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泣き虫吸血鬼は最後の恋をする〜ミイラを拾って水(血)をやったら超絶イケメンになりました〜  作者: 甲野 莉絵


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60話 裏切り者の言い分4

 眠りにつく前の一三〇年間、仕方なく生き血を啜ってた時にも多少感じた感覚だったが、当時とは比べ物にならないくらい高揚感が強い。かなり久しぶりの生き血だからなのか、吸血鬼の血だからなのかは分からない。


 しかし貧血気味でフィンリーに聖水の攻撃をくらい、蒼が美味しそうに見えたあの時の、体が血を欲する感覚とはまた違う。俺の心とは裏腹に体は久々の生き血――吸血鬼本来のご馳走を喜んでいると嫌でも感じた。


 今まで無意識に封じ込めていた、吸血鬼として当たり前に感じるであろう感覚が吹き出している実感と共に、俺が俺では無くなってしまいそうに感じてとても怖い。

 

 喉が鳴る。頬と口元が勝手に緩む。どうやら俺は歯を剥き出して笑ってるらしい。この中で一番弱い獲物――蒼の方へ伸びようとする手を理性でどうにか抑え付けるので、いっぱいいっぱいだ。

 

 俺の異変を感じ取ったのか、フィンリーが立ち上がり蒼を背後に移動させて、警戒の目をこちらへ向けた。そう、それで良い。本当にありがとう。


 しかし気を抜いた途端、蒼とフィンリーから発っせられる女性の甘い血の匂いに反応して、体の芯からゾクリと快感に似た震えが湧き上がった。


 生き血とはなんと恐ろしい物なんだ。たったあれだけの量でこんなになるなんて。牙の付け根が使えと言わんばかりにむず痒い。


 今にも焼き切れそうな理性の中、間違えても体がこれ以上生き血を求めたりしないように、蒼とフィンリーに背中を向け、後ろにあったクッションを握り噛み締める。


 俺の意志とは裏腹に、体は狩りをしたいと全力で叫んでいるらしい。体の奥底から迸る力を発散せず封じ込めているせいか、爪が伸びクッションを突き破る感覚が伝わって来た。


 生き血は生臭い物だ、俺が飲む物じゃないだろ! 蒼だって見てるんだぞ! 俺は人間なんだ!! 耐えろ、耐えろっ、耐えろッ! 


 頭の中で渦まき、膨らもうとする欲望を必死に否定し、抑え込む。肩で息をしながら、力んだ腕でギリギリとクッションを抱きしめ、食いちぎりかけたその時、体の熱っぽさや高揚感がサァッと引いてゆくのを感じた。恐る恐るクッションを離し、大きく深呼吸を三回する。


「ご心配おかけしました。もう大丈夫みたいです」


 汗で額に張り付いた髪を手でかき上げる。ん? 指に絡むこの感触って……やっぱり。髪がかなり伸びたらしい。背中の真ん中辺りまでありそうだ。


 汗で濡れた服は気持ち悪いから急いで着替え、爪を切った。その間、デボンは自身の指の切り傷を見て興味深そうに見ていた。


「やはり僕の、いいえ吸血鬼の血は美味なのですか? レイラ様も薬として以前に、その味を前に耐えられなくなったのでしょうか?」


「……は?」


 蒼から借りた髪ゴムで伸びた髪を首の後ろで束ねてたけど、思わず手が止まる。


「吸血鬼にとって同族の血が最も美味しく感じると以前小耳に挟みましてね。おや、ご存知ありませんでしたか?」


 気付けば反射的にデボンの胸ぐらを掴んでいた。コイツ、あわよくば俺が暴走する事を狙ってたのか? ……いや、デボンは相手の心情や事情を理解する能力が極端に弱いんだ。


 思い返してみれば同族の血に関しては元祖ジョージの記憶にもあるんだな。迂闊にデボンの血を口に入れた俺にも非はあるのか。


「……さっさと終わらせましょう」


 指先をナイフで少し切り、差し出そうとしたけど、あっという間に傷が塞がってしまった。もっと大きく切らないとダメなのか……? 思わず手が止まる。


「さっさと終わらせるんじゃなかったの? もしかして怖いのかしらぁー?」


 茶化すようにそう言うフィンリーを睨む。しょうがないじゃないか、自分で自分を傷付けた事なんて無いんだぞ。それに蒼の前でそんな恥ずかしい指摘をするなよ!


