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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第五章
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『新たな失踪者は、南東の森に棲んでいた雌のイヴァだ。丁度妊娠中で、臨月期に入っていた』

『身篭っていた雌が、か。――なぜだ、』

 その事実に、愕然とする。我が一族の群れにおいて、最も優先されるもの、護られるべきもの。そのひとつが失してしまったというのか。

『なんでも、彼女が失踪する直前にちょっと事件があったそうだよ』

 天使の友は、そう説明してくれた。

『群れの若い雄が幼生を連れて出かけていった食事場所で、上級の肉食種に襲われたらしい。なんとか全員逃げ延びられたけど、不運なことに何頭かが崖から転落してしまったんだって。しかもそこは中層南の深森が一端で、毒茨の群生地でもあった』

 知っている。我輩も群れにいた頃、その森にて駆け回ったことがあるからだ。

『成獣かそれに順ずるものなら、毒茨の蔓延る中でも通り抜けられるが……』

『そう、幼い仔どもや経験の無いものに、あの森は攻略出来ない。案の定、毒茨に至る箇所を傷つけられ、脱出することも出来ずに棘内に閉じ込められてしまった。それを助けるために群れから大規模な救助隊が派遣されてね。群れ自体が数日に渡ってばらばらとなったんだ。拠点にて待機しているものも、大幅に手薄となった。……元々、そんなに大規模な群れでもなかったからね』

 群れにおいて身篭っていた雌は彼女一頭だけであり、拠点とする場所は奥深く栄養豊かな安全地帯でもあった。周囲に天敵となるものは殆どいない、その安心感もあってふと警戒の目が緩んだ矢先だったという。

『彼女の傍にいた雌が、食物と水とを得るため彼女の傍から離れて。幾ばくもしないうちに戻ったのだけど、もうそのときには彼女はいなくなっていたらしい』

『……なんということだ』

 ぐ、と握り締めた拳に力が入る。新たな命をその身に育んでいたものが、その新たないのちと共に失踪してしまうなど。

『やり切れぬ』

『――』

 友は何も言わず、沈痛な面持ちで頷いた。



『南東の森を拠点にしてた群れってのは、中層にいくつか存在するイヴァの群れの中で、失踪者が唯一出ていない群れだったから。下層の穴を取り締まるようになって、何事も無く百年以上が過ぎて。きっと油断があったんだろうね。俺ら天使の見落としでもある』

 若者の晴天の瞳が、憂いと後悔を載せて伏せられる。

『彼女がいなくなってからもう四十年以上経っている。二百年前にいなくなった彼ら同様、まだ見つかっていない』

『……――』

 我輩は、人界で一体何をしていたのだろう。

『当初からの捜索手の中には、もう命数を終えてしまったイヴァもいるんだ』

 一体何を。同族が窮地に陥ってるというに、なぜこうも悠長に構え、怠惰な生活を送っていたのだ。

『以前逢ったあの紅色のイヴァは、もう老齢となってしまったから。今、彼女のつがいの捜索は彼女の息子に任せてるんだって』

 我輩は彼らが懸命に駆け回っている間、何もしていなかった。

『――消極的な思考はいけないってことは、俺も承知してるんだけど』

 我輩は。

『悪い報せが続くと、前に進もうって意識も萎れてきちゃうんだよね』


 人界に、慣れすぎていたのかもしれない。


○ ● ○


「騎者どの。出かけるぞ」

「え」


 しゃわしゃわと人界の虫の鳴き声が響く、蒸し暑い真夏の昼下がり。我輩は騎者どのの邸宅に戻るなり、そう宣言した。

「な、いきなり何。ドコ行くの」

「修復者どののいる、『あるかりい』という国へだ」

「いきなりなんで。しかもさっさと本性に戻ってるし。行く気満々なのは判るんだけど、俺も?」

「うむ」

 ふるり、と鬣を振るわせる。玄関先に置いてある椅子に座り、涼しい石畳の上で仕事――彼の生業はその知識と経験を活かした書類作業とやらである――をしていた騎者どのはきょとん、と緑眼を瞬かせた。開け放っている扉側にて、こちらを窺う我輩と視線が合う。

「マジいきなりなんですけど。俺、見てわかるように仕事中なんですけど」

「うむ。されど、出かけるぞ」

「だからなんで!? あとお前は俺の話さらっと無視するときがケッコー頻繁にあるよね!?!」

 今更であろう。そう言ったら確かに今更だけどさ、と返ってくる。

「とにかく騎者どの。『あるかりい』へ征くぞ」

「え、あ、ちょ、うぐ、首絞まってるくびッ」

 襟首を咥えてずりずりと玄関を出たところ、騎者どのは我輩の腹辺りを「たっぷ」して訴えた。一旦離してやるとぜいぜいと息を整えつつ、夏の暑気と色々なものにかき回された顔で言う。

