その10 妹の親の思い
ちょっとだけ違う視点の話です。
「しまった、こんな時間になった」
小説を読んでいたら、思いのほか面白くて、明らかに普段寝る時間を過ぎてしまっていた。
「いかんいかん、生活リズムを崩すのは良くないし、寝不足もよくない」
ちょっと前に、寝不足が原因で、寝学園祭になるというミスを犯してしまったばかりだ。
人間寝ていないというのは、ストレスにもなる。
「さっさとお手洗いにだけ行って寝ちまおう」
すぐにトイレに行って、寝室に戻ろうとすると、リビングが明るいのが目に入った。
「まだ誰か起きてるのか?」
気になってリビングの中に入った。
「か、母さん!?」
そこには、机に突っ伏して倒れている母さんがいた。
「母さん、大丈夫か? 体調でも悪いのか?」
いつも元気で、笑顔の母さんが、このようなことになっているのは、一大事だ。救急車を呼ばなくては。9110だっけ?
「くぅ~、すぴか~」
心配になって肩をつかんで、母さんを起こすと、寝息が聞こえてきた。
「寝てんのかい! しかもお酒臭い!」
母さんが倒れているインパクトが強すぎて、見落としていたが、普通にテーブルの上や足元に、ビールの缶が置いてあった。
母も、俺のお母さんもお酒が好きで、よく2人で飲んでいるのを見た覚えがある。
母はふだんはたしなむ程度なのだが、飲むときはやたら飲む。母さんも同じのようだ。似たもの親友である。
「母さん、こんなところで寝てたら風邪を引くぞ、起きろ起きろ」
「ん~? ごめんなさい、あなた」
「俺はあなたじゃないです。寝ぼけないでください。あなたの旦那は家にいないでしょう」
「ん~、じゃあ、あなたじゃないあなたは誰?」
「俺はあなたの息子です」
「私に息子はいないわよ……、私には愛する娘だけよ」
めんどくせぇ。酔っ払いなのか寝ぼけてるのか、両方か知らんが、哲学みたいになって会話にならん。
なお、普段素面でも、時々こんな感じの会話になるもよう。めんどくさくはあるが、慣れてはいたりする。
「おーきーろー! そろそろ親でも暴力的な行為に出る可能性があるぞ」
「ん~、あ? 健吾くん?」
「そう、健吾です」
「私の部屋に深夜に来るなんて……、夜這い?」
「残念ながらここは、家族共有のリビングです。あと夜這いじゃないです」
「うう、寒い……、どこここ?」
「リビングです」
「何で私、ここで寝てるのかしら、そもそもここはどこ?」
「リビングです」
「ん~ん~ん~」
「……ハミングか……。そんなのはいいですから、もう素面なのかどうかもわかりませんけど、起きてください!」
「健吾くん、いつもありがとう……」
そして俺はなぜか、母さんが残っているお酒を飲みきるまで、話に付き合う羽目になった。
「別に。母さんにはお世話になりっぱなしだし、お礼を言うのは俺の方だ」
普段、めんどくさい絡みをしてくることも多いが、仕事もしつつ、家事をしっかりこなしている母さんへの、感謝の気持ちを忘れたことは無い。
「健吾くんは、紳士的で素敵ね。辛そうなところは見せたことは無かったのに、家事を手伝ってくれて。水鳥にも、やっぱり時々手伝わせちゃってたから、健吾くんの前では頑張ろうと思ったんだけど」
「気を使うなって、言ったのは母さんだろ。家族が協力するのは当たり前だ」
「ふふ、本当に嬉しいわ。私ね……、健吾くんみたいな……」
おいおい何言うつもりだ、この既婚者。未亡人でもあるまいし。未亡人だったらいいのか、俺の馬鹿。
「息子が欲しかったの……」
やっぱり俺の馬鹿! 邪な俺のおお馬鹿やろう。
「水鳥に不満があるわけじゃないの……。あの子も可愛くて可愛くて、大好きよ。もしかしたら、無いものねだりかもね。恵子は女の子の水鳥がうらやましいって言ってたから」
まぁ、持っていないものに、良さを感じることはある。、となりの芝生は青いってやつだ。
「そんなこと言ってたのかお母さんは……、なんで男の子がいいんだ?」
「本当にささいなことよ。女の子は、いずれお嫁さんに行っちゃうでしょ。でも、男の子だったら、お嫁さんをもらうから、この家に住んでもらって、一緒に過ごせるかなって思うだけ。ちょっと立て直さないといけないけど、それくらいなら、旦那は稼いでるわ」
さすがだな、水鳥の父さん。まだ水鳥の父さんは父さんと呼ぶ気にはならない。
「子供と一緒に住みたいのか?」
「ええ、私水鳥のことが大好きなの。できるなら、死ぬまでずっと側に居て欲しい。もちろん、親ばかかなって思うわ。だけど、親って子供のことは宝物で、ずっと手放したくないって、どこかでは思ってるわ」
お酒の勢いか、寝ぼけているのか、だがいつもの母さんとは少し違う話に、俺は耳を傾けていた。
「自分でお腹を痛めて、生んだ子供は、本当に本当に大切で、幸せになって欲しいから、もちろん水鳥が誰かのところにお嫁さんになることを止めることはできない。強制をしたらかわいそうだもの」
「だから、一緒にずっといてくれる男の子がいいんですか……」
「ええ、だから、私は健吾くんと水鳥が一緒になってくれると嬉しいわ」
「なんでそうなる?」
急に話が変わった。
「だって、恵子の家は、近くだしいつでも簡単に気を使わないで会いにいけるわ。水鳥が生まれたときに、2人の子供を結婚させようって、話もよくしてたわよ」
「えらい勝手な話じゃないか? 俺と水鳥の気持ちもあるだろう」
「ええ、もちろん強制はしないし、お互いに、お互いの子供のことを気に入らないかもしれないし、子供同士が仲良くならない可能性もあるものね。だけど、子供のときのあなたたちは、お互いに仲良くなったし、2人ともいい子に育ってくれたわね」
「今は、仲良くないけどな」
「そんなことないわ。ちょっと何年か疎遠だったけど、あれは、思春期の初めにありがちなことでしょ。少なくとも、嫌いならお互いにかかわりあおうとしないんだから、悪くは思ってないと思うわよ」
「まぁ、そうだとしても、結婚したりするとか、そういうことはまだ分からん」
「そうね。だけど、今回のことで、健吾くんを息子として迎えられて、私はとても嬉しかった。だから、ありがとうって言わせてね。そして、もしよかったら、将来私をお義母さんって呼んでくれたら、もっと嬉しいと思うわ」
「……、さっさと寝るぞ、もうお酒ないじゃないか」
「は~い、じゃあお休みなさい」
「母さんも早く寝ろよ」
俺はようやくリビングを離れる。実は、お酒はもっと早い段階でなくなっていたが、なんとなく話を無視できなくて、聞き続けてしまった。
しっかり母さんやってるな、とは感じてたけど、更に母さんのことが、いや、親ってすごいなって思うのであった。
ネタ切れではないです(一応)




