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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第三章
29/127


 人界における人間棲息区域。書いて字の如く、人間という二本足の種族が数多く棲んでいる場所のことだ。

 人間とは。

 全世界において、最も総数が多いとされている人型の生き物である。霊力も相反する魔力双方を受け入れられる「中間的器」。その人型種代表各。精霊族でも魔族でもない、はざまの生命体。

 寿命は驚くほどに短い。我ら霊力持つ獣で、霊気が極限に小さいものの上限命数が約百五十年。人間はそれよりも短いのだそうだ。病や怪我を得ることなく健康体でいて、八十年から九十年。運が良くて百年。肉体に霊力か魔力を宿すことが出来るものであればそこでやっと百五十年。雑多な気配織り交ざる環境においては場に合わせて順応するため、器の感覚が鈍重になる。害悪なるものを取り入れることにさほど抵抗無く過ごすため、それゆえ命の巡りを早めるため、自然と命数が短くなること、それは当然なのやもしれない。

 ただ、彼らはひどく賢く、融通が利いて、適応力が高い。妖精とは違った方向に手先が器用で、高い知能を持つ動物にしては繁殖力が高く、発情期などに制限も無い。それゆえこれほどまで発達してきたのだろう。

 かの種族に関して、色々と説明すべき箇所は多々あるが。

 肝心の人間である我が騎者どのによると、一言で終了する。

「人間さまってのは人間さまだからな」

 その声音には、多くの複雑な感情が込められていた。


◇ ◇ ◇


「きはほの、ほへはうまひ」

「そーかそーか、良かったな」

「きはほの、ほへははんとひう?」

「これか? 飴だよアメ」

「はめ?」

「甜菜から採れた甘味を大量に凝縮して、熱してとろとろに溶かして、他の甘味とか香料とかと一緒に練り練りして固めたもんだ。簡単に言うならな」

「うまひ」

「そーかそーか、良かったな」


 もごもごと我輩が頬張っているのは、騎者どのが人間の棲息区域にて手に入れてきてくれた甘味である。正式名称を飴というらしい。色々な形状があり、雲のような外見のものや果物の周囲を固めてあるもの、ねっとりと柔らかで粘度のあるものなど多数だ。上から綿飴、林檎飴、水飴とのこと。名は体を顕すという諺は人界でも通じるらしい。

「リョクはほんっとうに甘いのスキなんだな。根っからの甘党ってヤツか」

「うむ」

「目ン玉きらっきらさせやがって。そんな誇らしげな甘党野郎も初めて見たぜ」

「?」

 ちなみに我輩は今、人型に転身している。体高が同じ程度の騎者どのの服を借りて(胸部や肩幅など多少きつい部分もあったが)それを纏い、人間の棲息区域周辺に停留している。こうやって少しずつ人界の空気に慣れてゆかねばならない。

 自然区域ならだいぶ馴染んではきたが、まだまだ真なる意味で我輩は人界に溶け込んでいるとは言い難い。その証拠に、本性の姿では人間の棲息地に脚を踏み入れることすら出来ない。その雑多で濃厚な匂いを離れた場所から感じるだけで眩暈が襲う。数里は離れているというに感じ取れるだけの凄まじい密度。なんという霊気の薄さ、気配の多さだろうか。そんなところで暮らしている人間という種族は、つくづく我ら一族とは違う生き物なのだと感じざるを得ない。

「霊獣の人型ってのは感覚もそれなりに人間に近くなるからな。つまりは多少鈍重になんだ」

 我輩の傍らで「やきそば」と称される茶色の麺を啜る騎者どのは、そう説明する。

「今リョクが人間の界隈近くにいて平気なのは、人型に変化しているからだ。そいつぁわかってるよな?」

「うむ」

 人型になると、確かに感覚が鈍くなる。感じ取れる霊気も少なくなり、二本足で立つせいか歩くことや走ることもさほど速く出来なくなる。体力めいたものも落ちるようだ。それに何より、嗅覚や視力など五感が本性時とは比べ物にならぬほど鈍重になる。

「ニブくなんのは全部がぜんぶ悪いことってわけじゃない。特に、人型ってのは獣の形体と違う利点がある。筋力やらなんやらは確かに落ちるけど、代わりに得るものは『生きる範囲の可能性』ってやつだ」

