29 清和会会長・松田の考察
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「お茶、とても美味しかったよ。ご馳走さま」
帰り際に礼をいうと、少し照れながら「ありがとうございます」と彼女は言った。
あの娘、俺が来るのを知っていたのだろうか?
俺の好物を誰かに聞いたのだろうか?
そんなはずはない。
直前に決めたことだ。
予定をたてると、どこから漏れるかわからない。
「どうして落雁を?」
「和三盆と迷ったんですが落雁かなと思って。縁起物だし、神様の食べ物だし。・・お嫌いでしたか?」
「好物だったので久しぶりに口にできて、嬉しかったですよ。神戸屋の落雁でしょう?」
「はい。それならよかったです」
着物を着て紹介を受けた時は、23歳という年相応に見えたが、今日のようにポニーテールにしていると、まだ高校生にも見える。
そして
「あ、松田さん」
店のドアから出る寸前呼び止められた。
「何かついてます。はらってもいいですか?」
と、彼女は言った。
埃だろうと思い、彼女が背中の上襟の下を数回手で軽く払った。
「ありがとう」
「あとはもういいと思います」
不思議な答え方だった。
「松田会長、肩はどうですか?凝るようならマッサージに行かれますか?」
運転している小暮が訊いてきた。
そういえば、ここ一ヶ月くらい、肩凝りが妙にひどくてマッサージにずいぶん通ったが、いまはずいぶん楽だ。
「良くなったみたいだからこのまま自宅に帰ってくれ」
「そうですか、自然によくなるのは珍しいですね」
「・・そうだな」
『あとはもういいと思います』
ああ、そうか。
そういう意味か。
そういう意味かもしれないし、偶然かもしれない。
どちらでもいい。
あの娘がどういう娘だったとしても、俺は惣領会長に従うだけだ。
だが・・、
「小暮、次の惣領会長との茶会には花屋のお嬢さんも招待する。惣領会長と一緒なら彼女も安心だろうから」
「わかりました。菓子はどうなさいますか?」
「落雁を用意してくれ。形は若いお嬢さん好みのかわいいものを作って貰ってくれ」
「はい」
『和三盆と迷ったんですが落雁かなと思って。縁起物だし、神様の食べ物だし。・・お嫌いでしたか?』
礼は必要だろう。