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我輩は騎獣である  作者: KEITA
間章之二
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蒼き風との出逢い 三


 翌朝。

「ねえ、顔色が悪いみたいだけど、大丈夫?」

「平気だ。何も悪いところは無い」

「ほんとう?」

「本当だ。それより、これを食べろ。天無花果と苦スグリを混ぜたものだ。多少舌に残る苦味はあるが、栄養価は高いから」

「――」

 ワカバの前に朝食を持って現れた彼は、昨日よりやや頬がこけているように思えた。しかしそれを指摘しても青年はかぶりを振って否定する。蒼眼にまたかなしみが――そして苦しみが見え隠れしたので、ワカバは再度沈黙するしかない。

(言いたいこと、訊きたいことが沢山あるのに)

 どうして何も問えないのだろう。どうして、自分は不自由な身のまま、安んじているのだろう。誰より頼もしい仲間が手の届く場所にいるというのに、どうして彼に頼れないのだろう。

 解決策が眼前にあるのに手も足も出ない矛盾と自身の無力感、それに胸の内側から掻き毟られているかのようだ。

「……」

「まだ、痛む箇所はあるか」

 この同族の雄は、とても優しくていいひとだとわかるのに。

「……もう痛まなく、なったけど。ほんのちょっと、手と脚が痺れてる」

「そうか。まだ末端に霊気が戻っていないのだろう」

 食事を終えたワカバの頭に、また青年の手が伸びてくる。角に優しく触れ、伝わってくる彼の内在気。

(このひとの癒しの霊力は、とってもあったかいのに)

「――ありがとう、もう平気」

「そうか」

 そっと離された手の平。至近距離の蒼眼が柔らかく細められた。

「完全回復まであと一日半程度だな。今日はもう休め。丁度器が周囲の霊気と馴染んできた頃合いだろうから」

 あたかも、妹を看病する兄のように。彼は親身になってくれているとわかるのに。

「ねえ」

「……なんだ?」

「どうしても、教えてくれないの? ここがどこなのか。わたしはどうして、ここにいるのか。なんのために、連れてこられたのか」

「……」


きい、…ぱたん。かちゃり


 誰よりも近しいはずの仲間が、誰よりも遠い。



「よーお。主の騎獣」

「今日もご苦労なことだな」


 青年の前に立ち塞がるのは、二人の若者だ。双方共に背が高く、耳が尖っている。

「なんの用だ」

 静かに問う蒼髪の青年に、にやにやと笑みを浮かべながら片方が言う。

「昨日俺らが連れてきたあの人型イヴァ。もうタネ付けしたか?」

 蒼眼をわずかに歪ませた彼に構わず、もう片方も言い足した。

「それか、もう本性に戻っているのか?」

 彼らの言おうとしていることを察しつつ、青年は敢えて気づかぬ振りをした。

「……まだ、だ。しかしそれを訊いてどうする」

 げらげら、と下品な笑みが廊下に響き渡る。

「ニッブいな。てめえら畜生にはわからねえだろうけど、俺らには俺らなりの高尚な愉しみがあるんだよ」

「そうそう。孕ませるだけしか考えないお前たち獣に説明したところで、無駄だろうがな」

 二人の若者はそう言って哄笑し、愉悦の視線で青年を見下ろした。青年は、無言のまま彼らの視線を受け止める。何も感情が読み取れない蒼眼。

「……」

 下卑た愉しみに笑む表情も、彼が無反応なことで憤慨となる。

「――ンだよ、その目はッ」

 蹴り上げられた膝が、青年のわき腹に食い込んだ。

「っぐ」

 端麗な顔が歪み、呻きと共に細身の身体が壁に叩きつけられた。

どがっ

 鈍い音がしたが、床に倒れることなく体重を壁伝いに支える。咄嗟に受身を取ったので、最低限衝撃を殺すことが出来た。あばら骨は折れたやもしれないが。

「おい、なんか言えよッ」

 長い髪を掴みあげられ、殴られる。じん、と灼熱が片頬に走った。

「……」

「なんも言わないのかよ」

「まあまあ。所詮駆けることしか脳の無い只の獣だ」

「しっかしつまんねえな、騎獣ってのは。何言っても面白みがない」

「ああそうだな」

 ぱ、と髪から手が離された。掴まれるままに乱れていた繊糸は、瞬時に元の形状に戻る。乱暴な扱いをされたのに、切れも抜けもしない蒼い体毛。

「薄ッ気味悪い髪しやがって。てめえら畜生が黙ったままで役に立つ手段があるんだからよ。畜生は畜生らしく飼い主に尻尾振ってろ。処理役くらいこなせや。てめえだって昔っから、シーラとよろしくやってんだろうが」

