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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第四章
45/127

実に久々な主人公のターン

 なんということだ。


 まんじゅう、べっこうあめ、くずきり、だいふく。

 この国は我輩が食べられる人界の甘味で満ちている。そればかりか、全体的な食物も食肉をあまり扱わない素材で製作されている。魚介類の出汁や関連物品に気をつけてさえいれば、容易に動物の血肉が無い加工食物を、しかも美味いものを得ることが可能だ。

 なんということだ。

「おい、リョク」

「なんだろうか、アルどの」

「もうツッコむ気も失せたが。……とりあえず、落ち着け。食いモンは逃げねえから」


 我輩と連れ立って歩く人間の若者は、だはあと溜息をついた。

中央大陸と東大陸を往復するごとに渡航には慣れてきた彼であるが、如何せん水が苦手であることには変わりない。乗船と下船の前後、海原の匂いを嗅ぐたび顔色が悪くなるのはいつものことである。ただ、今はそういった事情で不機嫌になっているわけではなさそうだ。どちらかというと、呆れている顔である。

「我輩は至極、落ち着いている」

「嘘こけ」

 騎者どのは象牙色の頬に更に呆れを載せた。

「憂い200%の顔で和菓子の店物色して、苦渋の視線で屋台ガン見して、買ってやらねえ俺が極悪人みてえじゃねーか」

「我輩は別段ねだっているわけではないぞ」

 昨今はやや割引も利くようになったが、大陸を往復する乗船代償は未だに大きい。渡航費用が嵩み、食事を節約せざるを得ない状況に陥っているのは仕方ないことだ。

「アルどのの懐具合はついぞ忘レタコトナドナイ」

「そんな棒読みで言われても説得力ねーよ。あと死んだ目すんな」

 我輩が言うことは真実だ。それに死んだ目もしていない。そう言っても騎者どのの緑眼は半眼のままだった。それほど内心の落胆が表情に出ているのだろうか。

「あー……あの、良かったらこれ、よろしかったらどうぞ」

 小さな集落の小さな甘味店、その軒先で売られていたものを凝視していたら、頬を紅潮させた店の売り子が細かく小分けされた甘味を我輩に差し出してくれた。甘く煮た小豆の匂い。この国の甘味によく入っている「あんこ」は、このところの我輩の好物である。

「――! 良いのか」

「は、はい。金鍔の失敗作ですが、タダですので」

「感謝する」

「い、いえいえいえっ、あなたのような美……見るからに力のある霊獣様に喜んでいただけてこちらこそ嬉しいっていうか光栄っていうか、とにかく気になさらないで下さい」

 甘味を受け取って喜色のまま礼を言えば、売り子の娘は耳まで赤くなって恐縮した。視線を合わせて改めて感謝を伝える。

「娘御は優しき雌……女子だな。獣に優しきこの店に、幸多かれ」

「~~っ恐縮です」

 この大陸に渡ってからも思ったが、人間の雌というものは我輩にとって至極相性が良いらしい。接する態度さえ誤らなければ、どこに行っても割りと親切な待遇を得ることが出来る。娘の顔が更に赤くなり、我輩になおも何かを言いかけた。

「あの、よろしかったらまたウチのお店に来ていただけ……、」

「ちょっと、抜け駆けしないでよっ、リョクさまはウチの常連なんだからっ」

 すると、周囲の食品を取り扱う他の店から、新たな人間の雌が口を出してくる。途端に売り子の娘の純朴そうな瞳が険を帯びた。そこだけ別人のように。

「はい? ウチのお客様に何か御用?」

「誰があんたんとこのお客様よ、勝手に決めてっ」

「そっちこそ常連なんて勝手に決め付けないで。しかも馴れ馴れしくお名前まで呼んで、霊獣様だって迷惑でしょうが」

「引っ込んでなさい。麗しのリョクさまがご贔屓になさっているのはウチの店よっ」

「よく言うわね、この下心満載嫁き遅れ女が」

「なんですってぇえええっ」

 何やらここでも我輩を置き去りにして喧々囂々と言い争いが始まってしまった。雌同士の喧嘩の仲裁の仕方はわからないのでどうしようもないが、つかみ合いになりかけたので早々に割ってはいる。些細なことだが流血は勘弁だ。

