56話 疑念
家に戻り少しすると、デボンからあの女の棲家を見つけたと連絡が来た。それと、ヴァンパイアハンター協会が明日の早朝にでも、あの女の討伐作戦を決行すると言う噂も入手したらしい。
そうなれば、親族のリチャードを殺されてるフィンリーは、冷静さを失う危険があるとして作戦への参加を許されなくなるそうだ。
どちらにしろあの女の信奉者に蒼の姿を見られてる以上、早めに動いた方がいいだろう。と言う訳で今晩家で作戦会議をして、協会が動く前に俺達で決着を付ける事に決まった。
呼び鈴が鳴り玄関へ迎えに行くと、フィンリーがにこやかに手を振った。
「こんばんはぁ〜。やっぱりデボンはまだ来てないのね」
「特に何時って決めてる訳じゃないんで、そんな言い方しなくても……。そう言えば俺達との待ち合わせの時も遅れて来てましたけど、デボンさんって遅刻癖でもあるんですか?」
「ええ、本人がいない所で言うのも良く無いけど彼、三回に一回くらいは遅れて来るのよぉ。だからもしかして〜って思ったの。それとわんぱくなところもあるの」
「『わんぱく』ですか?」
「ふふっそうなのよ〜、普段は落ち着いてるのに、スリルを楽しみたいからって、吸血鬼が活発になる夜の仕事を敢えて選ぶの。こっちが不利になるのに、わんぱくよねぇ? まあスケジュール上、夜にしか出来ない仕事もあるから、助かってるんだけど」
『夜の仕事を敢えて選ぶ』だって?
「あのデボンって人、もしかしたら吸血鬼かもしれっ——」
うっかり思ってた事が口から出ちゃった。慌てて口をつぐんだけどもう遅い。確証を得るまで誰にも言うつもりは無かったのに……。うぅ、フィンリーがこっちを睨んでる。
「はぁ? 何をおかしな事言ってるの? 不死の王って冗談のセンスが悪いのねぇ?」
食ってかかるフィンリーと、俺の間に蒼が割って入る。
「譲二さん、どうしてそう思ったの? 何の証拠も無いのなら、仲間を悪く言われたフィンリーさんが怒るのも仕方ないと思うけど」
「え、ええと……デボンさんから吸血鬼特有の匂いがしたんだ。かなり薄かったから、あの時は移り香かとも思ったんだけど、フィンリー……さんのとも違うし。それに――」
その時玄関の呼び鈴が鳴った。恐らくデボンだろう。ゴクリと唾を飲み込む。デボンの身の潔白を信じてるフィンリーもどことなく緊張した様子だ。三人で目配せして、俺が応対に玄関へ向かう。
ドアを開けると予想通りデボンが立っていた。「こんばんは」と言われ、咄嗟に貴族スマイルを取り繕い、何とか挨拶を返す。隠し事って本当疲れるな、気を引き締めなくては。
……そう言えば吸血鬼って家主に招き入れてもらわないと、家に入れないって読んだ事があるけど実際どうなんだろう? ラノベ知識と現実は違う事も多々あるし。
うーん俺は……いつも招き入れてもらってるから参考にならないな。よし、いっちょ試してみるか。そう思ってると、後ろから蒼が顔を覗かせデボンに頭を下げた。
「デボンさん、こんばんは。どうぞ上がってください」
「あ、蒼っ!?」
デボンは固まる俺に会釈して横を通り過ぎて行く。
「アオイさん、こんばんは。お邪魔しますね」
「デボーン遅かったじゃなぁい!」
リビングから聞こえたフィンリーの声で正気に戻り、慌てて蒼の側へ駆け寄る。
「そ、そう言えば、お二人とも喉乾いてません? 何か飲みますか?」
「アタシはミルクティー!」
「ではコーヒーをいただけますか?」
「分かりました! 蒼っ、手伝ってくれ」
「はいはい」
ガチャガチャとカップを用意し、お湯を沸かしながら蒼に小声で尋ねる。
「……どうして怪しい奴を家に上げちゃうんだよ。あの男は吸血鬼かもしれないんだぞ?」
「それにしたって態度に出し過ぎよ。『怪しんでいます』と言わんばかりだった」
「相手はあの女の信奉者かもしれないんだ。そしたら蒼の身が危ないんだぞ?」
「いいえ、そうだとすれば一番狙われているのは譲二さんでしょ。……もしも狙われているのが私だと仮定して、最強の吸血鬼である貴方と、フィンリーさんがいる前で滅多な事は出来ないと思うけどねー」
「でも俺はあの時蒼を守れなかった男だ……。信頼なんてしない方が良い」
「確かに頼り無い所もあるけど、私にとって譲二さん以上に信頼できる相手なんて居ないんだけど」
「……えっ?」
「さあ、飲み物の準備も出来たし行きましょっ!」
ポカンとする俺の横で蒼がササッとトレーにマグカップを乗せ、リビングへ向かった。慌てて後を追い、蒼とデボンの間に陣取る。
デボンはコーヒーをひと口飲むと、スマホでマップを開いた。
「レイラ コリンズの棲家は、少し分かり辛い場所ですがここ――今の時期は使われていない倉庫でした。お二人の後をつけていた吸血鬼が帰って行く後ろを、気配を殺して追いかけ特定しました。倉庫内にレイラ コリンズが潜伏している事も確認済みですので、間違いありません」
やっぱりこのデボンって男怪しいな。俺達と別れてから、真っ直ぐあの女の棲家とやらへ向かったよな?
