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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第五章
56/127


 眼前には二人の人間がいる。我輩の前方を、連れ立って――という割にはやや離れた間隔で――歩く、長身の人間と小柄な人間だ。

「……」

 ひとりは、男。癖の無い黒の短髪と深い色合いの緑眼を持つ、我が騎者どのである。すらりと上背のある長身で、その長い脚運びそのままにずかずかと先を歩いてゆく。振り向きもせず、一言も発さず、後続のものになど気を配っていない風情で。その割には時々不自然に緩まる歩調が、正直だったが。

「……」

 ひとりは、女。彼の背後をその小柄な歩調で懸命についていこうとする、人間の歳若い雌である。体躯こそ上背があまり無いが、身体つき自体は成熟していることからして、立派な成体なのだろう。そして。

 切り揃えられた茶の髪と濃褐色の釣り目を持つ彼女こそ、

「――ねえ、いい加減もうちょっとゆっくり歩いてちょうだい? そこの人」

 テティス=トエ=スペイオ。件の精霊族と同居している人間であり、「ぼでぃがあど」。そして、この先長く付き合ってゆくこととなる重要人物のひとりである。



 ずかずかと先を歩く長身が、ぴたりと止まった。ぎこちなく振り返る彼の頬骨の辺りが、目に見えて紅潮している。長剣を握る片手に、力がこもったのも見えた。

「……そこの人じゃねえ。俺には名前があんだよ」

「あらごめんなさい、イヴァニシオンさん」

「……~~」

 緑色の瞳が濃褐色の瞳に見つめられ、しどろもどろに中空を彷徨う。挙動不審なその様子に、茶髪の娘はますます首を傾げた。

「?」

 騎者どのが手にしている布の中には、鞘と柄頭の細工が割れてしまった長剣が入っている。割れ落ちた欠片を取り除き、家宝を丁寧に包み直して持ち運んでいる彼の表情に憂いは無い。壊してしまったこと自体は失態だと感じているようだが、その失態を引き摺っているという風情ではない。

 彼が目に見えて落ち着かなくなるのは、彼女と視線が合うこういった瞬間である。

 彼女から話しかけられても、そうだ。途端に動作がぎくしゃくと覚束なくなる。発する言葉も、普段なら口がすべらかに動くところなのに、無駄に詰まってる。

「……家族名じゃなくて。ちゃんと――あ、あるせいど、って呼べ、よ」

「アルセイド?」

 素直に反芻した彼女に、頬骨に留まっていた紅潮がぼっと顔中に広がった。

 我輩は首を傾げる。騎者どのは一体、何が言いたいのだろう。互いに敬語が抜け落ちているのは気安くなった証とはいえ、話が噛み合っているようには思えない。今更呼び名に拘っているのか。しかも、この動揺の大きさはただ事ではない。

 緑の瞳と濃褐色の瞳が、また出逢う。

「……ッ」何かを言いかけ、ひゅ、と息を飲み込んだ唇。途中で気づいて慌ててぎゅっと引き締められる。かのように言動がわかりにくく、そして動揺がわかりやすい彼も久々だ。いや、ひょっとしたら初めて見るやもしれない。

「呼んだわよ。で、アルセイド。どうしてそんなに早歩きなのよ。何か文句でもあるの?」

「……~~な、なんでそこで文句とか出てくんだよッ、か、可愛くねえ女だな」

 騎者どのの顔中が赤くなっている。怒りに、ではない。

「意味わからないわね。そっちこそなんでそこで可愛くないとかいう言葉が出てくるのかしら。あたしはただ、」

「うううううるさいッ」

 本当に、不可解だ。いつものどこか余裕めいた、飄々とした態度は微塵も見当たらない。この人間に出逢ってから、ずっとこの調子だ。そればかりか、雌に対するいつもの甘言も称賛も出てきていない。今だって、ただもじもじと手元の長剣を弄くりつつ意味の通らない会話を繰り広げるだけで。

 濃褐色の釣り目が、訝しげに彼を見やる。その視線に正面から捉えられ、緑眼がじわっと潤んだ。「うぅ」と意味の無い呻きが、彼から洩れる。いつの間にか耳まで赤くなっている。急に体調でも悪くなったのか。