 人界における霊獣は、人型に転身できる能力を駆使し様々な範囲で生きる可能性を見出してきたとのこと。

「獣の姿じゃ感覚が鋭敏過ぎるし摂取可能食物も限られてる。けど、人型になれば感覚が人間……とまではいかねえがそれに近くなって、本性にとっての弱点や毒物さえ除けばなんでも食えるし酒だって飲めるようになる。そんな裏ワザがあんだ」

 食肉抜きのやきそばに紅色の生姜を混ぜ込みながら、騎者どのはにいっと白い歯を見せた。この顔をしているときの彼は、本心から楽しんでいる。その証たる表情である。

「つまりは、だ。リョクもその気になりゃ人間の界隈でちゃんと溶け込めんだよ。安心しな」

 目的を果たせる可能性は、ちゃんとある。魂の相棒にそう太鼓判を押され、我輩は不覚にも胸が詰まった。

「……うむ」

 身のうちにあった、わずかな不安。それを我が騎者はちゃんと把握していたのだ。

 感謝の思いで食べていた水飴を二つに分ち、片一方を差し出した。しかし騎者どのはあまり嬉しそうではない。

「いや、気持ちは嬉しいけど遠慮しとくわ。甘いモン苦手だし、野郎と間接ちゅーは俺的にはビミョー……」

「気を悪くしたのなら、済まぬ」

 我ら一族の慣習として、雄同士で食物を分かち合うことは一種の友誼を示す。相手が雌となるとまた違った意味合いを持つが。

 と、気づいて青くなった。

「――まさか人間にもそういう慣習があるのか!? 我輩はまた新たな羞恥行為をおこなってしまったのか!?」

「いやいやいや。俺が個人的にヤなだけだから、気にすんな」

「そ、そうか」

 ならば良い、と手にしていた水飴を元に戻した。人界に出入りするようになってから数年。騎者どのから大まかな情報を間接的に得ているとはいえ、当然ながらまだ充分ではない。

 人界における通識も、これから少しずつ知ってゆかねば。改めてそう感じる。


◇ ◇ ◇


 人型時の感覚が人界のものにだいぶ慣れてきたので、頃合いを見計らって一段階進むことにした。人間でいう小規模な群れ――「村」と称される集落に入ってみたのだ。

「ルギリア国の東南、ヴァイスロってゆう州の端っこにある農村だ。ここ一帯は特に田舎地域だな。水源多いから米作に適してる。田んぼがそこらにあんだろ? ルギリアでも有数の穀物庫ってわけだ」

 我輩は人界の通識云々に疎いが、まあそういった地域らしい。

「ここらを治めてる領主は代々霊法師なんだ。田舎だから周囲も超自然区域やら自然区域やらに囲まれてるし、人型人外がフツーにその辺闊歩してやがる。そのお陰で、州の住人も霊力だとか精霊族だとかに理解力が高え」

 霊法師とは、霊力を身の内に宿してそれを行使出来る人間を指す。人界においては数少ない、精霊族寄りの人間の総称だそうだ。

「だから、構えねえでまったりいこうぜ。失敗したとしてもタブン『まー霊獣ならしゃーないねえ』で済ませてくれるから」

 緊張して村に入る前からがちがちと身体を強張らせていた我輩に、騎者どのはそう言ってぽんと肩を叩いた。



「まあ、霊獣さんなら仕方ないねえ」

「ねえ、みどりのかみのおにいちゃん、ほんとうのおすがたはなあに?」

「アリア、ちょっと。……それにしても大丈夫ですか? お連れのお方、相当弱ってらっしゃるようですが」

「あー大丈夫っす。こいつ人間の集落に入るの初めてなんで、相当キンチョーしてたみたいで」

 うっすらと聞こえる幾人かの人間の声と、騎者どのが応える声。意識が覚醒してきたのを感じ、我輩は目を開けた。

 結論から言うと、我輩は村に入ってから数歩で倒れた。見事に。

「す、すまぬ、きしゃど……ある、どの」

 騎者どの、と言いかけて言いなおす。いつもの呼び名だとそれだけで本性を触れ回っているようなものだから、と騎者どの本人に諭されたのだ。生き物に対し固有名を口にするのは慣れないが、これも回を重ねてゆくしかない。

 冷たく濡らした布を額に載せ、我輩は村の一角にある休憩所で看病されていた。ごく小規模な集落且つ周囲はそこそこ霊気のある自然区域だったというに、人間の家の軒先でぶら下げられていた動物の遺骸――人間用の食肉――を目の当たりにし、臭気に気をやってしまったのだ。ぐたっと突っ伏した我輩に肩を貸し、騎者どのは村の入り口付近に常設してある小さな建物内に引き入れてくれた。「ルギリアはどんなとこでもそれなりに治安が良いし設備も整ってる」のだそうだ。我輩にとっては有難い……のであるが、その前に自身のあまりのひ弱さ具合に落ち込まざるを得ない。