「まったくだ。人型になったら霊具の試し台かそれしか役に立たない獣が。お前の『おさがり』で我慢してやると言っているのに」

 タネ付けが終わったら、あの雌を人型のままこっちに寄越せよ。そう言い捨てて、二人の若者は青年の前から去った。

「……」

 青年は口の端に滴った体液を拭いながら、起き上がる。ずきずきと痛むわき腹を庇いつつ早足で歩き出した。口内が切れ、かなりの量の血が滲み始めていたから。すぐ止血しなければ、自身の血臭だけで身体が弱ってきてしまう。それは、ヒビが入ったであろう肋骨の手当てより優先させなければいけないことだった。

「――」

 声無く、拳が握り締められる。蹴られたからではない、殴られたからでもない傷が、彼を深く抉っていた。



 格子窓からの光が弱くなり、薄暗くなってきた頃合い。


かちゃっ、きい


 扉が開き、盆を手に姿を現した青年。ぱたん、と後ろ手に扉を閉めた彼のその顔は。

「――どうしたのっ」

 ワカバは大きく若草色の目を見張った。なぜなら、青年の端正な片頬が腫れ上がっていたからだ。

「気にするな。転んだだけだから」

「気にするよ! 転んだだけで、そうなるはずないっ」

 慌てて、指先に霊気を集めた。癒しの霊力を行使出来る程度には、身体が回復してきている。

「座って。腫れを取るくらいなら、出来るから」

「いや、いい」

「でも、手当てしなきゃ」

「いいんだ。もう血は止まっているし、痛くはない」

 青年は蒼眼を伏せたまま、持って来た食事を置く。

「俺のことはいい。今はお前自身の回復滋養に努めろ。不完全な身体で余分な霊力を使ってはいけない」

 端麗な目元は、いつものかなしみと苦しみをまた載せている。それでいて、訊かないで、干渉しないでくれと無言で叫んでいる。血は外には出ていないが、その唇と頬は内出血をしたままだ。こちらを労わりながら、みずからのことは労わっていない彼。

 それでいて、見ているだけしか出来ない。

「……~~っ」

 ワカバは地団太したい心地で唇を噛み締める。

(どうして、わたしは何も出来ないの)

 脳裏に家族の姿が浮かんだ。


 存命だった頃の育て親。ワカバが背が疼くと訴えるたびに一生懸命さすってくれたり薬を塗ってくれたりした。

 幼いテス。人型に慣れてない頃のワカバが失敗を繰り返すたび、その小さな身体を張って護ってくれていた。


 育て親は、その恩を返しきる前にこの世を去ってしまった。テスは、やっと貢献できると思った矢先に離れ離れになってしまった。自分はいつだって尽くしてもらう側だ。もらってばかりで、あげることが出来ていない。

(いつまで経っても、わたしは……!)

 このままでは、いけない。


「座って!!」


 びくり、と青年の肩が揺れる。狭い部屋に響き渡った、少女の大声に。

「座って。手当てさせて」

 その戸惑った蒼眼に、囁きかける。

「お願い」

 余計なお世話だとか。過干渉だとか。それは抜きにして。

「わたしが、したいの。あなたのためじゃなく、わたしのために手当てさせて」

「しかし」

「大丈夫、ゆっくりやれば内在気はそんなに消費しないから。わたしはただ、傷ついた仲間を放っておけないの。放っておくほうがこころに痛いの。あなたもそうだから、わたしを助けてくれたんでしょう?」

「……」

 思いを込めて発せられた言葉に、蒼色の瞳は揺れた。



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