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72 借りたハンカチと空騒ぎ(1)

.



堀内花壇本店、本日は営業中の札は出さない。

『台風後の後片付けのため臨時休業』の張り紙をしている。

さあ、ほったらかしになっていた店内のお花の手入れに集中しなくては。

台風中は、運良く停電にはならなかったので、冷蔵庫の高級品は無事だった。良かった。せめてもの救いである。


しかし、花桶のお花は一部臭い。

もあっとする。もあっ・・と。くっさーっ。


「くさーい」

りんちゃんが顔を反らした。

「切り花はね、生き物なんだよ、りんちゃん。人間の美意識を満たす都合で切られて売られる運命のお花達のお世話はわたし達がしなくてはいけないんだよ。だからお花の前で臭いなどと口にしてはいけない。心のなかにしまっておいて。お花も傷ついてしまうから」

「そうですね。よくわかんないけどわかりました。反省します」

りんちゃんは素直である。

先輩のこんなテキトーくさい意見にもきちんと耳を傾けてくれる、とてもよくできた後輩ちゃんである。


「青木、お前台風中、一人で大丈夫だったのか?」


社長がいつものティーテーブルで新聞を読みながらわたしに質問を繰り出してきた。


「松田さんのお茶会にお呼ばれしたあと、組長先生のお屋敷から帰れなくなってしまい、台風中はお世話になっていました」

隠すと後々面倒なことになるので正直に言う。

「仙道もいたのか?」

「居ました」

社長も若頭も何故にこんなにお互いを意識しあっているんだろう?


ハッ!!


まさか・・・愛?


バカなことを(ひらめ)いたわたしは、つい社長をみつめてしまった。女専門かと思ってたけど、実は男もか・・・?

「・・・なんだ?」

社長が不審を露にわたしに問いかける。

「・・いえ、なんか、・・・あれですね」

「あれってどれだ?」

突っ込んでくる社長。

「それです」

はぐらかすわたし。

「だからどれなんだ!」

「あまり叫ぶと血圧が」

「誰のせいで叫んで───!」


「青木ちゃん!!!」

バターン!と音をたてて店内に飛び込んできたのは、人間暴走車、花屋社長夫人。


「仙道と何があったの!!?!!」


「何もありません」


情報元は洋平先生だな。


「洋平君が三階の『町田』は今日臨時休業だから伝えてくれって!!仙道からハンカチ借りたってどういうこと!!!」


洋平先生、臨時休業を教えてくれてありがとう。

でもできればほっといてくれた方がよかったかも。


「青木!仙道には近づくなとあれほど!」

「そうよ!あいつは悪党なのよ!悪党!!」


ハンカチの貸し借りだけで何故このように責められなければならないのか。

借りたわたしを責める社長に、貸してくれた若頭に悪口雑言の社長夫人。似た者夫婦。


「例え悪党でも借りたものを汚してしまった以上は、代わりの物をお返しするのが道義かと思います」

わたしはカーネーションの茎をチョキチョキ切りながら答えた。

社長夫人はそんなわたしをキッとみつめ、

「青木ちゃんはあいつがどんな酷い奴か知らないからそんな常識的なことが言えるのよ!」

と言って、作業台に突っ伏した。

「え?若頭さんってどれだけ酷いんですか?」

りんちゃんの素朴な疑問。

顔を上げた社長夫人。

黙ってればこの人も美人なのに惜しいな。

「あいつはね・・・、」

天井を見上げる社長夫人。芝居がかってきたぞ。

「大学時代に私の好きな人を片っ端から奪っていったのよ!!」



チョッキンッ、と、カーネーションの首を切ってしまい、花の頭が作業台に転がった。


「え?」


え?

待って。

え?え?

社長夫人の好きな人を?

え?つまりそれって・・・


つまり・・若頭は・・?

まさか、そんなバカな・・・

しかし、もしかしてということも・・

BL大流行のこの国でもカミングアウトしない一派の人も大勢いるだろうし・・・


「わあ!若頭さんってゲイだったんですか?!」

りんちゃんバッサリストレート。目が輝いている。

「みーちゃん先輩!BLですよBL!生BL!」

生BLって生ビールみたいな発音だな。

「りんちゃん、落ち着いて。決して本人の前では言わないでね。お客様の趣味嗜好性癖の追及はタブーだよタブー」

そうだ。例えそうだとしてもそれは若頭個人の問題で、わたしがとやかく思うものではないはず。

「世の中にはいろんな人間がいるんだよ。それでいいじゃないか。だっていまは21世紀なんだもの。愛に性別は関係ない時代さ」

「そ、そうですね、気をつけます。想像だけにしておきます!」


とは言ったものの・・、もしや若頭がわたしを気に入らなかったのは、疑いのほかにわたしがベリー君と仲がよかったからでは?


つまりヤキモチ。


気づかなかった・・・。


二人の邪魔をしていたとは。


恋愛なんて川向こうの世界の話だもの。


ベリー君の若頭への賛美が凄かったのはそういうことが含まれていたんだな。

聞かされる言葉は若頭がどんなに素晴らしい人間かってことばっかりだったもんね。

二人は両思いか・・。

お互い気づいているんだろうか?

仲を取り持つことはできないけどせめて邪魔しないようにしよう。

今度収穫のお誘いがあっても断ろう。

きっと収穫は二人の大事なラブラブタイムなんだろうから。


わたしはふぅっと、ため息をついた。

気分はまさに今こそ謎は解けたって感じだ。




「随分と面白い話をしていますね」




どこからか声がして、わたしはギクリとした。


・・・いや、たぶん全員が。








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