「なんだってんだよ、いきなり……ッ。いくら温厚寛大なアルセイド様でも、強行軍はイヤンって言ったでしょ。いい加減にしねえとそろそろマジギレしちゃうよ、リョクさん?」

 緑眼と声音に苛立ちが滲んでいる。確かに、彼にとってはいきなりであろう。

「うむ。今度『まめだいふく』と『みたらしだんご』を製作して騎者どのに振舞うと約束しよう。それで不足なら、麦酒と共にいただくツマミの『ちいずせんべい』も付けよう。天無花果を好きなだけ採ってきてもやる」

「お? いいね~俺の好物ばっか。チーズ煎餅も真夏のビールのお供としては最高。天無花果のドライフルーツ少なくなってたからタダで手に入るのはすんげえ嬉しい、しかも生果って高えんだよナー。――って何さらっと買収しようとしてやがる」

「蓬莱桃や霊梓の実が欲しいならしばし待って欲しい。かの果実は稀少種ゆえ、採取にも手間がかかる。それ以外の天の産物が欲しければ、我輩の及ぶ範囲でなんなりと確保しよう。ゆえに、この場は何も云わず『あるかりい』へ共に脚を運んでくれまいか」

「……」

 我が魂の相棒は沈黙して、玄関内へと戻っていった。

(やはり、強行軍に気を悪くしたのか)

 しかし。

「――リョクは獣だからどうでもいいのかもしれんがな。俺は人間さまなの。人間さまってのはオシゴトってゆー大事なものがあんの。これやんないと月給半分になんの」

 しばらくして戻ってきた彼は、大きな鞄を肩から掛けていた。ちゃっくと称される金属の留め具を緩め、がさごそ音を立てる紙片を中に詰め込んでゆく。

「下手すりゃ信用失くして収入失っちゃうの。そしたらおやつだって買えなくなるし、リョクの人界甘味礼賛主義もそこで打ち止めよ? そんなんヤでしょ??」

「……そうであるな」

 幾つか束になった「ほん」という参考資料もぐいぐい詰め入れ、ぱんぱんに膨らんだその中に筆記用具もぎゅっと押し込め、ちゃっくを留め直してから。

「今から行くトコにゃー、物書く場所くれーはあんだろな? そこでオシゴト出来るってなら、征ってやってもいいぜ」

 夏の陽光に光る緑眼は、いつもの笑みを浮かべていた。そしていつの間にか腰に差していた長剣の表面も、陽光を受け燦然と輝く。

「……無論」

「おう。じゃ、征くか」

 あとは何も問わず、ひらりと背に飛び乗ってくれる二本足。ここ四十数年、慣れた感覚。じわりと広がる、暖かなもの。

《――感謝する》

 声に出さず、胸中で呟いてから地を蹴った。


「ん? お前、何か言ったか」

「いや。何も言ってはいないが」

「じゃー気のせいか……」

「?」


○ ● ○


 かの失踪事件を解決に導く。それが我輩の当初の目的だったはずだ。


 人界で過ごした時間が無駄だったとも思わない。意義ある経験をし、意義ある生活を送ってきたと感じている。人間の界隈にて慣れないうちにがむしゃらに動いたとしても、無駄無益である。そればかりか悪目立ちをし、天の獣であることを利用され「死より無残な目に」遭わされていた可能性の方が高い。ここ数十年で知り得た人間という種族は、そういう生き物なのだ。人型になり、人界で多く過ごした四十年余り。それは人界の空気と通識に「慣れる」ための意味のある時間であった。

 そして。もう「慣れる」時間は終了した。

 当初の目的を忘れていたわけでない。しかし、後回しにしていたことにより、天では更に失踪者が出てしまっていたことを、長く知らずにいた。そのことが悔やまれてならない。

(焦ってはならない。しかし、停滞していてもままならない)

 立ち止まるな。我らにはこの脚があるのだから。

(これからは、進まねば)

 信じるのだ。己が、前に進めることを。成長出来ることを。……つよくなれることを。


 先に待ち受けるものが暗闇でも、辛くなるだけの事象でも。

(我輩は、征くことが出来る。生きているのだから)

 この脚によって進める限り、思いは続く。

 騎者どのが傍にいて我輩が騎獣である限り、道のりは続いてゆく。

(生を、諦めぬ限り)


 この世界に、可能性も生きているのだ。



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