Ep8 Chapter“1” Scene“2” Cut“1” Take“4” 固有結界は唐突に
「学校で力を発動させたくありませんから、先に使っておきましょうか。
よし!全てはミチル先輩と仲良くなるため!孔明先生、見てて下さい。ミコロ頑張りますッ!」
〜Serva constituere "talentum ad regendum"〜
「字は文若。舞えよ計略!誇れよ才智・駆虎呑狼」
「ほぅ。珍しいですね。日頃から蜀の連中ばかり寵愛している貴女が、魏である小官を呼び付けるとは。まったくどういう風の吹き回しですかな?」
――カチンッ
先ず、ここがどこかは敢えて言わないでおこう。
しかしご多分に漏れず声色や話し方、ひいては一人称まで変えた盛大な独り言のオンステージである事だけは確かだ。
ただ、今回喚び出された文若が登場早々に皮肉ったせいで、志は凛とした清楚モードに突入してしまっていた。
「私は蜀ばかりでなく、魏も呉もその他の群雄でさえも、使える者はなんだって使います。
それとも文若先生は、私にもっと構って欲しいんですか?それでしたら、孔明先生の次くらいに可愛がって差しあげても宜しいですよ?」
――カチンッ
「ほぅ?言ってくれますね。まぁ、いいでしょう。その不遜な気質、嫌いではありません。今は貴女が主なのですから、小官の知略を使いたいのであれば使わせてあげましょう」
皮肉に嫌味の舌戦だった。文若は額に青筋を浮かべながら、志は口角と目尻を釣り上げながら話している。
……が、これもまた盛大な独り言劇場であり、独り芝居にしか周囲からは見られていない。
何故ならばこれは登校中に始まった独り言の舞台だったからだ。だからこそ少なくとも周りには人はうじゃうじゃいる。そう、ここは満員電車の車内だ。
志は、学校に向かう車内で文若を喚び出したのだった――
今は朝の混雑する通勤時間帯と言う事に代わりは無い。これが戦時警報が発令されていれば通勤時間帯だろうと電車の中は疎らになるが、それが出ていたのは昨日。今日は戦争中という事を忘れるくらいに電車内はギュウギュウ詰めだった。
そんな電車内はサラリーマンを始めとして、通学の学生やら病院通いの老人など多種多様な人々が存在している。
そんな中で、唐突に始まった独り言劇場なのだ。ギュウギュウ詰めで身動きが取れないところに、変な会話が繰り広げられていくのだから、周りにいる人達は見てみぬフリを決め込むのは当然だろう。
これが空いている車内なら、ミコロの半径5mからは即座に人が消え失せ、遠巻きに生温かい視線を送られることになっただろう。だが今は逃げ場がない。誰もが目を伏せ、呼吸を殺している。
如何にミコロが清楚な美少女であろうとも、今の彼女は、絶対に関わってはいけない「無敵の人」として君臨していた。
その一方で、志の怪しげな輝きの瞳にだけは、背が高く豊かな顎髭を蓄え、小冠を戴いた端正な軍師の姿が明確に映し出されている。
その姿を周囲の人達が捉える事はないが、もしも見えれば志を変質者とは思わないかもしれない。
「ところで貴女が駆虎呑狼を所望するとは、いつもながらになかなかにしていい性格をしています。
さて、誰と誰の仲を裂きたいのです?」
「いえ、誤解しないで下さい。“上屋抽梯”と“失街亭”を成功させる為に必要だと考えました」
志は誤解しないでと言いながら自分が勘違いをしているようだ。しかしその点を文若は敢えて指摘せず、先を促した。
「ほぅ失街亭……と?我々からすれば、無知無策の愚者によって得られた要衝。何故あの孔明は……いや、小官の死後の話しをしても意味はありませんね」
志は、麗しの“孔明”を侮辱された感じがして面白く無かった。……が、“王佐の才”とまで呼ばれ、智謀に長けた智将である“文若”だからこそ、呼び出した経緯がある。
拠って、ヘソを曲げられ過ぎるのも宜しくない。
「文若先生の智謀を使って一人の女性をお昼に、屋上まで誘導して欲しいんです。あくまでも『自分の意志で来た』と思い込ませる形で……です」
「それは容易い御用。しかし、それならなぜ離間の計なのです?」
どうやら文若のヘソは曲がらなかったようだ。従って、策はサクサクと進んでいく。
「だってミチル先輩に群がる有象無象が、共倒れしてくれれば、一石二鳥じゃありませんか?」
「ほぅ。本当にいい性格してますね……貴女」
斯くして志は、学校に着くまでの間に“文若”との段取りを進めていった。その異様な光景に志の半径5mは常に、固有結界が張られたかの如く、誰一人として自分から近付く者はいなかった。
これは自発的に近付きたくないと思わせる存在感……と言えるかも知れない。単純に怖いからと言っても過言ではない。
実際は、声色を変えながら独り言を誰に憚る事無く話し続けているのだから、まっとうな人間からしたら近寄りたくはないのが結論だ。
単に「本気でヤバい奴には近寄りたくない」という、生存的本能が展開した、ある種の“逆”物理的結界だった――
―― To the Next Cut ――




