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泣き虫吸血鬼は最後の恋をする〜ミイラを拾って水(血)をやったら超絶イケメンになりました〜  作者: 甲野 莉絵


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35話 招かれざる客

 一〇月に入り、街中でハロウィンの飾り付けがちらほら見られるようになった。ハロウィンはこの国の人にとって大切なイベントらしく、えらく力の入った飾り付けが多い。もちろん職場のパブも、ご多分に漏れず飾り付けは完了している。まあやったのは今さっきだけど。


「お疲れ様で〜す」


 男のスタッフが俺と雇われオーナーだけと言う男手が少ない中で頑張ったからか、牛肉がたっぷり入ったビーフシチューをお裾分けでもらえた。へへっ、ちょっとリッチな気分。


 まだ温かいし急いで……いや、普通に歩いて帰ろう。今度こそ無事に持って帰って蒼と一緒に食べるんだ。鼻歌交じりで家路を急ぐ。


 ……ん? 鼻につく甘ったるい匂い……これはトーマスか? 移り香じゃない。この濃さは正真正銘アイツのものだ。


 そう言えば何日か前にも押しかけて来たんだっけ。その時、俺は留守だったけど、蒼に復縁を迫ったらしい。追い返すのが大変だったってぼやいてた。嫌な予感しかしない、急いで帰ろう。


「ただいま。……ええと、どちら様?」


 ドアを開けると案の定トーマスが立っていた。どんなに恨めしくても、トーマスとは初対面のはずだから知らないふりをする。蒼もそれに合わせてお互いを紹介した。


「おかえりなさい。この人が前に話した元シェアメイトのトーマスさん。トム、こちらは今のシェアメイトのジョージさんよ」


 トーマスはヒュウ〜と口笛を吹き、俺を頭の天辺からつま先まで眺め回した。

 

「大学の側で何度かアオイといるとこ見て、物凄いイケメンだとは思ってたけど……うわぁー。間近で見ると本当えげつないな」


 ……なんか馬鹿にされてるみたいでムカつく。とりあえず貴族スマイルを取り繕い握手を求めた。


「こんばんは、君が噂のトーマス君ですか。それでこんな時間に一体どんなご用で?」


「ども、僕はアオイに用がありましてね」


 トーマスは軽薄な笑顔で俺の手を握りながら蒼を見る。今は何の関係も無いくせに何が『アオイ』だ。気軽に呼び捨てにすんな! ……あ、俺も同じか。


 でもムカつく事に変わり無いから、トーマスの今カノの馬鹿力を再現して、潰さない程度に手を握る。今こそトマトジュースをぶっ掛けられた恨みを晴らす時!


「イッテェーー!!」


「申し訳ない。シェアメイトの先輩を前にした緊張で、()()()()()()力んじゃいました」


 トーマスは引き攣った笑みを浮かべて蒼に向き直る。


「ほ、本当にシェアメイトがいたのか。前来た時、君の事を嘘吐き呼ばわりした事を謝るよ。ゴメン。てっきり僕の気を引く為に見栄を張ってると思ってた。でもさ、僕達やり直せると思うんだ。何と言っても僕とアオイは運命の赤い糸で結ばれてるからね」


 コイツの言動からは蒼への思いと言うか、気遣いを全く感じられない。自己中だし支離滅裂で本当に腹が立つ。


 でも何より腹立たしいのは、蒼の気持ちがコイツに残っているなら、俺は身を引かなければならないと言う事だ。まあ身を引くも何も俺は蒼に想いを伝えない事にしているから、付き合ってもない訳だが。


「あのねぇ、トムは『運命の赤い糸』って言うけど、浮気したうえ勝手に出て行ったのはそっちでしょ?」


「うん、確かに勘違いしてた僕が悪い。君が社長令嬢だと知らなかったから、ツンツンした可愛げの無い女だと思ってたんだ、本当にごめん。でも過去を見るのでは無く明るい未来、僕達の今後を話そう?」


「はぁ……。馬鹿にするのも良い加減にして。話す事なんて何もないわ!」


「何を怒ってるんだよ? 僕はきちんと謝っただろ? ……シェアメイトって紹介されたけど、まさかこの男と出来てるのか? 目を覚ませ、このモデル以上のイケメンが君相手に本気な訳ないだろ? どうせ金か体目当てに決まってる。詐欺師に引っかかったと知ったら君の実家が泣くぞ?」


「はぁ? 彼はトム、貴方と違ってきちんと働いているわ。この人は正真正銘ただのシェアメイト、お友達よ!」


「そんなに熱くなるなよ。手が届かないものに憧れるその気持ち、よーく分かるよ? でも欲張らずほどほどで諦める事も時には大切だ。僕なら大学から文化財を盗んだと疑われてる君を守る事が出来る。ダリブン大学、学部長の甥の僕ならね」


