55 濃茶、薄茶
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『身内の会です。気負わずにどうぞ』
松田さんが言った。
茶室に上がってから、真っ先に目についたのはやはり花だった。枝もの。
小さな白い花を咲かせ空間にゆるやかに弧を描いている。
こういう枝を選んだのか、それとも曲げたのか。
曲げてるっぽいな。
枝の太さや葉っぱや花のつき具合からだと、こんな風に綺麗にしなるはずない。ほぼ真っ直ぐだと思うんだけど。
枝に顔面張り付けて間近で見てみたい。
わたしが生けてある枝をマジマジと見ていると、組長先生が、「やっぱり一番に気になるか」と笑った。
「・・はい」
だって花屋ですから。
「遠州流には華道もある」
「茶道だけじゃなく?」
「そうだ。小堀遠州自身が総合的な芸術家だった。作事奉行だったから城の建築や改修も手掛けた。庭を造り、書、和歌、茶碗・花入れの選定、様々な芸術に精通していた。特に建築・造園は評価が高い」
「すごい人なんですね。でも学校では習いませんでした。そういう人のことを教えて欲しかったです」
「そうだな。日本人には他にも凄い人がたくさんいる。そういう先人たちを義務教育で教えるべきなんだがな・・」
「歴史がもったいないです」
ほんとに、どうして教えてくれないんだろ?
茶道も華道も授業にしてくれればよかったのに。日本舞踊とかさ。
そうすれば連なって歴史も学べるだろうに。
「枝が故意に曲げてるあのがわかるだろう?」
「はい」
「遠州の華道の特徴は曲線だ。ただ曲げりゃあいいってもんじゃない。相応の技術が要る。華道の中じゃ難しい流派かもしれないな。・・生けたのは松田か?」
「はい、もちろんですわ」
組長先生に答えたのは胡蝶さん。
露地という庭から茶の道は始まっていた。
庭、建物、にじり口と言われる独特の入り口、掛け物の書、花、香、食、道具・・。
五感で味わう茶の世界。
日常とはどこか違う異世界に足を踏み入れた感覚。
木々のざわめきや鳥の声、
茶道具を清め、抹茶を入れる前、松田さんは手を合わせずらし、洗う仕草をした。
「手を清める空手水というんだ。親指から順番に"空風火水地"を表して、薬指が水だから、薬指を合わせることで水のない所に水を起こし手を清める。遠州流と・・確か石州流でも作法に空手水があったな。茶道も流派がたくさんあるから他にもあるかもな」
組長先生が教示してくれた。
湯の響きが自然のなかに溶けて、茶を通じて自分と向き合う時間。
そして、濃茶を練っている、松田さんの姿形の全てが美しいと思った。
濃茶は練る。
薄茶は点てる。
『京司朗には薄茶を点ててもらいます』
と言ったのは胡蝶さんだった。
上座の正客には組長先生、隣の次客がわたし、左隣に楓さん、末客が若頭と続いた。
胡蝶さんは松田さんを手伝う。
作法は予め教えてもらっていたし練習もしたが、所詮は付け焼き刃。頭も体も追いつかない。
わたしは作法を組長先生と楓さんに教わりながら、主菓子をいただき、濃茶をいただいた。
お茶の前にいただいた主菓子は、花開いた紫の菊。
なんて綺麗。
どうやって作ったんだろう?
菊の花びら一枚一枚。
花びらの先に行くごとに徐々に色が薄くなっていく。
今日の為に職人さんに作ってもらった練りきりだと、あとに行われた、亭主である松田さんと正客の組長先生の問答で答えてくれていた。
トロリとした濃茶は想像していたような苦みは無く、口当たりがよくて美味しかった。
『上質な茶は苦くない』と、組長先生から聞いたのは、花屋でよく話をするようになった頃だったかな?