 至極情けない。始祖から汲む流れゆえ死臭やらに弱いのは当然なのであるが、それにしたって情けなさ過ぎる。

「気にすんなって。これから慣れてけばいいんだよ。これからこれから」

「う、うむ」

 仰向けに横たわり、騎者どのに団扇で涼風を送ってもらいながら項垂れる。顔半分を覆う冷布がやけに重たく感じた。

「ねえ、みどりのかみのおにいちゃん、れいじゅーなんでしょ?」

 不意に、近くで高い声が響く。小さな雌の気配だ。

「みせて、みせて! ほんとうのおすがた、みせて!」

「っアリア、だめよ。……ごめんなさい、この子は人になってる霊獣かたを見るのが初めてなんです」

「こっちも実は人型になって間もないもんで、慣らしの期間なんです。遊んであげたいんですが、ちょっと今はすいません」

「そうですよね、大丈夫です、ごめんなさい。ほらアリア、お兄ちゃんねんねしたいって」

 もう一人、若い雌の気配も近づいてきた。幼子の母親だろう。騎者どのと会話をしつつ、幼子を抑えようとしている。

「やーだっれいじゅーみたい、みせてーーっ」

「だめでしょアリア、霊獣さんはいいって言ってくれるまでだめなのって前にお勉強したでしょ」

「やーだーーーっ」

「お嬢ちゃんごめんなあ、みどりのかみのお兄ちゃんはダメだけど、くろのかみのお兄ちゃんならいいぜ! 遊ぶか!」

「やーーだーーーっ! れいじゅーのおにいちゃんがいいーーっ!!」

 容赦のない幼子の言の葉に、騎者どのが声なく傷ついた気配が伝わってきた。幼子に嫌われると衝撃を受ける心境、まことに理解できる。

「っごめんなさい!! ああもう、そろそろママ怒るからね!?」

「――あ、え、ええっと、いいんですよ、ほら、」

 間髪入れず謝る母親の声、慌てる騎者どのの声。場が混沌としてきたが、我輩は徐々にはっきりしてきた意識の中でしばし考える。

(我輩としては本性を見せても構わないが、弊害もあり得る。曲がりなりにも麒麟は人界では稀少種ゆえ)

『肝心なところで見誤るなよ』

 かつての妖精の言葉が過ぎる。天にいた頃と同じ心持ちでいたのでは駄目だ。そのことぐらいはわかる。

 幼子の要望を断るのは心苦しいが。仕方ない。

 身体も動けるようになっていたので、顔を覆っていた布を取ってゆっくり起き上がった。するり、とひとすじ零れる、深緑の髪。それを脇に避けながら、明るくなった視界を見渡す。すぐ傍で喧々囂々と言い争っていた親子に、話しかけた。

「やだあ、れいじゅうみたいぃいいっ」

「ワガママするとおやつ抜きだからねッ」


「済まぬな、人間の幼子よ」


「れいじゅ、……!」

「いいかげん、……ッ」

 こちらと視線が合った母と子が固まり、双方の目が大きく見開かれる。

「我輩は人間の界隈に慣れるまでは、本性を明かさぬと決めているのだ。ゆえにまだこの場で元の身体に戻ることはしない」

「……」

「……」

 目を見開いたまま、我輩の言葉に耳を傾けてくれている母子。

「幼子の要望を聞き入れられぬこと、まこと心苦しく思う。……済まぬな?」

「――」

 ぶんぶんぶんっと幼子の首が左右に振られた。聞き分けの良い子だ。微笑ましさのあまり、つい笑みが零れてしまった。

「良い子だ」

「~~っ」

 幼子の日に焼けた肌が耳まで真っ赤になった。

 ふと気づくと、視界の片隅で母親の顔まで真っ赤に染まっている。なぜそんな顔になっているのか不明だが、彼女にも視線を合わせ、軽く会釈をした。騎者どのに教えてもらった、人界での軽い挨拶である。

「人間の娘御よ、我輩を気遣ってくれたこと、まこと嬉しく思う」

「――い、いえいえいえッ」

 ぶんぶんっと子と同様の仕草で首が振られた。やはり親子である。娘と同じようにいつの間にか耳まで真っ赤になっていた彼女の表情は疑問であったが、まあ追及することでもない。

