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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第四章
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挿入閑話・ある妖精の会話

じいさんの親友について


※間接的にですが、ちょっと狂気な描写ありかもです

「アルセイド、いついかなる時でも女の子への賛美を忘れてはいけないよ。親愛感情を示すことは息をするのと同様。軽い求愛は、当然の挨拶だ。そう覚えておきたまえ」

「うん、わかった!」

「ふふ、我が友の孫はいい子だね、物分りも良い。外見も可憐なリインラインに似ているし、きっと将来はいい男になる。僕が保証するよ」

「うん、まかせろ!!」

「あー面白い」


 小さな子供とそんな会話を繰り広げているのは、オレアードの永年の親友である。

 傍らで武具を手入れしつつ、オレアードは溜息をついた。親友は自他共に認める人当たりの良い男だが、如何せん他人の子育てに関して無神経な箇所がある。先日も孫に変な話術を勝手に教えていた。孫が将来、女関係にだらしない男になったらどうしてくれる。

「大丈夫だよ、アルセイドは利口だから。女の子泣かせにはならないよ。そうだろう?」

「うん、オンナノコナカセにはならない!」

「いい子だねー。お菓子をあげよう」

「うん!!」

「ヴァレン、あまりそやつを甘やかすな。調子に乗る」

「まあいいじゃないか、オレアード。躾けはきみが万端におこなっているのだろう? たまには彼を甘やかす存在がいてもいいと、僕は思うね」

「うん、そうだぞクソじじい!」

「アルセイド、かのような言葉遣いをすればした分だけ三時の茶請けが少なくなると説いたはずだ」

「う……ゴメン、ナサイ」

「ふ、くくっ。あー本当に面白い。なんだいこの漫才親子、いや祖父孫か」

 笑いの涙を碧眼に浮かべる初老のエルフ。銀髪は歳月と共に色褪せはしたが、年を取ってなお眩い光沢を帯びている。そして艶やかな空気を纏いながら繊細に整った顔立ちは若い頃の名残をそのまま現存し、年と共に熟成された色気へと変化した。武人とは趣きが異なるが、文人たる品格持つ、非常に見目の良いエルフである。

 名をヴァレンリンデ=クス=エフェメラルという、オレアードの生涯の親友だ。

「アルセイド、しがないおじいちゃんの頼みを聞いてくれないかい?」

「なに、ヴァレンさん」

 美しすぎる自称おじいちゃんは、ゆったりと微笑む。

「いい子だね。頼みというのは、これをアルセイドに持っていて欲しいんだ」

 孫の前に差し出されたのは、小さな包み。

「なに、これ」

「僕の宝物のひとつさ。僕がいいと言うまで、預かっていてくれないかい?」

「ふ~ん。いいよ!」

「ありがとう」

 にっこり笑って幼子の頭を撫でるその腕は、生身のものではない。カラクリめいた、義手を片方の腕に填めている。肘から先が削がれているのだ。

 数百年ほど前、王都で起こったエルフ全体を巻き込む戦乱。それに真っ先に巻き込まれた王宮勤めのエルフは、真っ先に壊滅状況に追い込まれた。生き残った輩も、こうして甚大な身的外傷を抱いて命からがら王都を逃げ延びたのだ。

 そして、孫は知らないが。親友が纏うゆったりとした長衣は、手首まで巻かれた包帯を隠す役割もしている。長い銀髪に隠された首筋には、背中から這った手酷い跡が消えていない。彼が負った傷は、見かけよりとても深いのだ。

 身体だけではない。同時に抱く、心の傷も。



「アルセイドは健やかに成長しているようで、何よりだよ。当初は心配だったけれど、杞憂だったのが嬉しい。きみの功績だね」

「大袈裟だ。私はただ、リラの忘れ形見を慈しんでいるだけ」

「ふふ、そうだったね」

 茶器を手にした元王宮文官は、静かに微笑んだ。昔と変わらず麗しい表情であるが、憂いはついぞ拭えない。親友がこういった顔をするようになったのは、いつからだったか。

「にしても、ここはいつ来ても平穏だな。周囲はまだ落ち着かないのに、この家だけは何事も無いように静かな空間が在る。今更だけど、戦火の種が微塵も降りかかってない」

「周囲に『鳴子』を張り巡らせているゆえ。殺気持ったもの、不詳のものは近寄ることすら出来ぬ」

「さすがだね。でもオレアード、きみはあっさり言うけど、武人エルフがあそこまでの高性能霊具を作ったってこと自体、凄いことだよ」

「特に造作も無いことだ」

「強がっちゃって。相当苦労しただろうに。でも、敢えて言うならリインライン様様かな? 彼女のためならなんでもしちゃうからなあオレアードは」

「当たり前だろう」

「ふふ。相変わらず我が友は、奥方関連では熱いというか、献身極まりないね」

 その献身具合を、他人にも分け与えてやったらいいのに。そう言いながら茶器を傾ける美老人は、ふと優麗な眉を顰めた。身動きした際、背中が引き攣ったのだ。

 それを見咎めたオレアードの眉目にも、心配げな色が載る。

「ヴァレン、傷の具合は」

 毒霊具によって受けた肩からの裂傷と、攻撃霊気による凍傷。そして背の火傷が相当ひどかったはずだ。いくさ人として場数を踏んできたオレアードでも、無意識に拳を握ってしまったぐらいに。そして今もなお、エルフの強靭な肉体をじわじわと蝕んでいるほどに。