キャラメルの包み紙で折っておいた蝙蝠の折り紙に、爪に残ってた血を付けて俺の分身のような物を作っておいた。別れ際それをデボンのコートの襟に挟んで、様子を探ったから間違い無い。
まあ元々レイラの棲家を突き止めてた可能性もあるけど、わざわざ隠して何の得がある?
「さっ、作戦を考えたらすぐに向かって、早々に蹴りを付けないとねぇ。時間がかかればかかるほど不死の王は、家に残して来たアオイさんの事が気になって、心ここに在らずになりそうだもの。そしたら協会に先を越されちゃうわぁ」
デボンはニヤリと笑うフィンリーをそっと諌めながら、あり得ない発言をする。
「いいえ、アオイさんには一緒に来ていただいた方が――」
「ダメだ!! 蒼をあの女の棲家になんて連れて行る訳ないだろ!」
この男何を言ってるんだ!? わざわざ蒼を危険な場所へ連れて行こうと提案するなんて、やっぱ怪し過ぎる。
「アタシもアオイさんを連れて行くのは反対ね。守りながら戦うってすごく大変な事よ? 言い辛いけど足手纏いになるだけだわ」
「ですがアオイさんが一人になれば、真っ先に狙われますよ。レイラ コリンズが知るジョージさんの唯一の弱点はアオイさんだけなのです」
「あの女が知る俺の唯一の弱点が蒼?」
「そうです! 吸血鬼にとってみればこの家に侵入するなど、造作もない事でしょう?」
ずいっと身を乗り出したデボンから、蒼の肩を抱き距離を取る。
「それはお前も吸血鬼だから言える事か?」
「……ええ? 僕が吸血鬼? 何を言っているんですか、冗談がきついですよ」
困ったように微笑むデボンから目を離さず、蒼を背中に隠す。警戒感を露わにし、立ち上がる俺をフィンリーが諌めるように声をかけた。
「そうよ不死の王。さっきもそんな事を言ってたけど、本人が否定してるの。アタシ達ヴァンパイアハンターは鉄の結束で繋がってるんだから。疑うなんて有り得ないわ。緊張し過ぎて疑心暗鬼にでもなったのかしら?」
フィンリーはこう言ってるが、やっぱりこの男怪しいところが多すぎる。何故蒼に見えなかった折り鶴が見えた? それにリチャードの遺体を引き取りに来た話だって出来過ぎてないか?
「フィンリーさんは騙せても俺は騙されないからな。味方のふりをして蒼をあの女に差し出すつもりだろう? お前の思い通りになど、させてたまるか」
「とんだ言いがかりだ……。とにかく一旦落ち着きましょう?」
デボンも立ち上がり、まあまあと言うような様子でこちらへ手を伸ばす。
「来るなっ! 笑う時、いつも口を大きく開かないが、それも牙が見えないようにだろう? フィンリーさん、この男と日中に外で会った事はありますか?」
「それくらい…………あれ? 考えてみれば日中は屋内で会った事しか無いわ。しかも地下室で……」
「ほら見ろ。それにあの女の知る俺の弱点が蒼だけだとどうして言い切れる? それこそお前があの女の信奉者だと言う何よりの証拠じゃないか! 直接聞かなきゃ分からない事だよな?」
デボンは先ほどから無表情になっていたが、唐突に座り、肩を振るわせ笑い始めた。
「ははっ、気付くのが遅いですよ。わざと分かるように振る舞ったんです。それで勝ち誇ったように言われても……。あなた方はこれからレイラ様を抹殺なさるおつもりなのでしょう?」
お読みくださりありがとうございます。
次回、第57話ではデボンが主人公達に近付いた理由が明らかに! 6/13、10:30頃投稿予定です。