「――や、やっぱりそう呼ばれるのなんかイヤだ、うん、やめやめっ」

「? なんなの、一体」

 癖の無い黒髪がぶんぶんと振られ、真っ赤になった耳朶に軽くかかる。体調は悪くないようだが、不可解なことに変わりは無い。小柄な娘はその様子を見て、切り揃えられた茶髪を軽く傾げた。その双眸が疑問符を載せると同時に呆れた風情になっているのは勘違いではないだろう。我輩とて同じ心境だからだ。

 騎者どのは、これでも成人男性のはずである。しかも一般的な人間よりはずっと年齢も経験も重ねてきている。なのに。

「……ア、」

「あ?」


「ア、アルセイドじゃなく、アルって呼べ!!」


 今の態度はまるきり、こどもだ。


★ ☆ ★


 取り敢えず、わずかに時間を遡ることとする。


がちゃんっ!!


「!」

「え」

「な、なに」


 静かな大学構内に響き渡った、音。騎者どのが手にしていた長剣を布ごと取り落とし、それが床に叩きつけられたためである。案の定、鞘と柄を模っていた表面の装飾は見事に割れてしまったであろう。そんな破壊音が、布の内部から鈍く聞こえた。

 しかし。

「き、――アル、どの」

 肝心の取り落とした本人は。

「どうしたのだ」

 そのことには気づいていないかのように、ただ唯真正面を見つめていた。無言で。呆然と。

「……」

 真正面に立つ、小柄な人間の雌を。


「あ、の。大丈夫ですか」

 彼女から発せられた言葉。それにやっと反応し、びくり、と肩を振るわせる騎者どの。

「……へ?」

 その口から、間の抜けた声が洩れる。緑眼もぽかんと広げられたままだ。

「その、お荷物。なんか凄い音したみたいですけど」

「おにもつ?」

 彼女の言葉を反芻しながら、惚けたような表情で首を傾げる。彼らしくもない、こんなにも反応が鈍い態度を見せるなど。

「はい。足元に転がってる、それです」

「あしもと?」

 ひょい、と言われたままに足元を見た騎者どのは。途端に我に還ったようだった。

「! ぬああっ」

 奇声をあげつつ慌ててその場にしゃがみ、拾い上げた家宝の剣。じゃり、と布内部で砕けた鉱物が擦れる音がした。やはり、細工が割れてしまっている。

「~~なに、やってんだ、俺……ッ」

 小声で自らを罵ったあと、騎者どのはまた顔を上げて。

「大丈夫ですか、中身?」

 いつの間にか至近距離に来ていた彼女に、首まで真っ赤になって固まった。


「――」

「あの?」

 身を屈め、騎者どのの手元を覗き込んでいる彼女は割かし小柄だ。床に膝を付き、しゃがみこんでいる騎者どのと大体目線が合う位置にいる。体格差があるというに、見た目は同程度の年代だとわかった。彼女は体型が出にくい衣を纏っているようだが、胸部の布が張っていたせいもある。人型の肉体成熟度の目安として、要所の肉付きが挙げられる。その分、彼女は成熟した雌の部類に入るようだ。かと言って年増というわけでもなく、身のこなしも顔つきも歳若い。実際年齢は騎者どのとはだいぶ違うのだろうが、年代としては至極近いだろう。

「――」

「えっと……」

 その騎者どのはというと、彼女と目を合わせたまま微動だにしない。またも惚けた顔で凝視され、戸惑ったように濃褐色の瞳が揺れた。

「?」

「――」

「――恐らくは大丈夫だ。修復してくれるものが近くにいるゆえ、その元へ持ってゆけば事足りる」

 仕方が無いので我輩が横合いから口を出す。交渉の切り込みを任せた彼が、動かなくなってしまったためである。一体どうしたというのだろう。騎者どのの様子は不可解だったが、何も喋らないでいても前に進まない。彼が駄目なら我輩は自力でなんとかせねば。

「そうですか。なら良かったです」

 こちらに視線を移し、目元で微笑んでくれる人間の雌。気が強そうに釣り上がっている眦であるのに、柔らかい表情をすると途端に印象が変わる。彼女はきっと、見かけより中身が柔軟な性質であるのだろう。

(この分だと、穏やかにことが進みそうだ)