「こ、怖くなんかないですよ! 今、精神統一してたところです」


 ええい、なるようになれ! 目を背け指を切り付ける。うぅ……凄く痛い、無意識に涙が滲む。かなり深く切ったらしく、血が滴り落ちる感覚を感じた。極力傷口を見ないようにしながら指を振る。


「ほらっ、また傷口が塞がっちゃう前にさっさと飲んでください」


 三度も自分で自分を傷付けるなんてごめんだ。デボンは笑いを堪えるような表情で俺の手を取り、滴り落ちる血を舌先で舐め取った。そのまま俺の指を咥え、流れ出る血を吸う。直ぐに傷口が塞がったのか、名残惜しそうな表情で俺の手を離し呟いた。


「何と格別の味なのでしょうか。これはレイラ様が夢中になるのも頷けますね」


 うわぁ、こっちは男に指をしゃぶられて、ただでさえ微妙な気分なのに、そんなうっとりした表情で言われてもな……。それに俺はあんな目に遭ったのに何でデボンはケロッとしてんだよ。くそー、何だか負けた気分だ。こんなんでいざと言う時、本当にコイツの行動を制限できるのか?


「それは問題ありません」


 デボンが微笑む。へっ? もしかして今の考え口に出してたか? いや、そんなはず無いよな?


「まさか心の声が……?」


「いえいえ! 純血のジョージさんに出来なくて、元人間の僕に出来る事などありません。ただジョージさんはその……大変真っ直ぐなお方ですから、恐らくそのような事を考えているのではないかと想像した次第です」


「俺って分かりやすい……?」


 蒼もフィンリーもコクコクと頷く。嘘……だろ? 口数が少ないから、ミステリアスなキャラで通ってると思ってたのに〜!


「何を驚いておられるのですか? 少々子供っぽい所が見受けられるのは玉に瑕ですが、いつまでも若々しく居られるのは良い事です」


 俺が子供っぽいだって!? うぁぁー!! 薄々勘付いてた事を言われると、物凄い恥ずかしんだけど。もう黙っててくれよ!!


「いつまでも少年の心を――」


 ……あれ、デボンが急に口を閉じたぞ? その様子を見てフィンリーが首を傾げる。


「もしかして今のって、不死の王が黙らせたのかしら?」


 デボンが頷いてる。無意識にやってしまったらしい。いざという時以外はやらないって心に決めてたのに。デボンは大丈夫だろうか? 苦しかったりしないよな? 


 けどデボンは俺がそんな心配をしたのが馬鹿みたいに思えるほど、ケロッとした表情でカバンから布の包みを取り出しフィンリーに渡した。何重にも巻かれた布の中から出てきた物は聖書だ。


「こちらはリチャード君のご遺体を引き受けた際に見つけた物です。今まで忘れていて申し訳ありません。刺し傷とは反対側の胸ポケットに入っていたとは言え、このように綺麗な状態だったとは奇跡ですね」


「……貴方よくこれを触ろうと思えたわね?」


「いいえ、流石に無理ですので助手に頼みましたが……ええと、フィンリーさんにとっては大切な物ですよね?」


「……ええそうよ。でもお礼は言わないわ」


 フィンリーは優しく撫でていたリチャードの聖書をそっとスーツの懐にしまった。


「結構です。さあ、皆様覚悟はよろしいですか? 協会が動く前にレイラ様を抹殺しに参りましょう。倉庫までご案内します」


 四人で頷き合い家を出た。……あれっ、どうしてコイツに仕切られてるんだ?

お読みくださりありがとうございます。

次回、第61話でレイラの部下達とエンカウントした主人公。手に取った武器は……倉庫の扉!? 6/15、12:35頃投稿予定です。

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