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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第五章
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『ワカバちゃんのことについては、先ず本人よりそのボディガードさんに話つけといたほうが、波風立たないよ。いや、本当に』

 雑貨屋の店主は、そう言ってとある住所を教えてくれた。かの人間の名前も。

『自宅にいきなり押しかけるより、その人が利用してる公共の場で堂々と逢うほうがいい。ベルクァでたった一つの大学が、首都寄りの地域にあるんだけど。ここ行ってみな。それでそこに通ってるその人に逢って、交渉してみるといい』

 勿論、失礼の無いようにな。そういい含めた彼に、騎者どのは礼を言って頷いた。

『あんがと、おじちゃん。じゃあちょっくら行ってみるわ』

『感謝する、店主どの』

『どういたしまして。――あ、でも、』

 ひとの良さそうな双眸をすこし細め、注釈するように付け加えられた言葉。

『ボディガードさんに逢えても、肝心のワカバちゃんのこと教えてもらえるかどうかは保証出来ないから』

 どうやら、ぼでぃがあどとやらは気難しい性分の人間らしい。


◆ ◇ ◆


「しっかし噂の精霊族が、女のコだったとはなー」

 あれから一夜が明け。取り敢えず街内にて宿をとったのち、早朝に出発した。騎者どのはふわあ、と欠伸混じりに昨日のことを振り返る。

「それに、たまにゼンゼン来ない週もあるとは思わんかった」

「そうであるな。しかれど張り込み自体は無益だったというわけでもない。それなりに収穫はあったゆえ。感謝する、騎者どの」

「いいってことよ」

 雑貨屋の店主が教えてくれた場所まで距離はあるが、人間の界隈を突っ切ってゆく道程となる。なので我輩は人型のまま、騎者どのと連れ立って歩いていた。普通の人間が進める程度の距離ならば、我輩も疲れずに二本の脚で進めるようにもなっている。

 手にしている紙片を見つめる騎者どのが、ふと片眉を上げた。

「へえ、このガッコ……」

「知っている場所なのか」

「おう。ベルクァ州中央付近にある大学で、首都にあるのと同様の国立校だよ。アルカリー有数の難関大学ってやつだな」

 ちなみに、騎者どのが過去通っていた大学も、国有数のものだったらしい。

 大学とは、人間が営む学び舎の一環である。主に成人前後のものが利用しているそうだ。簡単にまとめると、人間の取り決めのひとつである学問を研鑽したり、「しごと」に役立つ資格とやらを教習したりする場所らしい。

「これから逢う予定なのは、そこの学部のひとつに所属してる生徒。名前はテティス=トエ=スペイオ」

 緑眼が、少し細められる。

「俺らに話してくれるかね。聞いたとこによると、相当に溺愛してるっっぽいし」

 おそらくかの人間が大切に思っているであろう、天の精霊族。その正体をすんなりと初対面のものに打ち明けるだろうか。大切な家族を、あっさりと得体の知れない相手に受け渡すような真似をするだろうか。

「わからぬが。しかれど、」

 我輩は、前に進むしかない。




 そうこうしているうちに、その学び舎へと辿り着いた。二本足のゆったりとした脚の運びでも、さほど距離が無かったせいもある。我が本性の脚ならば数秒程度で到達出来るであろう短さでもあった。

「今日は人間の周期でいう休日で、大学は全体的に休講だけど。でも、その人が所属してる学部自体はいつでも開いてんだ。『霊力研究科』の総合学部ってのは大抵そう。勉強内容が霊力や精霊族についてが主だから、実習とかは霊気の溜まる自然区域や超自然区域に出入りして、休日とかにやっと大学に戻ってくるってわけ。タブン誰か一人は居るっしょ」

 そう説明しつつ、建物の入り口にて手続きを済ませる騎者どの。休日らしく、大学構内には確かにひと気が少ない。広い建物なのに殆どいないといっていい。こういった空気は、我輩にとって正直助かる。人間集落には慣れているとはいえ、雑多な気配が蔓延する箇所が苦手であることに変わりは無いからだ。

「お邪魔しやーす」

「失礼する」

 ふたりでその学部が存在するという一室に入る。がらんとした室内には、誰もいない。

「あれ……」

「いないようだな」

「うーん、」

 首を傾げながら、騎者どのは部屋の入り口付近の壁を見やった。そこに貼り付けられているのは、学部の予定表である。

「今週末は近くの自然区域で鉱物演習とな。本日の帰還予定は――なんだ、午後にならねえと駄目っぽい」

「午後にならねば、かの人間はここに戻ってはこないということか」

「そういうことみてえだな」

 一も二も無く、待つことにした。入室手続きは済ませてあるし、不審者でないことを証明できればいいだろう、とは騎者どのの言である。

「しかしさ、リョク。相手が難しいヤツだったらどうする?」

「難しい?」

「おうよ」

 教室あるいは部室、と称される部屋には、物書きに適した幾つかの机と椅子が配置してある。その一角に座り、かりかりと書類作業を進めながら騎者どのは言った。

「ウワサの精霊族ワカバちゃんは女のコなんだろ、しかも超絶可愛い部類の。それをボディガードしてるってからにゃあ、それなりに腕っ節の強い人間なんだろうよ」

 テティスという名は、騎者どのの国の通識では雌が保持する類のものだ。しかし、北国地方では特別な慣習により、常ならば雌の名を雄が保持する場合もあるのだそうだ。逆もしかり。