 その思いで、更に言葉を紡ごうとした我輩であったが。

「――おい、」

 すくっと立った長身に阻まれた。我輩とかの人間の間に分け入るように、男の手が伸ばされる。いつの間にか動きを再開した騎者どのだった。

「リョクは引っ込んでろ」

「アルどの?」

「いいからどけ」

 動きを再開したはいいが、緑の瞳は今までにないくらい険しくなっている。我輩を押しのけるようにするそれは、稀に見る乱雑な仕草だった。

「何を」

 彼は緊迫した空気と共に「お前は黙ってろ」と告げる。象牙色の横顔は、何かに強張っている。何をそのように緊張しているのだろうか。そして何かに苛立っているような気もする。我輩が何をしたというのか。

 小柄な茶髪が持ち上がり、濃褐色の瞳が戸惑ったように長身の男を見上げる。その視線に一瞬肩も強張ったと思ったのも束の間。

「お、おい」

「え」

 騎者どのは、彼女に向かって言い放ってしまったのだ。今までに無い動揺した調子で。


「――、と、とっととお前の同居人のこと教えやがれ、釣り目女ッ!」


 初対面からこの一言を受け、友好的に接することの出来る人間がいたとしたら教えて欲しい。



 案の定、彼女は気を悪くしたようだった。

「――誰が釣り目女ですって」

 低くなった声音と半眼になった瞳に、我輩は慌てた。これでは当初の目的が達せるとは思えない。こちらが頼み込む立場であるのに、最初から喧嘩腰になってしまっては如何ともし難い。

「あ、いや、済まぬ。我が友人は大切なものを壊してしまったがゆえ、少々混乱の域にあるようだ、どうか、」

「リョクは黙ってろッてんだろ」

 赦してほしい、と言いかけた言葉は、当の騎者どのにまた遮られた。まるでこいつより俺を見ろ、と言わんばかりの声量で。

「釣り目を釣り目って言って、な、何がおかしいんだよッ」

 彼は一体、どうしてしまったのか。常日頃「女の子への賛美は息をするのと同等。これ俺のポリシーだから」と言い放っていた青年と同一人物とは思えない。

「言ってくれるわね、この童顔男が」

「な、てめ、」

「部室に勝手に入っておいて、説明も無しにしょっぱなから暴言吐いたからにはこれくらい我慢しなさいよね。今から不審者だって通報してもいいのよ」

 最もである。しかれど、正論を吐かれた騎者どのは反省するどころか、ますます語気を荒げてしまった。気のせいか、緑眼が潤んでいる。なぜだろうか、憤慨しているはずなのにやけに嬉しげだと感じたのは。

「いい気になりやがって、この、釣り目女……ッ」

「釣り目釣り目ってうるさいわね、童顔不審者」

「~~ッ」

 濃褐色の瞳が完璧に半眼になっている。柔らかかった表情も強張ってしまった。対して緑の瞳は更に潤みを帯び、象牙色の頬が紅潮している。騎者どのの妙な表情はともかく、彼女の放つ空気は険悪だ。こんなはずでは無かったのに。我輩がさすがに再度仲裁しかけた、その瞬間だった。

「ぷ、あははははっ」

 こちらを窺っていたもう一人の人間が、明るい笑い声をあげたのは。

「ははははっ、あーオモシロ。テス、言われちゃったわねー釣り目って。気にしてたのにネー」

「ちょっと、イーラ。あんたも面白がるんじゃないわよっ」

「まあまあ」

 笑いをおさめながら穏やかに彼女を宥める金髪の娘。髪を撫で付けながらこちらに向き直り、これまた穏やかに言った。

「よくわかりませんけど、あなた方はテスに……このコに用事があるみたいですね」

「う、うむ」

 騎者どのの暴走で白紙に戻りかけた交渉だったが、解決の糸が見えるならたぐり寄せたい。

「突如の無礼、真に詫びる。我が名はリョク。こちらの若者はアルセイドどのだ」

 頭をさげつつ、なおも茶髪の娘につっかかりそうだった騎者どのの襟首を引っ張り背後へと押しのけた。背後で「ぐぇ」と人間の若者はうめき声をあげた。

「げほっ、てめえ、りょくっ」

「我輩らは隣国ルギリアから来た者である。貴殿のご家族について、把握したい事柄があるのだ。保護者であり『ぼでぃがあど』たる貴殿に話をつけることこそ道理と感じ、ここに参上した次第である」

「……そう、なんですか」

 視線を合わせ、真摯な意図を込めて説明する。彼女は戸惑いつつも把握してくれたようだ。背後で騎者どのが咳き込みつつ、更に何か言いたげにしているが、無視をする。当初は人懐こくて舌の回る彼に任せようとは思ったが、本末転倒になりかけたので我輩自身が講じるしかない。最初からこうすれば良かったとつくづく感じる。