 脇に甘味の入った箱を置く。振りかぶられた娘ふたりのか細い手、それをそっと握ってしまえば簡単に動きは止められる。

「!」

「!」

「喧嘩は出来ればやめて欲しい。せっかくの甘味あふるる芳しき空間だ、そこに暮らす者も和やかであれ。そして娘御らのような愛らしき女子が争うのも、我輩はあまり見たくはない」

「……、は、はい」

「……、ご、ごめんなさい」

 素直に殺気をおさめた彼女らに、穏やかに言い含める。

「――我輩は人間の通貨を貯えておらぬゆえ、店に訪れたとしても品物を買うこと叶わない。それでも良いならのちほど順番に訪れようと思うが、どうだろうか。我輩とて、見目良い甘味は勿論、麗しき娘御らの立ち働く姿を見たい」

「……コウエイデス……」

「……ヨロコンデ……」

 何も無闇に避けるだけでなく、こうやってこちらから誠実な意図で制止するように触れるという手段も、時には有効なのだと学んだ。特にこちらに厚意を向けてくる人間の場合、誠意を発した分だけ返してくれるという騎者どのの言は間違ってはいない。

 すっかり大人しくなったふたりの手を離してやる。これも騎者どのに教えてもらった挨拶の一環で、離し際にそっと手の甲に口付ける素振りで微笑みかける。我輩にしてみればだいぶ歳若い雌らだったので、つい幼子に対するような言葉が出てきてしまった。

「良い子だ」

「――」

「――」

 なぜか、二人とも鼻血を噴いた。流血をさせないつもりだったのに。

「どうしたのだ。いきなり怪我でも!?」

 青くなった我輩に、「ずみまぜん、」「ふがごうりょぐでず、」と言いながら娘らはそれぞれの店の奥に引っ込んでいく。鼻血はともかく、二人とも顔色自体は悪くなく、身体は健常そうであったので害悪な怪我では無いと思うことにした。

 流血自体は未だ苦手である。しかし、昨今は臭気には至近距離でも耐えられるようになった。これも訓練ゆえの功績、そしてこの土地の特性のお陰でもある。

(東方の地は、我輩にとって生き易い)

 娘御と入れ替わりに出てきた店の主が苦笑いしながら「すいませんねえ。ウチの売り子も向かいの売り子も若いんで、人外的なイケメンには耐性が無いんですよ」と言っていた。いけめんの意味は未だ良くわからないが、取り敢えず我輩や妖精の長老どののような精霊族の雄を指すのだろうと判断している。当たらずとも遠からずのはずだ。


 ちなみにこういったやり取りの間、我が相棒は生暖かい目で見守るか、少し離れた箇所で他人の振りをするか、どちらかである。「もうツッコむ気も失せた」というわけなのだろう。さすがに十五年も付き合いがあれば我輩らの関係性も慣れたものだ。

「おーリョク。終わったか。お疲れさん」

「うむ。……アルどのの方こそ、目が死んだ風情に見受けられるが大丈夫か」

「なんつうか、無節操なタラシの傍にいると達観もしたくなるっつーこと」

「?」


◆ ◇ ◆


 東大陸には四つの大国と三つの小国、そして近接するひとつの島国が存在する。

 国というものは噛み砕いて言えば人間における大規模な群れのようなものだ。その内部にて様々な取り決めや慣例が在り、棲む者らはそれに従って生活しているとのこと。国と国との間は断固とした境が存在し、簡単な交流以外で滅多なことでは出入りは出来ぬ仕様にもなっているそうだ。

 東大陸は騎者どのの邸宅のある中央大陸より、自然区域や超自然区域が広く展開している。この世界の理として、西部に位置するものは魔力が高く東部に位置するものは霊力が高い傾向にある。西大陸は魔力の地だが、東大陸は霊力の地というわけだ。

 間に挟まる中央大陸は割かし雑多で、中間的器の生命体が最も多い。要するに只の人間が大半を占める土地でもあった。しかし、この東大陸においては事情が異なる。精霊族の総数は中央大陸の比ではなく、そして霊力を行使出来る人間も格段に多く生まれる。つまり、中央大陸より我輩のような霊気持つ獣にとって馴染みやすい土地なのだ。そのことは、渡航して間も無く知った。

 まず、大気内の霊気が濃い。雑多な人間の界隈においても、多少なりとも霊力のかけらが存在している。そのお陰で、我輩のような難儀な性質持つ獣でも生き易い空間となっている。先ほどのように血の臭気に突如遭ったとしても、卒倒するまではいかずにいられるのだ。