「名前だけじゃ男か女かわからんけど。でも話聞いた限りじゃあ、かなーり面倒なタイプっぽいからな。覚悟しとけよ」

「うむ。誠心誠意で向き合えば、我輩の心持ちは伝わると信じている」

 微妙な緊張に拳を握りながら答えると、騎者どのは宥めるように笑った。

「なんだか初めて人間集落に入ったときみてえな顔になってんぞ、リョク」

「そ、そうか」

「ほら、リラックスリラックス」

「う、む」



 数刻のち。

「騎者どの、近づいてきた」

「マジか」

 人型の感覚はだいぶ鈍るが、それでも並みの人間よりは鋭敏である。教室から離れた箇所より、話し声と足音が聞こえてきたのだ。建物内が静かなせいもあり、目立つ気配。


「…、やっぱもう少し休みをとるべきよ」

「…、大丈夫よ、」


 人間の雌が、二人。その気配がどんどんここに近づいてくる。

「かしこまって出迎えねえとな」

 騎者どのは書類や筆記用具を鞄に詰め込み、荷物を手に取る。他者の領域にそうとわかるほどの我が物顔で居坐って迎えることに、気が咎めたのだろう。

「こいつも……一応持っとくか」

 布で覆ったままの家宝、それも手に持つ騎者どの。そして椅子から立ち上がり、入り口の邪魔にならない箇所に立つ。我輩もその傍らで、背筋を伸ばした。


「大丈夫だって。あのコはこどもじゃないんだから。あたしがいなくたって平気よ」

「そんなこと勝手に決めて。ワカバちゃんに何かあったらどうするの」


(ワカバ)

 その名に、反応した。もしかしなくとも、これから訪れる人間の片方はかの「ぼでぃがあど」本人なのだろう。

 目で合図する。騎者どのは緑眼を軽く見開き、また「マジか」という顔をした。小声で(取り敢えず俺がファーストアプローチしてみるわ)とも言ってくれた。我輩の人型外見は良い意味でも悪い意味でも人間の雌に強い印象を残す。ましてや初対面の人間に警戒心を抱かせず巧く話せる自信も無い。最初は話術持つ騎者どのに切り込んでもらうのも有りであろう。少し考えて、頷く。

(任せた)(おうよ)

 騎者どのは軽く息を吸い込んで、吐いた。


「ワカバだって精霊族だもの、きっと……あら、」

「どしたの、テス」

「学部の鍵、開いてるわ」

「え。ホントだ」


 来た。全身に力が入る。


「そういえば守衛さんが言ってたよーな……誰か来てるって」

「もっと早く言ってよ」


 かちゃり。扉の取っ手が、動く。


「誰かしら」


 そして、扉が開いた。




 現れたのは。

 予想通り、人間が二人。茶色の髪を持ったものと、金色の髪を持ったもの。両方ともが雌、いや、女である。騎者どのや通常の市民がまとっている上下分かれた衣でなく、ひとつなぎになった形状の衣を纏っていた。わずかに、金属や土の匂いがする。自然区域での鉱物演習とやらの帰りなのだろう。

「お邪魔している」

 ぼうしを取った頭を軽く下げ、挨拶をする。彼女らのどちらが、「ぼでぃがあど」どのなのか。

 茶色の髪はきょとんとしたあと、頭をすぐ下げ返してきた。

「――どうも?」

 金色の髪はぽかんと口を開け、拳を顔に当てて頬を赤くさせた。

「うンわ、超美形ッ」

 二者とも反応が違う。

「ちょっと、失礼でしょ。……えっと、」

 彼女らの片方が片方を諌め、一歩前に進む。こちらと視線が合っても動揺を見せなかった、茶色の髪のほうだ。肩に付くか付かないかで切り揃えられた短めの髪と、ややきつく釣り上がった濃い色の双眸が印象的な人間である。

 見たところ騎者どのと同程度の年代だと思われる彼女は、我輩の顔を正面から見据える。大抵の人間が初対面で見せるような戸惑い、それをまったく見せない通った声で言った。

「失礼ですけど、どなた? 卒業生の方ですか」

 微塵も動揺を感じさせない素振り。それは強がりでもなんでもなく、ただ単に、我輩のような外容のものを見慣れているという証。

(この御仁が、『ぼでぃがあど』どのか)

 恐らく、間違いない。

 横に立っていた騎者どのが、慌てて声をあげる。

「あ、どうも勝手に入ってすいません、俺たちは――」


 その、瞬間だった。


 我輩は、見た。

 茶髪の人間、彼女の濃褐色の瞳と視線が合った騎者どのが、一瞬身体のすべての動きを止めるのを。そしてその手から、四十数年大事にしてきた長剣がいとも簡単に取り落とされるのを。海の中に墜落したときでさえ、家宝は手放さなかった彼なのに。

「――」

「アルどのッ」

 我輩が声をあげたが、時は遅い。床に叩きつけられた長剣は、布の内部でその細工が見事に砕け散った音を、休日の大学内に響かせたのであった。


がちゃんっ!!



◆ ◇ ◆


 あとから、騎者どのが悔しげに洩らした言葉によると。

『クソじじいの忠告通りになってもうた……ッ』

 とのことだ。



若き日のじいさんが同じことを「Lila」の冒頭でやらかしてます。

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