「更に突如の申し出ゆえ、困惑は承知だ。しかれど、是非貴殿の了承を得たいのだ」

 かの精霊族に、逢わせてはくれまいか。

「……」

 彼女は少し沈黙し、濃褐色の双眸を伏せた。考え込んでいる風情であった。

 ややあって、見上げられた視線には、不審の色は払拭されていたように思う。そして、続く言葉にも。

「本当なら、若い男はワカバに逢わせたくないのだけど。でも、多分大丈夫だと思うから了承します。だって、」

 きっとあなたはワカバと同種の精霊族なんでしょ? 彼女はそう言って微笑んでくれた。

 交渉は滞りなく成功したようで、ほっと胸を撫で下ろす。

「同種かどうかは逢ってみないことにはわからないが。けれども、」

 安堵の余りこちらの顔も綻んだ。感謝の意そのままに笑みを彼女に向ける。

「了承してくれたことを感謝する」

「……ど、どういたしまして」

 茶髪の娘は少し目を丸くしてからうっすらと紅色を頬に載せ、金髪の娘は手を口に当て「うっわすごい破壊力……まさにワカバちゃんの男バージョンだわ」と呟いた。それほどかのものと我輩は似ているのだろうか。

 ともあれ、安堵しざまに背後を振り返る。そこにいる騎者どのに報告するために。

 さっきから無言になっていた彼はどうしていたかというと。

「……」

 頬を紅潮させた茶髪の娘をじっと見つめていた。眉を切なげに顰めて。まるで、何か無言で訴えるように。言いたいことがあるなら今言えばいいのに、それをしようともしていない。なのに、視線だけは濃厚である。

「アルどの、了承を得ることが出来たぞ」

「……」

 こちらの言葉にも返応せず、そっぽを向く。先ほどから、騎者どのが不可解である。これでは不審者と言われても反論出来ない。

「アルどの?」

「……よかったナ」

 おざなりにかけられた言葉は、家宝の修復者どののように語尾がぎこちなかった。ぎゅ、と握り締められている剣の入った長い布。ああそうか、と今更気づく。騎者どのは大事にしてきた長剣を壊してしまったゆえ、やはり落ち込んでいるのだと。

「アルどの、剣を修復に向かうか? 時間が惜しいようなら、我輩はひとりでかのものと逢いに行くが」

「修復は日にち空けなきゃあとでもいい。……俺も連れてけ」

「左様か」

 黒髪はそっぽを向いたままだったが、語調はいつもの彼に戻っていた。なので取り敢えず安堵する。

 一部始終を聞いていた人間の娘は、苦笑しながら言った。

「じゃあ、ちょっと待っててください。もうこれから着替えて帰宅するだけですので」

「そーいや鉱物演習のツナギのまんまだったわね。うわーイケメンの前で恥ずかしー」

「今更でしょ」

 そんな会話をしつつ、二人の雌が更衣室へと去っていった直後。

 我が騎者どのは、そっと呟いた。

「……悪かったな」

「? 何をだ」

「……気にしてねえなら、いい」

 心持ち項垂れた黒髪を見つつ、ふと思った。

(何やら、これと同じ体験を過去にもしたことがあるような気がする)


★ ☆ ★


 そのようなわけで、割りとあっさりかの精霊族への面会を赦された我輩らは、着替えを終えた茶髪の娘と共に彼女の自宅へと向かう。

 「つなぎ」と称される衣を脱ぎ、上下分かれている普段着を着用して我輩らの前に現れた娘は、思った以上に雌らしい身体つきのようだった。胸周りの肉付きが特に良く、腰は細いのに臀部も丸みがしっかりある。安産型のようだ。

 そこまで考えたところでぼうしを取られ、頭をはたかれた。

「アルどの、なぜ急に我輩を殴る」

「うるせ。このどスケベ野郎が。どこ見てやがんだよ」

 眉が顰められ、緑眼が半眼になっている。やや本気で苛立っているようだ。

 彼女はつがいではないが、魅力のある雌のそういった箇所に目が行くことは仕方なかろう。雄として当然の視線である。口に出さず行為にも至らない限り、頭の中でうっすらと賛美を贈ることに害は無いはずだ。「せくはら」の境界自体は我輩とて学習している。むしろこういった話題を常ならば率先しておこなうはずの騎者どのが、どうしてこんな潔癖具合を見せているのか。特に、胸部の肉付き豊かな雌は彼の好みとするところだろうに、その片鱗も見せていない。

