、映像が途切れた。


――――


「……ッ」

 すべては、断片的なものだ。しかし、そのわずかな情報で彼はすべてを悟った。

(イヴァだ。父が乗りこなしていた、あの騎獣。天界に棲む、麒麟……!)

 そしてその美しい獣を、無感動に痛め続けていた男は。

(エルフ。なぜ、どうして、)

 逡巡している暇は無い。四元精がわざわざ「王」の加護持つ二本足に助けを求めてくるほどの緊急事態なのだ。早く暴挙を止めさせなければならない。

 映像を見た瞬間、彼は深く考えずに宿を飛び出したのだ。すべては、嵐が心地のままに。



 幸いなことに、集った風の四元精は総力を以ってティリオを現場へ運ぶ風で包んでくれた。それに身を任せ、移動しながら、考える。

(どうしてだ。なぜ、エルフがイヴァを――)

 凄惨な映像が心を抉る。なぜ、あのような事態になっていたのだ。尊ばれるべき聖なる生き物、本来流血を何よりも遠ざけなければならない獣が、どうしてあのような目に遭わされていたのか。

(天界霊獣が準備も無しに人界に降り立ち、死より無残な目に遭わされるなど過去に数多くあった悪例だ。しかしそこから学習し、天の獣の多くが移住の際は慎重になった。最近は心配することなどほぼ無いと思っていたのに)

 宿で見かけた、獣人の女将と人間の旅人。彼らのように、異種族同士が自然な心地で交流出来る世の中に、ようやく近づいてきたと感じていたのに。

(なぜだ。しかも、人型に変化出来るほどの霊力を蓄えたイヴァが。騎者を見つけているはずの騎獣が、どうして)

 考えてもわからない。今は一刻も早く、その現場に辿り着かねば。

 アッシュブロンドの髪と着込んだ旅装に雨粒が叩きつけられる。巨大な風の塊が逆向きに近づいているせいで、移動が遅い。それもあって段々と苛立ちが高まってゆく。どうしてもっと早く着かない、こうしている間にも風の恩恵が齎されるべきあの生き物は死に瀕している。どうしてあの同族はあのような行為を平気な顔でおこなっていた、どうして……!

「――」

 脳裏を、あの花束が掠める。昼間、供えたばかりの家族への思い。

 彼は嵐の中を逆走しながら、怒りをほとばしらせる。それは身の内に流れる血の叫び、『騎獣の友』の名を持つ者としての誇りが傷つけられた憤りだった。


「麒麟を痛めつけるなどエルフの恥さらしが……ッ」


 断じて赦せないことだった。一介の精霊族としての通識、この身に受け継ぐ騎獣の友としての家名、そしてあの父の息子としての己。すべてが、心の底から憤っている。

(曲がりなりにも自然と共に生きる精霊族が、どうして自然に反することをする。しかもエルフが。イヴァニシオンの名にかけて見過ごすことなど出来ない)

 何よりも、同族が、あのような行為をおこなっていたことに憤りを感じる。「瑞獣と征くもの」と称されるほど騎獣と一体であったかの武人がこのことを知ったら、なんと言うだろうか。知っている、父が大切にしていた騎獣は、騎者のために霊気薄い地を無理をして駆け抜け、最期まで騎者のために尽くした。そしてその生命の源を、乗り手の幸せのためにみずから差し出したことも。かの気高き獣、その遺志を汲み取りつつ、父は断腸の思いであっただろうに。あの無表情に隠された豊かな感情を識る今だからこそ、亡き家族の思い出に泥を塗る真似をする暴挙が赦しがたい。

 すべてにかき回され、嵐が心地で彼は走る。何事にも無関心だった風は、このとき初めて、愛した花以外のものにこころを動かされていた。




※人界霊獣は怪我に強く、天界霊獣は怪我に弱い。これは、内在霊気の大本が違うためである。人界の霊獣は年月により外から霊気を蓄えた生き物なので外殻が強いのに対し、天界の霊獣は生まれつき霊気を持つ。ので、外殻部分はあんまり補強されておらず、銃で撃たれた程度で死んでしまう。変わりに内在霊気を操る特殊能力に長け、内患的な怪我(病気)には強いのが特徴。

※力持つ精霊族の外殻が傷つかず内在霊気だけが弱くなると、本性でない姿に転じていてもその姿のまま弱っていく。ワカバが瀕死になっても本性に戻らなかったのはそのせい。一方で、外殻の損傷により命の危機に瀕した場合は強制的に本性に戻る。


※大気内に霊力のかけらさえあればどこまでも征けるのがイヴァの特殊能力だが、霊力がまったく無いと生命力たる内在気を行使しなければ、物理を超越することが出来ない。エルフの偉人「瑞獣と征くもの」の騎獣は晩年、霊気が薄い魔力寄りの地まで無理をして駆けつけたため、内在気を大いに消耗し、元々老齢だったからだを瀕死まで弱らせることになってしまった。ただし、これは騎獣自身の望むところだったと伝えられている。

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