「さてアルどの、そろそろゆこうか。ここを長く占領していてもままならぬ」

「……おう」

 若干低い声音となっている騎者どのと共に、休憩所をあとにした。去り際に入り口に集まっていた数人の村人と目が合う。その誰もがこちらを見るなり顔を赤くしたり息をとめたりぱくぱくと口を開閉したりしている。なぜそのような反応をするのかはやはり疑問であったが、伝わってくるのは悪いものでない気がしたのでそのままにしておいた。

「やっぱイケメンなんざキライだ無節操にタラしこみやがって……ッ」

 鬱蒼とした騎者どのの声。彼はまだいけめんという言葉の意味を教えてはくれない。



 なるべく生き物の臭気源は直視しないよう歩を進め、やっと村の中央付近に差し掛かった。この集落で一番の建物だというの前にて、立ち止まる。

「けっこー慣れてきたんじゃねえか?」

「うむ。時には見ぬ振りをするというのも肝要だと悟った」

「だな。その調子その調子」

 ちょっと水と食いモンとってくらあ。そう言って騎者どのは身を翻した。一頭、いや一人で取り残されるには不安もあったが、これも人界に慣れるためだと我慢する。

 人間は獣と違い、寝ぐらがずっと変わらない。棲み処を家屋という形で半永劫的に残し、時に個の権威や我の主張方法となる場合もある。この集落の長――村長と称される村のまとめ役――の棲家はこの建物よりだいぶ小さかった。集落の意向にもよるが、こういった小規模な農村の場合、大人数が集まれる家屋が会合場所となるそうだ。ゆえに、つくりが頑丈で広々としている。家の入り口には石で作られた段差があり、道中疲れたものやあぶれた客人などが腰掛けられる小さな椅子も備え付けてある。その一角に座り、我輩はふと息をついた。

 雲が程よくたなびいている空を見上げる。天と似通っているのに、どこまでも天とは違う空。周囲に漂う雑多な気配。道行くものら、見慣れぬ物体、生き物。

(随分と遠くまで来た。……目的までは、まだ遠いが)

 時折気紛れに隠れる陽光に瞳を眇める。最終的な目的地までの道のり、我輩は今、どの辺りにいるのだろうか。

(いつ到達するかなど、考えるだけ意味が無いのやもしれぬ。しかし、)

 思いを馳せざるを得ない。失ったものが大きければ大きいほどに。



「よ。おまた――って何してんだてめえ」

 両手に飲み水といい匂いのする食物を抱え騎者どのが戻ってきた際、我輩は何人かの人間の雌に取り囲まれていた。一人でいたら勝手に寄ってきたのだ。

「ああ騎者ど……アルどの、食物の調達感謝する。というわけで娘御ら、我輩はこのものと共に食事を済ませるゆえこれにて失礼する」

 立ち上がり、人間らに別れを告げて歩き出す。正直戸惑っていたのだ、急に話しかけられ、身体をべたべたと触られていたから。

「……ズイブンお楽しみだったなあリョク」

「何を言っている。我輩は困っていたのだ、いきなり纏わり付かれて」

 先ほどの母子らと違い、我輩に触れてきた雌の誰もがそれとわかるほどの愁派を送ってきていた。そればかりか、あからさまに生殖行為を欲する手つきで肌を辿られ、困惑していたのだ。人間は雌雄共に一年中発情期と聞いたが、確かにそうであると改めて感じ取った。しかれどそれを受け入れるかどうかは別の話だ。

「つがいでもないものに意味無く欲情されるのは正直好かぬ」

 雌にそういった好意を向けられるのは嫌悪するというほどでもないが、それでも節度は守ってもらいたいと感じる。か弱い相手なので、振り払うことすら出来なかった。人型になると筋力は落ちるとはいえ、それでも並みの人間よりは力があると自覚しているから。こちらが無抵抗なのをいいことに好き勝手されるのは、雄として名誉に関わる。

「我輩とて、最低限の自尊はある」

「……」

 何やら不機嫌だった騎者どのが、上機嫌になった。それからいけめん云々とも言わなくなった。「いやーぶっちゃけ安心したんだ。リョクは女のコ泣かせにゃならねえ、それだけわかりゃ充分」とのこと。例にもよってよくわからなかったが、騎者どのの中で納得がいったのならそれでいいのだろう。


 我輩は雌を泣かせる気など毛頭無い。――つがいに出逢うまで、この心は誰のものでもないのだから。



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