「一体どうしたのだ、アルどの。先ほどからおかしいぞ」

「何がおかしいってんだ」

「いや、まったくアルどのらしくない言動を……」

「どうしたんですか?」

 立ち止まっていた我輩らに気づき、前方を歩いていた彼女から声がかかる。と、半眼になっていた緑眼が瞬時に元の大きさに戻った。そして見る間に象牙色が赤く染まる。

「……」

 しかし、その唇からいつもの流暢な話術は出てこない。不自然に固まって、沈黙したまま俯くだけだ。仕方ないので我輩が答える。

「いや、特段気にするな」

「そうですか」

 くるり、とまた前方に戻る濃褐色の視線。それを追尾するかのよう、緑色の視線がふらっと前に向けられる。自分からは話しかけようともしないというに、彼女を見つめる視線はまるでもっとこちらを見つめて欲しい、と願っているかのようだ。横顔はまだ赤く染まっている。

「アルどの? やはり体調でも悪いのでは」

「別にどこも悪くねーよ」

「……左様か」

 納得は出来なかったが、騎者どのの身のこなし自体は健康そうであるので一安心する。



 何はともあれ。そういった案配で、もう大学を発ってから数刻ほど経っている。途中、公共施設の乗り物などを利用する時間が多かったが、それを降りてからは歩く時間が比較的多い。住所を聞いた騎者どのは何を思ったか先をずんずんと歩き始め、冒頭の会話に戻るわけである。



(騎者どのは、雌への賛美や好意を旨としてきたはず。なのに、今は一体)

「――」

 彼の態度は、不可解である。時折ちらちらと視線を送るくせに、彼女に気づかれそうになると顔を赤らめて視線を外す。その緑眼に映るのは敵意や嫌悪ではない、隠しようの無い好感情だとわかるのに。まるで自分の考えていることを恥じるかのように、彼は彼女と視線を合わせない。

(騎者どのが、己を恥じる?)

 それはまったく、彼らしくない。

(いや、)

 待て。これはやはり、擬似感がある。

(以前も、これと同じものを見ていた。いつだ。一体、いつの――)

「あら。いつの間にか、夕暮れなのかしら」

 カア、カアと空をゆく鳥。それを見上げた娘が不意に呟いた。その茶髪にうすらとかかるは、鋭角になった陽の光。暮れなずむいろに、周囲も染まっている。昼間は立ち込めていた暑気も、涼やかに薄まる時刻。

 夕暮れ。

「夏は日が長いはずだけど……結構早いものね」

 日が、沈みゆくそのいろは。

「真夏の夕日ってきれい。橙色っていうより、なんだか紅色が混ざってて」




『俺は、紅のをつがいにする』




「……――」

「リョク? どうした」


(おもい、だした)

 あの日見た、光景に重なる姿。くれないに躍る蒼。……恋を語る、幼馴染。

(そうか)

 騎者どのを見る。夕日に照らされた象牙の肌と黒髪、緑の瞳。色彩は違うが、彼の見せる感情には見覚えがあったはずである。

 かの雌に向ける焦がれ、追慕する視線、接するたび幸せそうに緩む表情。それは。

「アルどの」

「ん?」

 見慣れた緑眼、そこに今朝方までうっすらと存在してたもの。それが今は見あたらない。そう、傍らにいるこの人間の娘と出逢ってから、自然に溶け消えてしまった。

 そうか、そういうことだったのだ。納得の心地と安堵。そして、羨望が胸中を満たした。

「我輩は――アルどのが羨ましい」

「急になんだよ」

 首を傾げる彼に、微笑んで言う。


「つがいをやっと、見つけられたのだろう?」


 またぼうしで頭をはたかれた。かなり痛かった。しかし腹は立たず、頭を押さえながらなおも暖かい心地に包まれた。

 我が魂の相棒は、人生の伴侶をとうとう見つけたのだ。

 状況がつかめないまま首を傾げている茶髪の娘に、胸中で感謝を贈る。

(感謝する、人間の娘御よ。いや、我が騎者の伴侶どの)


 我輩の騎者だちはやっと、独りでなくなる。かたちある幸せを手に入れられる。それを確信したがため。



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