45 過去との対峙 (3)
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午前六時。
カチャンと、自転車にかかっている鍵を外す。
玄関にはいまでも亡くなった母親の自転車と、養子に出された妹の三輪車がある。
置いてあるだけだが、家族がいるようで安心する。
もしかしたら帰ってくるんじゃないかなんて、あり得ない希望だとはわかっている。
『どこかに出かけてるだけで、そのうち帰ってくる』
まやかしでもいい。そう思っていたい。
玄関から自分の自転車を出すと、隣の家から声がした。お隣の岸辺さんだ。
「おはよう、早いわねぇ。仕事?」
「休みなんですけど、早く目が覚めてしまって、ちょっと自転車で走ってきます」
岸辺さんはポストから新聞をとって「そう。気をつけてね、いってらっしゃい」と言ってくれた。
「はい。いってきます」
わたしは軽くお辞儀をして、自転車に乗った。
そう、早く起きてしまったのだ。
ダラダラするつもりだったのに。
いつものように目が覚めてしまい、ダラダラしようにも、逆に疲れそうで起きてしまった。
習慣の恐ろしさである。
うっすらと霧のかかった町。
わたしは海に向かって自転車を走らせた。
海は今日も青いだろうか。
午前六時半。
今朝は早めの朝食となり、惣領貴之と姪夫婦の黒岩夫妻がテーブルについて朝食をとっている。黒岩家の子供達は三人とも部活の朝練があると言って、午前五時半には家を出ていった。
「ったく、京司朗の奴、少しは女のとこでゆっくりしてくりゃいいものをよ」
仙道京司朗は、今日の午前中にはフランスから帰ってくる予定だ。
「京司朗は昔からそんなんだったわよ。基本的には堅物よね。顔と体がいいから女には不自由しないってだけで。あら、このジャガイモ美味しいわぁ」
黒岩楓は煮物のジャガイモをもう一つほうばった。
「堺家の土地の件がまとまってないから早くカタをつけたいんでしょう」
楓の向かい側で、夫の黒岩正吾が京司朗をなんとなく庇った。
「ああ、堺か。堺は取られたくねえな。あそこはいい米がとれるいい田んぼだからよ。埋め立ててろくでもねえ商業施設なんざ建てさせたくねえな」
「堺家は勝手に田畑を売り飛ばそうとした長男と縁を切って全て次男に継がせるそうです」
「妥当だな。堺家は次男のほうが思慮深い。当主向きだ」
「次男の方は山を継ぐ予定でしたから、今回山も全てまとめて買い取る算段です。アメリカに在住だと管理は難しいでしょうから。あとは金額ですね」
「・・・仕事ができる男ってのはいいけどよ。あいつ、甘やかしたい女はいねえのかねぇ」
「そうよ!だからみふゆちゃんを京司朗の嫁にしましょうよ!」
楓が唐突に言い出した。
「ふぇっくしょん!」
・・なんだろ、誰か噂でもしてるのか?
帰ったほうがいいかな・・・。
いきなりくしゃみがでて、海を見ていたわたしは早々に帰ることにした。
明日はお茶会。『風邪ひきました行けません』なんて真似できない。
海は今日も青かった。
「楓、まだそんなこと考えてんのかお前」
楓の夫・黒岩正吾があきれた風に言った。
「おいおい楓、いきなり何の話だ?」
「だって、意外と似合ってると思わない?みふゆちゃんって話してると面白い子だし。会長と性格が似てるから京司朗とも相性はいいと思うわ」
惣領貴之がみふゆを自分の一人娘だと言ったことを楓は知らなかった。その楓から性格が似ていると言われ、貴之はまんざらでもない顔をした。
「・・俺と・・似てるか?」
「似てるわよ。京司朗を使いっ走りにしたとこなんてさ、そっくりじゃない?度胸あるわよ」
楓の言葉に気をよくしたのか、惣領貴之はニンマリと笑顔をつくり、腕組みをし、
「俺はよ、嬢ちゃんを養女にしようと思ってるんだよ」
と、以前から考えていたことを口にした。
「そうなの?!それを早く言ってよ。それなら京司朗の嫁じゃなくてもいいわ!」
楓は立ち上がって身を乗り出し喜んだかと思うと、はたと何かに気づいて話しを続けた。
「あ!だめよ!そうなるとここから他所にお嫁に行っちゃうってことじゃない!婿をとらせないとまずいわ!・・・やっぱり京司朗しかいないじゃない・・。あ、ベリー君とかどうかしら?仲良さそうだし、姉さん女房なんて粋よね?!」
その日の朝食も、楓が延々と喋り続け、惣領貴之と夫の黒岩正吾はひたすら聞き役にまわっていた。
ふだん男しかいないような環境にいる楓を労うため、二人はだいたい聞き役に徹している。
楓が話し終わる頃、貴之は楓に釘を刺した。
「養女の話しは誰にも言うんじゃねえぞ、楓」
「わかってるわよ。でも年末までにはなんとかしてよ。お正月の着物を着せたいから。やだあ!今年の年末年始、楽しみだわあ!」
楓は両手で頬をおさえ、満面の笑みをこぼす。一人で騒いで一人で喜ぶ楓のなかでは、全て決定事項になっているのだ。
「楓・・・」
夫の黒岩正吾はため息をつき、惣領貴之は笑っていた。




