13 仕返しは、礼儀正しく確実に。(2)
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事務先輩はムカついた表情で、
「はあ?簡単?じゃあ、やってみなさいよ」と、投げやりにあたしに言ってきた。
「はい!」
あたしはやる気満々で答えた・・んだけど・・・社長がフラワーベースを用意して、アレンジメントを作る準備をしていた。
「社長、アレンジメント作るんですか?」
「花瓶用の花束だ。小料理屋の『さんざし』から白を基調にしとくれと依頼だ。この透明な花器を使うから茎もきれいに揃えて見映えよく縛る。どうした?作りたいのか?」
「みーちゃん先輩が社長がアレンジか花束作る時があったらよく見ておくといいって」
「ほお?なんでだ?」
社長は言いながら、真っ白なカラー、オリエンタルの白ユリ、レースフラワー、枝物のドウダンツツジと木苺、ピンクパープルの千日紅、他にも真っ白な八重咲きトルコキキョウ、白に近い薄いグリーンのスプレーカーネーションを花おけごと作業台の上に乗せた。
「社長はいろいろアレな人だけどアレンジと花束作らせたらすごい人だからって言ってました。勉強になるからよく見ておきなさいって。天性の才能があるってきっと社長みたいな人のことをいうんだろうなって言ってました」
「おい、いろいろアレってのはなんだ」
社長が苦笑いで突っ込んできた。
「アレなんだと思います」
あたしは真面目に答えた。
「・・で?みーちゃんは他にも何か言ってたか?」
社長はなんだか口元が緩んで嬉しそうだ。
「え!社長もみーちゃんってよんでるんですか?!」
「社長はみーちゃんのいないとこで“みーちゃん”って呼んでるんだよ。みーちゃんは社長が“みーちゃん”って呼ぶと“青木です!”って速攻で返すから」
七十先輩が仏時用の花束を作りながら教えてくれた。
「みーちゃん先輩に教えてやろうっと!」
「やめろ。ボーナス、カットするぞお前」
「みーちゃんは猫だった時も社長が好きじゃなかったから。今も忘れてないんだねぇ、きっと」
七十先輩はみーちゃん先輩が自分の飼い猫だったみーちゃんの生まれ変わりだとやっぱり信じている節がある。
「わぁ・・、猫ちゃんに嫌われるって・・・(サイテー・・)」
「お前いまサイテーって思ったろ」
「思ってませーん」
社長と七十先輩とあたし。三人でワイワイ楽しくしゃべってるのを、事務先輩は睨みつけている。
「猫のみーちゃんはどうしていなくなったんですか?」
「猫は死期が近づくと姿を隠すっていうから。病気だったかもしれない・・そんな風には見えなかったんだけど」
この時ガタン!と大きな音がしてあたしと七十先輩は振り向いた。
「糸川さん!あんたいい加減にしなさいよ!自分でやるって言った仕事サボってんじゃないわよ!こっちにきてさっさと全部終わらせなさいよ!」
「あ、すみません!ごめんなさい。社長のアレンジ製作ってめったに見れないからつい」
あたしはきちんと頭を下げ、謝った上で「でもそれくらいならすぐ終われますからそんなに怒らなくても大丈夫ですよ。安心してください!」
と、明るく悪気ない風に本当のことを言った。
「へえ?そう!じゃあ私配達行ってくるからやっておいてよね!」
事務先輩はそう言うと、新聞紙で包んであるスプレーバラの束を持って車庫に向かって歩いて行った。
「怒らせてしまいました・・。申し訳ありません・・」
思ってなくても謝っておくのが大人の対応だよね。
「気にすることないよ。あの人は社長以外にはきつくあたる人なんだよ。入社した頃はおとなしい人だったんだけどねぇ」
事務先輩の態度の悪さに社長は特に何も言わなかった。甘やかしてるなあ。
そうしてるうちに、花束が出来あがった。
真っ白なカラーだけ・・。高低を変えただけなのに、なんて素敵。
カラーだけの花束は割とたくさん見るけど、そのどれとも違う。何が違うんだろう?
心も瞳も奪われる。
「・・・、素敵ですね・・」
「そうか」
「みーちゃん先輩が、誰かが社長と同じように作っても、絶対同じにならないんだって、言ってました。その時は意味がわからなかったけど・・・、こういう意味だったんだ・・」
「・・・葉ものか枝を合わせてもよかったんだが、たまにはいいだろ」
スケベな社長とは思えない、花に対する愛情には敬意を表したいとあたしも思う。
社長の花束に感動していると、七十先輩が、
「あっ!!喫茶店に持って行くバラ、間違って持って行ったよ!あの人!」と叫んだ。
「フルールのママのスプレーバラか?」
「処分品ってあんなに大きく書いてあったのにわからなかったのかねぇ?自分でここに置いたくせに」
七十先輩がため息まじりに言う
「そこは配達用の花束を置く場所だぞ」
「あの人はいつもここに置いてそのまんまだよ。今まではアタシやみーちゃんが退かしてたんだけど、もうめんどくさくなってね、手をかけないことにしたんだよ。でも、ほら、やっぱり気になって、大きく処分品ってだけはアタシが書いといたんだ」
七十先輩は呆れた口調で社長に言った。
社長は仕事用の携帯電話を取り出して、連絡をとろうとしたが、事務先輩は、電話には出なかった。