「私が言うまでもないやもしれぬが、忘れずに定期治癒を施しているか」

「うん、大丈夫だよ。もう細胞に浸透した毒素は抜いたし、壊死してた部分も完治してる。皮膚のケロイドもちょっとずつ修復されてきてるよ。ただ……」

「ただ?」

「やっぱり年なんだろうね。自然治癒の速度が千年前と比べると格段に遅いし、霊力を外に出しづらくもなった。きっと内在霊気が『もー勘弁してよー』って言ってるんだろうねえ。ああヤダヤダ、年取るって本当に嫌なもんだ」

「……ヴァレン」

 無表情ながら気遣いを乗せて発された名に応えるよう、親友は微笑む。やはりどこか寂しげな笑みだったが。

「大丈夫だよ、オレアード。僕はまだ死なない。やらなきゃならないことがあるからね」

 カラクリの手が、そっと首元を探った。服の中に納められていた輪。それに通された、拳ほどの大きさの袋。


「あのひとと僕の『こどもたち』。それを全員見つけ出すまでは、僕は生きる」


 袋を優しく握り、そっと胸元に押し付ける彼の表情。その刹那一瞬だけ、憂いが解消されたようにオレアードは感じた。


 しっている。

 ヴァレンが携帯している小さな袋の中身を。それはもう脈動を失ってはいるが、とある命のかたまりたるものが入っている。そして今彼が填めている義手も、大きさが微妙に合っていない。彼本人の腕よりも若干細く小さいつくりであるにも関わらず、彼はその義手を填め続けている。オレアードはそれを指摘することも、咎めることも出来ない。それらを身につけていないと、オレアードの親友は壊れてしまうから。そこまで彼の負った心身の傷は深いから。そうでもしないことには、彼のいのちは保たないことを識っているから。だから、何も言えない。

 わかっている。

 おのれも同じ思考を持っているから。ただ、保持しているものはヴァレンと違って形を持っていないだけ。今の心身を繋ぎとめているのは、今も大事にことあるごとに呼びかける、たったひとつの愛のことばだ。それを呼べている限り、オレアードは生きていられるのだ。あの愛のことばこそ、いのち在る限り輝き続ける、あのひとへの愛の証だから。それを失うときこそおのれの終焉だとわかっているから、手放せないのだ。


(ああ、わかっているよヴァレン)

 対照的な自分と親友は、こんな表情をするときは似たか寄ったかなエルフとなる。武人であるとか、文人であるとか、そういった分類の前に。

(私達は、)

 いのち続く限り、愛するひとを追想する、ただの哀れな男なのだ。

(救いは、それが幸せであると思い込んでいる辺りなのだろうな)

 それを自覚しているから、オレアードは親友に軽く微笑んでみせた。なんてことない当たり前の真実を、肯定するかのように。

「ああ、そうだったな」



 戦乱によって散り散りになった『こどもたち』。それをすべて捜索し終え、後事を託したそのあとで。

 オレアードの親友は、静かにその生涯を終えた。


『ヴァレンさんが言ったんだ、もういいよって』

 孫はそう言って、預かっていた小さな包みを開いた。中に納まっていたのは、小振りの眼帯だった。布と紐を結ぶ箇所が、繊細なビーズで繋ぎあわされている装飾めいた美しい帯だ。

『これ、ヴァレンさんのかな?』

 首を傾げる孫に、オレアードは説明してやった。

『いや。それは、ヴァレンの最愛の形見だ』

『ふ~ん』

 眼帯の裏には小さく持ち主の名が刻まれている。それを確認したあと、親友の墓に花と共にそれを供えながら孫は一声かけた。


『ヴァレンさん、メイカさんとてんごくで仲良くね!』


 オレアードは内心で薄く微笑み、亡き親友に話しかける。

(確かに、我が孫は成長しているな)と。



ヴァレンリンデ=クス=エフェメラル(ヴァレン)・・・享年は1900歳くらい。オレアードと同い年の純エルフなので本来ならもっと長生きするはずだったんだけど、戦乱によって受けた傷により急速に内在霊気が減少し、割かし早めに命数を終えることとなってしまいました。外見が急に老けちゃったのもその影響。彼自身、最愛の伴侶に先立たれたあとだったのでそれほど余生に未練は無かった模様。本人なりにやることやったので、満足いく最期だったようです。ちなみに、アルセイドがナンパ師&フェミニスト気味なのは、このひとの影響。


彼と彼の伴侶については、「Lila2」の冥花編にて長々と語っております。『こどもたち』が何を指すのかも、家族編に載せてあります。

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