19話 影の薄い顔
ドレッサーの前で蒼が俺の髪を指で梳いた。ドッ、ドキドキするー!
「指通り滑らかな良い髪ね。それで、どんな髪型にするの? あっ、文化財らしく、元と同じような中世の貴族ヘアにする?」
「そんなの嫌だ、もっと今っぽいのがいい!」
ブンブン首を横に振ると蒼がケラケラ笑った。
「冗談よ。黙っていれば蠱惑的な美人なのに、喋ると雰囲気ぶち壊しね。どんな髪型にするか選んで。言っておくけどあまり凝ったのは無理だから」
蒼は高校大学とヘアサロンでアルバイトしてたらしく、髪を切った事は無いけど美容師の手つきを見てたから、それっぽい事ができるそうだ。
初めは色が違う部分を切ってもらうだけのつもりだったけど、思い切ってイメチェンだ。俺の髪の毛は少しうねうねしてて鬱陶しいから、短く出来て嬉しい。失敗しても最悪バリカンで丸刈って言う最後の手段もあるしな。
蒼からスマホを借りて、メンズのヘアスタイルを検索する。おっ出た出た。でも、こういっぱい出てくると逆に迷うな。俺みたいな色の地毛って珍しいのか? ほとんどが眉毛とか髭は違う色してるんだよな。
……って言うかみんな渋い表情だったりこっち睨んでたり、キメ顔し過ぎだろ。それにモデルって皆んなイケメンだ。良い男にズラッと並ばれると、自分の見た目に自信が持てなくなってくる。
「どんな髪型にするの?」
「……もうちょっと待ってくれ」
どうにか三つには絞れた。でも画像の髪型になった姿を想像しても、いまいちピンと来ない。何ならキメ顔のモデルに持ってかれそうになる。うわぁぁー決まらない。もういっそのこと蒼に聞いてみるか。
「ごめん、俺の影が薄くてなかなか決まらないんだ……。この三つでどれが良いと思う?」
スマホを渡そうとすると、蒼が何故かプルプル震えてた。
「はぁ!? 影が薄いって何それ、嫌味? 貴方の影が薄かったら、世界中の人殆どが“無”になるっての!」
ヒィィ! こ、怖い。俺の言葉が足りなかった自覚はあるけど、そこまで怒らなくってもいいじゃないか。
「ごっ、ごっ、ごめん……。俺、鏡にうっすらとしか映らないから、頭の中で自分の顔の影が薄いんだ。それでどの髪型がいいのか想像出来なくて」
ビクビクしながら蒼にスマホを差し出す。
「ふーん? まぁそう言う事にしておくわ。どれどれ……あ、この髪型はトムに頼まれて切った事あるわね。評判が良かったから貴方もこれにする?」
蒼がスマホの画面を指さす。
「へっ? トーマス?」
……思わず変な声が出ちゃったじゃないか。アイツ、蒼に髪まで切ってもらってたのか? 羨まし――じゃなくて、それで浮気するとか、どんな神経してんだ?
「あー、でも毎朝時間かけてスタイリングしていたから、その写真みたいに維持するのは大変かもね」
なるほど、俺はただでさえ朝が弱いからな。そんな面倒くさいのは無理だ。何よりアイツと同じ髪型なんて、頼まれてもしないぞ!
「えっと、セットが手間じゃなくってカッコいい髪型がいいな」
「はぁ? そんな都合のいい髪型なんてある?」
そう言いながら蒼は眉間に皺を寄せスマホで検索する。
「……ううーん、これとかどう? ツーブロックのセンター分け。貴方癖っ毛だし、これならどうにかなるんじゃない?」
「うん、それでお願いします」
小一時間ほどで散髪は終わった。おお〜スマホで見た通りの髪型になってる。後頭部も……多分バッチリ。なにぶん合わせ鏡で映しても見づらいからな。
「ありがとう。蒼は髪を切るのが上手だな」
でも、あの肖像画はもう少しクールでキリッとした顔をしてた気がするんだけど……。眉毛も整えてもらって、かなり似たと思ったんだけどな。まあ髪型と色が違うからだいぶ雰囲気は違うんだろう、気にしてもしょうがない。
今風のヘアスタイルになれただけでも嬉しいし、頭がかなり軽くなった。これで外に出ても恥ずかしくないぞ。
「どう? 俺もイケてるメンズになれたかな? …………あっ、あっ、今のは忘れてくれ」
うぅっ、何言ってるんだ。凄く浮かれてる奴みたいで恥ずかしい……。
「はぁ? 貴方がイケメンか? 高身長で手足が長くてスタイル抜群、小さな顔はパーツの形も配置も文句の付けようが無い超絶美形で、長くて上向きのボリュームのあるまつ毛まで生えているうえに、色白できめ細かい綺麗な肌、程良い厚みで縦皺が見えないさくらんぼ色の唇から発せられる良い声は艶があって、おまけに歯並びまで揃っているし、指も細長くて爪の形も整っている、その上プラチナブロンドの髪の毛は、丁度よくウェーブがかかって艶々なのよ? イケメン以外に何があるの!?」
ヒッ! ただ軽いノリで聞いただけなのに、呪文のような早口の答えが返って来た。絶対怒ってる……。慌てて首を振ると、蒼の仏頂面がズイッと近付いて来た。
「まだ賞賛の言葉が足りないと言うの? 私達ではとても足元にも及ばない神とでも例えれば満足?」
「ち、違う! 蒼のヘアカットが凄くいい感じだから浮かれちゃって。その……俺の見た目がいい事は分かったから、ごめん……」
「自覚を持ってもらえたようで安心したわ。私、出かけるけど忘れる前に……はいこれ」
蒼に手渡された物は俺の髪の毛の、赤毛の部分だった。ちょっとパサパサしてて年月を感じるなぁ……じゃなくって。
「要らないよ」
「髪を切るのは貴方の意思だから止めなかったけど、これは勝手に処分して良いの? 私嫌よ、罰せられるのは。自分が文化財だって自覚をもう少し持って欲しいんだけど」
「う、うぅ……分かったよ」
「じゃあ行って来るから、きちんと仕舞っておいてね」
「うん……。いってらっしゃい」
「いってきます」
蒼が小さく笑いながら片手を上げた。こう言う日常の何気ない挨拶が出来るってだけで幸せだ。ひとりぼっちで、どんどん無口になってくあの感覚を経験してるだけに、胸に沁みる。
蒼を見送ると、切り落とされた自分の髪の毛を紐で束ね、蒼が用意したチャック付き密閉袋に仕舞った。何だか自分で自分を展示物として収容してる気分だ。
展示物と言えば……フィンリーはどうしてるんだろう? 今朝のニュースは俺も驚いた。死体が発見されただけで、この時代では大騒ぎする事を忘れてた自分に。これも吸血鬼として長く生き過ぎた弊害か?
身を守る為には一層警戒しないとならないな。あのヴァンパイアハンターは俺の事、血眼になって探してんだろうから。もう説得なんて無理だろう。人間に戻って蒼に告白するためにも、ここで死ぬ訳にはいかない。はぁ、気が抜けないな。
お読みくださりありがとうございます。
次回、第20話で主人公は蒼と一緒に服を買いにデート気分で出かけます。しかし蒼に連れて行かれた先は……?
5/29、09:15頃投稿予定です。




