第138話 序列第三位の意地――届かぬ剣と公爵令息の圧倒的実力
王国暦八二二年、新春月二十六日。
王立アストレア学園、中央闘技場。
春季序列戦、本戦第一日。
昨日までの予選とは明らかに異なる緊張感が、闘技場全体を支配していた。
観客席は満員。
貴族の子弟、騎士を志す生徒、魔導研究会の面々。さらには学園の教官たちまで、普段以上の人数が集まっている。
理由は一つ。
本戦の特別挑戦枠に、レオンハルト・ヴァルディスの名前があったからだ。
予選で二人の序列保持者を破った俺には、上位序列者への挑戦権が認められた。
そして、最初の相手として名乗りを上げたのが――。
「――序列第三位、レオナルド・バルフェルト!」
実況役の教官が、その名を高らかに告げる。
闘技場の反対側から、大柄な青年が姿を現した。
黒鉄の胸当て。
両手で握る巨大な模擬大剣。
鋭い目つきと、歴戦の騎士を思わせる堂々たる歩き方。
三年生のレオナルド・バルフェルト。
学園序列第三位。
重装剣術の第一人者として知られる男だ。
俺は軽く頭を下げた。
「よろしくお願いします、レオナルド先輩」
「……ああ」
彼は俺を見下ろした。
「昨日の試合は見た。ガルドの重剣をいなした技も、フェリクスの魔法を破った術式も見事だった」
「ありがとうございます」
「だが、俺はあいつらとは違う」
大剣が、石床へ静かに下ろされた。
鈍い音が響く。
「俺はこの学園で三年間、誰よりも重い剣を振ってきた。剣の重さも、身体の強さも、積み上げてきた時間も……簡単に覆されるとは思っていない」
その目にあるのは傲慢ではなかった。
誇りだ。
俺は、思わず微笑んだ。
「……楽しみです」
「その余裕、いつまで続くか見せてもらおう」
◇
観客席。
「レオナルド先輩は、本当に強いんです」
カイルが腕を組んでいた。
「三年生の中でも、あの人の防御を正面から崩せる奴はほとんどいない」
セレスティアが闘技場を見つめる。
「それでも、レオンは負けないわ」
「……はい」
リゼットも頷いた。
「でも、レオナルド先輩がどんな戦術を使うのか、興味があります」
エリシアは両手を胸元で握り締めていた。
「お二人とも、お怪我をなさらなければいいのですが……」
その隣で、シャルロットが小さく笑った。
「レオンなら、ちゃんと加減するわ」
「加減……ですか?」
「ええ。でも、手は抜かないでしょうね」
シャルロットの青い瞳が、楽しそうに輝く。
「強い相手ほど、レオンは真剣に向き合うもの」
少し離れた位置では、エレノアが静かに立っていた。
護衛騎士の制服。
腰には銀の長剣。
その表情は穏やかだったが、視線は一瞬たりとも主から離れていない。
「……レオン様」
小さく呟く。
「どうか、良き戦いを」
◇
「――両者、構え!」
審判の声。
レオナルドが大剣を持ち上げる。
瞬間、その全身を土属性の魔力が覆った。
足元の石床に、蜘蛛の巣のような亀裂が走る。
《岩鎧強化》。
肉体と武器の質量を魔力で補強する、上級身体強化術。
俺は、訓練用の長剣を中段へ構えた。
「――始め!」
直後。
轟音が響いた。
レオナルドの巨体が、視界から消える。
いや、違う。
速い。
重装剣士とは思えない踏み込みだった。
「――《地裂剛斬》!」
巨大な大剣が、真正面から迫る。
俺は右足を半歩引き、剣の腹を斜めに合わせた。
ギィィンッ!!
耳を刺す金属音。
重い衝撃が、足元へ流れていく。
観客席がどよめいた。
「受けた!?」
「序列第三位の一撃を!?」
だが、レオナルドは止まらない。
「まだだ!」
二撃目。
三撃目。
四撃目。
上段からの振り下ろし。
横薙ぎ。
柄を利用した突き。
重い大剣を、まるで普通の長剣のように操っていた。
……なるほど。
力任せじゃない。
剣の重さを利用して、次の攻撃へ繋いでいる。
俺は刃を合わせる角度を変えながら、そのすべてを受け流した。
ガギンッ!
ギィンッ!
キィィンッ!
金属音が連続する。
レオナルドの表情が、徐々に変わり始めた。
――なぜだ。
――なぜ、崩れない。
大剣の質量は圧倒的に自分が上。
踏み込みも、身体強化も、すべて最大出力。
なのに。
目の前の少年は、一歩も無駄に動かない。
受けるのではない。
流す。
避ける。
軌道を変える。
そのすべてが、あまりにも正確だった。
「……くっ!」
レオナルドが歯を食いしばる。
俺は静かに告げた。
「……素晴らしい連撃です」
「……っ!」
「でも、少しだけ右肩に力が入りすぎています」
その瞬間。
レオナルドの顔が強張った。
――見抜かれている。
三年間かけて磨いた剣技。
その僅かな癖を、たった数合で。
「……ならば!」
彼は大剣を引き戻した。
「これならどうだ!」
◇
レオナルドの足元に、巨大な魔法陣が展開された。
土属性の魔力が渦巻く。
「――《大地重圧陣》!」
ドォンッ!!
