1話 断頭台のROI
降りしきる雨が、鉄の冷たさをより一層 際立たせていた。
視界の先には、鈍い光を放つ断頭台。そして、俺の首を刎ねるために用意された巨大な斧。
「悪徳領主の息子、アルマ! 最期に言い残すことはあるか!?」
処刑人の怒号に、広場を埋め尽くした民衆が「殺せ!」と唱和する。
――なんて不快なノイズだろう。まるで、朝のラッシュ時の喧騒だな。
その瞬間、俺の脳内に鮮烈な光景が溢れ出した。
そうだ。俺は、佐藤賢一。
前世の日本では、不夜城と呼ばれる大都市の競争社会で、絶望的なプロジェクトを完遂し続けてきた――いわゆる『ビジネスマン』だ。
死を目前にした極限状態が、魂に刻まれた『生存戦略』を呼び覚ましたらしい。
この状況、致命的に効率が悪い。だが、立て直しはできる。俺の持っている『現代知識』を使ったなら。
俺は震える膝を精神力で抑えつけ、処刑人を見上げて不敵に笑ってやった。
「言い残すこと? ああ、あるとも。……執行官。君はこの処刑に、どれほどの『損失』があるか 理解しているのか?」
「……何だと?」
斧を構えた男が、動きを止める。
「俺をここで殺せば、民衆の一時の不満は解消されるだろう。だが、それは単なる『消費』だ。投資に対する見返りが低すぎる」
俺は周囲の役人たちを射抜くように見据え、前世で培った『交渉術』を叩きつけた。
「俺の父が隠した裏帳簿の場所、そして領地の財政を三カ月で黒字化させるスキーム。それらを知っているのは俺だけだ。俺を殺せば、この町の負債は永遠に解消されない。……君たちは『一瞬の快楽』と『永続的な富』、どちらを国家に差し出すべきだと思う?」
広場が静まり返る。役人たちが顔を見合わせ、動揺が伝播していく。論理の刃が、処刑の熱狂を冷ましていくのがわかった。
どこから見ていたのだろうか、そこへ影が一つ 乱入してきた。
「カカッ! 面白い。死を前にして、これほど見事な『口上』を叩きつける御仁がいたとは!」
血の匂いを纏い、ボロボロの具足を鳴らして現れたのは、凛々しくも危うい美貌を持つ女武者だった。
「拙者はシノ。貴殿の首、あまりに惜しい。……いっそ拙者がこの場を掃討し、然るべき場所で 貴殿を介錯して進ぜよう!」
なるほど、協力者か。
シノと名乗った彼女は、異国にて虐げられた武士階級の生き残りらしい。理想の主君を探すうちにここまで辿り着き、俺の論理に共鳴したわけか。
俺はシノの差し出した手を取り、混乱する処刑人を尻目に、雨の街へと駆け出した。
「助かる、シノ。君のような有能な人材を求めていた。共にこの歪んだ世界を、ホワイトな環境に作り変えようじゃないか!」
「ほわいと? 白い……? ええ、雪のように白く美しい最期を、共に目指しましょうぞ!」
商談は成立した。彼女シノもまた、この不条理な世界を変えたがっているのだ。
俺の持つ現代の『合理性』。そしてシノの『武力』。この二つがあれば、どんな破滅フラグも叩き折れるはずだ。
――不意に、火炎放射器を構えて装甲車に乗り込む 日本の通勤風景のビジョンが、俺の脳裏をよぎった。
しかしそれは些細な記憶。まずはこの理不尽な状況を、打開することが最優先だ。