濃茶が終わり、胡蝶さんが若頭に問いかけた。
「京司朗、流派はどうしますか?」
「武者小路千家で点てさせていただきます」
「では、少々準備をいたしますので、その間、会長、みふゆさん、よろしかったらお庭をご覧下さいませ。楓、お前は手伝っておくれ」
庭に出ると、日差しが強くなってるのを感じた。ただ、木の陰になってるせいか、暑さはあまり感じない。
池には鯉とか泳いでそう。
「どうだった?濃茶は」
池を見ていたわたしに、組長先生が聞いた。
「もっと苦いかと思ってけど、美味しかったです。口当たりがよくて。それと・・」
「・・それと?」
「お茶を練る松田さんの姿形が美しいと思いました」
「ほお・・?」
組長先生がニヤリとしている。
「な、なんですか?おかしなこと言いましたか?」
そうやってニヤニヤされると照れるじゃないか!
「だとよ、松田。聞こえたか?」
「え?」まさか・・・
「光栄な言葉を頂いて嬉しいですよ」
「━━━━━」あああああぁぁぁぁーーーっっっ!
本人!!
組長先生め!松田さんがいると知ってたな!!
「こ、濃茶、美味しかったです。ありがとうございました!」
と、お辞儀をして顔を隠すのだ。照れ隠しには挨拶が一番。
「薄茶も私が点てる予定でしたが、今回は京司朗に譲りましょう」
「なあに、次があるさ。なあ?みふゆ」
組長先生が意味ありげにわたしを見た。
わたしは内心冷や汗をかいていた。
お茶会がおわったら組長先生から静かにさりげなく距離をおいて離れて行こうとするわたしの鋼鉄の決意計画を阻止するかのごとく、外堀をどんどん埋められてる気がする。名前だってもう連続呼び捨てだもの。身内の会身内の会って何度も言うし。
話題を、話題を変えなければ!
「あ、あの、武者小路千家ってどういう流派なんですか?表千家や裏千家と似た感じなんですか?」
「表千家、裏千家、武者小路千家を合わせて三千家と言うのですよ」
松田さんが笑顔で言った。
薄茶の準備が整ったと、わたし達は茶屋に向かった。
歩きながら、「武者小路千家は無駄な動きを排した合理的な所作をする。三千家の中でも最も保守的と言われているのが武者小路千家だ」と、組長先生が話してくれた。
わたし達が向かったのは、濃茶の茶屋の陰にあるもうひとつの茶屋。緩やかな石の段を登って行く。
木々に覆われていてなかなかわからりづらい。
不思議な造り、と思った。
薄茶でも組長先生が正客をつとめ、次客がわたし、わたしの隣に松田さん、末客が胡蝶さんとなった。
お茶を点てる若頭の手伝いは楓さんがする。
お菓子は干菓子で、落雁と金平糖が添えてある。
落雁が、かわいい赤とオレンジの金魚。
一人分ずつ楓さんが置いていってくれた。
黒い盆には水色の波紋に似た模様が入っていて、金魚が泳いでいるみたいだ。なら、金平糖は水の中の小石。
んんー、食べるのもったいない。写真とりたい。
「前から思ってたが落雁好きは珍しいよなぁ、若いのによ」
組長先生が言った。
「母が好きでよく食べてたのでわたしも自然と好きになりました」
「・・お母さん・・・?」
「はい。しょっちゅう落雁つまんでました。あと和三盆とか黒砂糖なんかも」
「・・・そうか、お母さんが・・」
なんか組長先生嬉しそうだけど、お菓子、食べていいのかな?いいよね。
わたしはちらりと横目で組長先生と松田さんを見た。
「どうぞ」
と、言ったのは若頭だった。そして、
「食べていいんですよ」
と続けて言った。笑っていたのを見逃さない。
・・そんなに食べたそうにしていたのか、わたしは。
薄茶を点てる若頭。
ピシッと緊張感が漂う気がして、わたしは背筋を伸ばした。
若頭の所作もまた、流れるように華麗だった。
着物でなかったのが残念。
いや、スーツでもカッコいいけど。
顔がいいのは最初に会った時に発見してるし。
若頭の顔をマジマジと見る機会なんて今までなかったけど、横顔見てもこの人、彫りが深いんだな。
日本文化に傾倒してる外国のCEOが、逆もてなしでお茶を点ててる感がなんとなくある。