闘技場の石床が沈み込んだ。
重力に似た圧力が、俺の身体を押さえつける。
同時に、レオナルドの大剣が赤褐色に輝いた。
《岩王剛断》。
土属性の圧縮魔力を刃へ集中させ、命中した瞬間に爆発的な衝撃を発生させる奥義。
観客席の教官たちが、思わず身を乗り出した。
「まずい! あれは上位序列者同士の試合でも滅多に使わない技だ!」
「防護結界の出力を上げろ!」
障壁が青白く輝く。
レオナルドの額には、汗が浮かんでいた。
腕の筋肉が悲鳴を上げる。
呼吸が荒い。
だが、止まらない。
――ここで退けるか。
――三年間、何のために剣を振ってきた。
――序列第三位の誇りを、たった数分で捨てられるものか!
「――レオンハルトォォッ!!」
彼が吼えた。
大剣が振り下ろされる。
俺は、その姿を真っ直ぐ見つめた。
……すごいな。
ここまで追い込まれても、諦めない。
その気迫に、自然と敬意が湧いた。
「……なら、俺も正面から応えます」
俺は剣を構え直した。
足元へ、淡い光が広がる。
《土脈調律》。
地面を伝わる圧力を分散し、拘束を解く。
そして、剣へ風属性の魔力を薄くまとわせた。
「――《風裂一閃》」
一歩。
ただ、それだけだった。
俺の剣が、大剣の側面を正確に捉える。
激突。
キィィィィンッ!!
巨大な衝撃波が闘技場を走った。
観客席の前で、防護結界が強く輝く。
そして。
レオナルドの大剣が、空高く跳ね上がった。
「……なっ!?」
彼の身体が、大きく開く。
俺はその懐へ踏み込んだ。
剣先を、胸当ての中央へ静かに添える。
「……ここまでです」
レオナルドは動かなかった。
いや。
動けなかった。
自分の最大の奥義。
三年間の努力を込めた一撃。
それが、真正面から破られた。
しかも。
目の前の少年は、息一つ乱していない。
「……はは」
乾いた笑いが漏れた。
「……化け物かよ」
俺は首を振った。
「レオナルド先輩の剣は、見事でした」
「……慰めか?」
「いいえ」
俺は真っ直ぐ彼を見た。
「最後まで諦めずに挑んでくれたこと、本当に嬉しかったです」
レオナルドの瞳が、わずかに揺れた。
そして。
大きく息を吐いた。
「……参った」
審判が右手を上げる。
「――勝者!」
「レオンハルト・ヴァルディス!!」
大歓声が、闘技場を揺らした。
◇
観客席。
カイルは、呆然と口を開けていた。
「……マジかよ」
エリシアが、ほっと息を吐く。
「……よかった」
リゼットは、目を輝かせていた。
「……最後の一撃、魔力の流れがほとんど乱れていませんでした」
セレスティアは、静かに微笑んだ。
「……やっぱり、レオンね」
シャルロットは、少しだけ誇らしげに笑った。
「……あれでも、まだ全然本気じゃないわ」
その言葉に、周囲の上級生たちが息を呑んだ。
……あれで?
……まだ、本気じゃない?
そのとき。
観客席の最上段。
序列第一位アーヴィン・グランフェルトは、無言で闘技場を見つめていた。
隣には、序列第二位クラウディア・ヴェルナーゼ。
「……どう思う?」
アーヴィンが尋ねる。
クラウディアは、しばらく答えなかった。
そして。
「……剣技だけなら、すでに私たちを超えているかもしれません」
「……そうか」
アーヴィンの指が、手すりを強く握った。
「……だが、まだ終わっていない」
クラウディアは、静かに頷いた。
「ええ」
その瞳に、鋭い光が宿る。
「次は、私の番です」
◇
試合後。
レオナルドは、控室で大剣を見つめていた。
手が震えている。
魔力を使い果たした疲労ではない。
自分が積み上げてきたものと、目の前に現れた現実。
その差を、身体が理解してしまったのだ。
「……悔しいな」
小さく呟く。
「……あれだけやって、届かねえのか」
しばらくして、彼は立ち上がった。
窓の向こうでは、次の試合の準備が進んでいる。
「……でも」
その口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
「……あんな奴がいるなら、まだ強くなれる」
レオナルドは、大剣を握り直した。
「……次は、せめて一歩くらい動かしてやる」
その言葉には、敗北者の諦めではなく。
剣士としての、新たな決意が込められていた。




