80 後悔なのか、本気なのか (2)
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部屋に飾る切り花としてのバラは、ハウスで育てていると、道すがら胡蝶さんが教えてくれた。
独自の品種開発も行っているとのことだった。
「浮かない顔ね、大丈夫?」
「・・・なんだか大変なことをしてしまったような気がして」
わたし達は白樺の木々が並ぶ路を歩いていた。
ざわざわと、風にざわめく白樺の葉。
「承諾したことを後悔してるの?」
「・・・わかりません・・。後悔してるような気もするし・・、でも組長先生のお話を受けたいと思って承諾したのも本当なんです。・・・もう一度だけ・・・家族のなかで暮らせたらって・・。なんとなくふと思ってそれで言葉が勝手に出てしまって・・・・」
そうだ。なんとなく思ってしまった。そんな甘い考えが。
「それなら承諾して正解だったのよ。会長はね、あなたの為ならなんでもするわ。あの人はいい父親になれるわよ」
「・・・わたしにそんな価値あるかどうか・・」
「あるわよ」
胡蝶さんはキッパリ言った。
「あなたにはそれだけの価値があるわ。自分の価値は自分にはなかなか見えないものね」
「・・・、怖いんです・・また・・失うんじゃないかって、もしかしたらこの先縁組み解消されるかもしれないしって・・・でもそうなったとしても、失うまでの短い間だったとしても、もう一度家族のなかで暮らせたらって・・・すみません、甘ったれてたんです。やっぱりわたし・・」
断ろう。組長先生には悪いけど・・・。
「いいことを教えてあげましょうか」
「・・・いいこと?」
「なんとなくふと思ったことは、計算のない、嘘も偽りもない、素直な気持ちよ」
「・・・・素直な・・気持ち・・」
嘘も偽りもない━━━
「あなたは会長の子供になりたかった。それだけが真実よ」
「・・・・・」
「大丈夫。あなたの新しい人生が今日始まったんですもの。いま感じてるのは迷いでも恐れでもない、ぎこちなさね」
「・・ぎこちなさ」
迷いでも恐れでもなく・・・
「さあ、バラをみましょう。」
胡蝶さんがハウスの扉を開いてくれた。
鼻先にふわりとバラの香りが漂った。
大きなハウスだった。
「すごいですね・・」
「温度管理をしてるから夏でも快適に過ごせる空間なの」
「奥様」
声がした。
声がしたけど姿が見えない。
「バラを任せている飛田よ」
胡蝶さんは姿が見えているような物言いをし、やがてそのひとは姿を現した。
「奥様、新しい品種が今朝咲き始めました」
電動の車イスを操作していた。まだ若く見える。
「まあ、本当?さっそく見たいわ」
「はい。そちらのかたが惣領会長のお嬢様ですか?」
「ええ、そうよ。みふゆさんよ」
「は、初めまして!青木みふゆです!」
「飛田守です。初めまして」
飛田さんは車イスに乗り、ぺこりとお辞儀をした。
「おーい、みふゆー?胡蝶ー?どこだー?」
今度は組長先生の声だ。
胡蝶さんが声のほうに向かって「こっちよ、会長」と手を振った。
組長先生の後ろに若頭がいる。
組長先生はわたし達の側に飛田さんがいるのをみつけて、
「おう!飛田じゃねえか、久しぶりだな」
と、声をかけた。
若頭も飛田さんに向かって軽く会釈をした。
「お久しぶりです、惣領会長、仙道さん」
「どうだ?車イスは慣れたか?」
「はい、おかげさまで今は自由に動けるようになりました」
「よかったじゃねぇか。なんか不自由なことがあったら遠慮なく言いな」
「ありがとうございます。もうじゅうぶんなくらい支えてもらっています。こうして働ける場も用意してもらって、ありがたいです」
「松田は社員の福利厚生には力を入れてるから」
「惣領だって力入れてるぜ。松田にゃ負けてねえぞ」
組長先生が言い返した。
ほんと負けず嫌いだなぁ。
「会長、やめてくださいよ。子供じゃないんですから」
若頭のあきれたような口振りが可笑しくて、わたしはつい「ふふ」と笑ってしまった。
「泣いたカラスが笑ったわね」
「え?」
「なんだ、みふゆ、俺がいなくて泣いてたのか?」
組長先生が大きな手で頭を撫でる。
「ち、違います、泣いてなんか・・」
胡蝶さんってば・・・!
「わかったわかった。俺がいなくて寂しかったんだろ?もう離れないからな。さあ、一緒にバラを見ようぜ」
まるで迷子の子供を宥めるように言われ、わたしは反論出来ずじまいだ。タイムリーな言葉が出てこない。
「飛田、ベルばらコーナーに二人を先に案内してあげて。私は京司朗に少し話があるからそれから行くわ」
胡蝶さんがそう言ったため、わたしと組長先生は、飛田さんにベルばらコーナーに連れて行ってもらった。
なんだろ?
まさかわたしがさっきもらした弱音を言わないよね?
わたしは胡蝶さんと若頭を気にしつつ、ベルばらコーナーへと向かったのだった。