「……ごめん、この男追い出すよ。もう我慢の限界だ」


 蒼の気持ちもあるだろうと思い、詐欺師呼ばわりされても、蒼へのあり得ない物言いに(はらわた)が煮えくり返っても、我慢して何も言わずにいた。だがこれ以上話を聞いていたら俺はこの男に何かしてしまいそうだ。


 蒼の返事も聞かず、トーマスの首根っこを掴み家の外へ引き摺り出した。

 

「は、離せよ! だいたいおたくは何様のつもりなんだ? おたくのせいで僕の計画は――」


「……計画?」

 

 トーマスはハッとした様子で口をつぐんだが、片手で胸ぐらを掴み塀に押し付け、睨むと簡単に口を割った。

 

「……ティ、ティムをけしかけて、困ってるアオイを僕が助けるつもりだったんだ。ついでにおたくに恥もかかせて一石二鳥だと思ったのに。ティムはあの日から『募金しろ!』って騒ぐし、おたくが現れてから散々だ!」


 ……俺は顔だけの男だから、力でねじ伏せられると思われたのか? まあ、思いたいように思わせておけばいい。


 だが、コイツが他の男の口を借りてまで蒼に嫌な思いさせたと言う事が許せない。それでは飽き足らず、何度も訪ねて来ては復縁を迫るため、蒼の自尊心を蝕むような発言を繰り返したと言うのか?


「お前は論外だッ! 金輪際、蒼に下心を持って近付くな!! 分かったか?」


「ヒッ……わ、分かった。二度と近付かない! だから離してくれっ!」


 道に放り捨てると、尻餅をついたトーマスは俺を一瞥して脱兎の如く逃げて行った。何だよ、化け物を見たような反応をしやがって! 確かに怒りのあまり、地を這うような声を出した自覚はあるが、お前よりは紳士的な対応をしただろう?


 ……ん? 化け物? いやいや、牙はマフラーをしてるから見えるはずがない。 ……ま、まさか! 慌てて家へ駆け戻り蒼に聞いた。


「俺の目、赤い?」


 蒼は黙って頷く。怒りのあまり目が赤くなってたのか。それに大の男を放り捨てるって、正に化け物だ……。


 ま、まあ蒼の側には化け物がいるって思ったなら、もう近付かないだろう。結果オーライだ。……普通は赤い目=吸血鬼ってならないよな?


「ありがとう、追い返してくれて。そうじゃなきゃ私がグーで殴っていたところだったわ」


 平手打ちじゃなくってグーパンなところが蒼らしいな……。けど蒼は赤みを帯びた目元と鼻の頭を隠すように、笑いながら背中を向けた。


「トム――いいえあの男、本当に余計なお世話よね。貴方が雲の上の存在な事も、私が冴えない女で人を見る目が無い事も、言われなくたって分かってるっての。いっときでもあの男を恋人にしていたんだから」


 初めて聞く蒼の傷付いた声に、思わず体が動いた。背中にひっ付いて、後ろからそっと腕を回す。


「そんな事無い、蒼は人を見る目がちゃんとあるよ。ウォルシュ夫妻みたいな良い人達はそうそう居ない。それに俺達……磯友達だろ?」


「……普通の磯友達はこんな事をしないわ」


「そっか、外国人生活が長かったからつい」


「……ん」


 いつも力強い蒼が今にも折れてしまいそうなくらい細く、弱々しく感じられた。こんな時どうすれば良いのか分からないのがもどかしい。


 それなのに蒼の匂いや体温、鼓動に息遣い、体の柔らかさを全身で感じ、我慢が効かなそうになる。もう既にこの手を離したくない。


 ダメだ、俺は蒼に告白しない。心に固く誓ったはずなのに、日々あまりにも普通に会話してるせいか、うっかり忘れそうになる。傷心の隙を突いて行動を起こすなんて最低だ。


 理性でどうにか手を離す。腕の中の温もりが名残惜しくなる前に、床に置いておいたビーフシチューを拾い、台所へ持って行った。コートを脱いで椅子を一脚引き、腕まくりをする。


「ビーフシチューでも食べて精をつけよう。冷めちゃってるけど温め直せば大丈夫。準備するから蒼は座ってて」


 蒼は首を振りつつ、椅子をテーブルへ戻した。

 

「いいえ、一緒にやる。ビーフシチューならパンね。私が切るわ」

お読みくださりありがとうございます。

次回、第36話で遂に主人公の棲家がフィンリーに知られてしまいます。蒼主導の下、自分は無害だとアピールするため紅茶を淹れてもてなしますが……? 6/4、23:20頃投稿予定です。

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