「ひきこまれるわよ、気をつけなさい。その川はずるいわ」
騎士は暗い森で迷っていた。
木の上や地の下の魔物達に、
惑わされて道を見失ううち、
夜になって嵐に見舞われた。
森を流れる川は水嵩を増し、
両岸からあふれて渦巻いて、
木石を押し流す激流となる。
呆然と立ち尽くす彼に、
少女の声がかけられた。
「ひきこまれるわよ、
気をつけなさい。
その川はずるいわ」
振り向くとそこには、
ずぶぬれの娘がいて、
にいーっと笑かける。
「あなたは美しくて
やさしい顔している。
好きになったから
助けてあげるわ。
あたしの親達が住む
漁師の小屋にいこう」
奇妙で不思議な娘だった。
貧しい漁師に娘のような襤褸を纏って、
金銀宝石の帯や首飾りを絡ませている。
色とりどりの花を輪に編んで、
黄金の髪を美しく飾っていた。
肢体はほっそりとして、
顔貌はきよらかだった。
王女かと思われるような気品がありながら、
そのふるまいは娼婦のように蓮っ葉だった。
裸足で先立って歩きながら、
騎士がついて来ているのを、
たしかめるように振り返る。
髪も衣もずぶぬれであるのに
気にする様子がない。
破れた衣のから肌が覗くのに
恥じらう様子がない。
漁師の小屋は湖に張り出した岬にあり、
道筋は川から流れ込む水に沈んでいた。
「やい、おまえ達
とっと、おどき!
あたしと騎士様が
とおるよ!」
娘がそう喚く。
波が左右へと分かれる。
雲間から射した月光が、
皓々と小径を照らした。