 次に、住人の意識が違う。精霊族に対して理解力及び認識が高い。我輩が最初に訪れたかの村の住人、彼らもそれなりに理解力のある連中だったが、彼らよりも我輩に対して砕けた接し方をする。懐っこいとも言う。周囲を窺うと、我輩の他にも人型に転じた獣が界隈に多数存在していることが知れた。その多くが本性を隠すことなく、堂々と人間の集落を闊歩している。我輩が確認しただけで既に数十以上もの霊獣がいた。こちらを認めて挨拶してくる輩もいた。彼らの持つ雰囲気と周囲の人間らの表情が語っていた、ここは精霊族との交流が当たり前の土地なのだと。

 そして、実際にかたちある交流の跡も歴史に刻まれている。

「最近の有名どころでいうと、東大陸東端の『暁白国』がそうだな」

 騎者どのがそう説明してくれた。

「建国から二百年くらいの比較的新しい国だけど、その国祖がすげえんだ。名も無い貧農の出で、しかも女。なのにほぼ単身で民衆を率いて、見事宗主国から独立を勝ち取った。宗主国の『春椿国』ってのは歴史はこの大陸で一番古いが政治の腐敗も根強い。だがさすがにこりゃまずい独立を赦しちまったってことで、今じゃ政治改革がだいぶ進んでるって話だぜ」

 様々な箇所に余波を与えた新興国、その影には霊獣の功績もあったらしい。

「なんでも、女王には若い頃から一緒だった右腕がいたんだと。政治的手腕は勿論、諸事全般に長けて女王を陰日なたにサポートしてた男が。しかも戦時には女王の騎獣と成った、特別な霊獣だったらしい」

「……もしや、」

「おうよ」

 騎者どのの白い歯が、にぃっと零れる。


「『暁白国』の国章は、白い麒麟なんだぜ」


 我輩の他にも、この地には天の霊獣が存在していたらしい。人間の歴史にその蹄跡をくっきりと刻ませて。

「そんなわけで、この大陸じゃあ霊獣ってのはメジャー極まりねえってこと。だから中央大陸よか断然過ごしやすいと思うぜ」

「そうであるな。実際に感じる、かの大陸とは違った空気を」

 そのことを、まざまざと確認する。この地においては、我輩が本性を晒して人間集落を闊歩したとしても、注目は浴びるだろうが悪い方向には転がらないであろう。そして騎者どのが近くにいてくれれば気分的に楽なので、雑多な気配の中でも長時間過ごしていられる。そう言うと、騎者どのは少し沈黙した。

「……最近思うんだけどよ、」

「なんだろうか」

 緑眼が、また半眼になっている。

「イヴァにとって、騎者とつがいってのは別モンだよな?」

「気色悪いことを言ってもらっては困る」

「だよなー。あー安心した。たまーにシンパイになんだよな、お前らの騎者にかける執着っぷりにさ」

「我輩はさほど知識を持たぬ若僧ゆえ、つがいと騎者が同一だったという話は聞いたことが無い。あったとしたら他獣事ながら、難儀であると思うが」

「だよなー」

 我輩は騎獣であるが、れっきとした麒麟の雄である。同じ性持つ雄と生殖行為をしたいとは感じない。一部そういう嗜好持つ輩もいることはいるらしいが、我ら一族はそういう類の獣ではない。もしも騎者が異性で、しかもそのような魅力感じる雌であったなら我輩とて大変であろうとは想像できるが。

「我輩はある意味安心もしているのだ、騎者どのが同性であることを。異性であったなら、しかも互いに生殖行為が可能な年代であったなら、生まれる厄介ごとというものは限りないことは知れる」

「う~ん、言いたいことはわかるけど。そーいう物言いすると、お前はやっぱ獣なんだなって思うよ」

「そうか?」

「そうだよ」

 人界に入り浸るようになってから十数年。まだ、我輩は完全に人界に溶け込んだ風では無さそうだ。


◆ ◇ ◆


 騎者は我らにとって本能的に感じる終生の乗り手、心と身体を毅くさせてくれる唯一である。しかし、つがいはそれとは違う。魂云々、肉体的相性云々とは違った次元にいる。

(つがいとは――無条件に惹きつけられる相手)

 そのことを識っているから。


 我輩は魂の相棒には出逢ったが、最愛の他者にはまだ出逢っていない。



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