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第十話


 彼女がエーネオに入国することはなかった。

 どういう経路かはわからないけど、モスバーグから来た部隊がお嬢様たちを引き連れて戻っていったらしい。話を聞いていた国王陛下たちとマッグケーン先輩が、何かごちゃごちゃしたみたい。彼女の実家が人身売買に関わってる可能性が出てきたって話を聞いたけど、聞いてどうしろっていうんだろ。 

 そんなことを悲痛な顔で報告してきたマッグケーン先輩の心情だって、私には出来ることがないよね。自分が原因でって思って勝手に罪悪感を感じてるのかもだけど、私は気にしてないしそれも伝えてあるんだから、もう放置だ。さっさと気持ちが晴れてくれたらいいと思う。

 それよりも、初めてのショートヘアの方が気になる。一ヶ所物凄く短くなってたところがあって、まさかの短さに揃えられた。前世の私も私(キーディア)も肩より短かった事なんて子供の頃しか無かったから、首筋がすうすうしてくすぐったい。私の髪は真っ直ぐなストレートだけどほそくって、湿度なんかで膨れたりペチャンコになったりするから纏められない長さって困る。ショートのアレンジなんてやったことないから知らないんだよねえ。先輩たちにはショートの方が似合うってほめてもらえたけど、この髪型を続けるか伸ばすか、うん悩むね。

 ええと。あれから何回か討伐演習にも出たけど、あれほど問題が起こったのはあのときだけだ。あ、結局断りきれなくてカイル森林の魔獣100匹討伐っていう演習に行ったときに、結果的に倍以上の魔獣とやりあったけども、そんなに大変だと思わなかったなあ。私の『大変』は本当に大きくないと変わったことだとも感じなくなってるのかもしれない。

 あとー、あ。もうすぐ新年だ。こちらの年明けはまず街の中心にある鐘がなる。それは年が明けた一回だけしか鳴らないから、それを聞いてからお正月みたく3日間、ゆっくり過ごす。そのあとまた3日間、新年祭っていう祭りが開かれるんだ。学園は大体年明けの3日前から新年祭の終わりまで休みだから、新年祭はいつも子供たちと回るんだよね。

 今年は討伐演習でちょっと臨時に稼げたから、院長先生や孤児院のみんなに美味しいものをたくさん買ってあげよう。あと、今年はいつもより寒いから毛布も買えるだけ買って届けようかな。それよりも服とかの方がいいか.........?


 「ディア、現実逃避してないで戻っておいで」

 

 ルーセル先輩がなんか言ってるけど無視だ。

 毛布なら新品買えるけど服だと新品はきついかなあ。温かいもの買おうとすると毛布より服の方が高くつくんだよね。人数分の選ぶっていうのも大変だし、ユニクロ的なお店なんてこっちには無いんだよね。大体が人の手作業だから温かい服は高級品。ヒートテックとか、あり得ないんだよねえ。


 「キーディア、聞こえているのであろう。勉強が嫌なのかの?」


 キュリーもなんか言ってるけど、聞こえない聞こえない。

 あ、院長先生にはストールもプレゼントしようかな。いつも使ってるやつは私が物心ついたときから変わってないから、ちゃんと新品の虫食いがないやつ使ってほしいし。そうすると、ちょっとお金足りないかな。そのあとの生活を切り詰めればいけるか?


 「嫌?へ、キーディアちゃん進級したくねえの?」

 「そんな訳ないでしょうっ!」


 あ、答えちゃった。けど、これは仕方ない。誰が好んで留年したがるか。


 「進級はしたいですよ。その為に進級試験を受けるんですから」

 「わかってるよ。だからこうして、勉強を教えてるんじゃないか」

 「ルーセル先輩?私は2年に進級したいんです。あなたの持ってるテキストもこの問題も、私の試験には必要じゃないです」


 そう、私は2年に順当に上がれればいいんだ。ルフェダオスの寵児とかなんとか言われてるらしいし、実技こそ能力的に3年のものを受けてたけど、他はゆっくり勉強したっていいじゃないか。2年に上がるだけなら、はっきり言って私が落ちるなら誰が受かるっていうくらい知識は身に付けている。

 

 「えー。ルーセルくんがキーディアちゃんは4年に進級するから来年は同級生だよっていうから、俺すっげえ楽しみだったのに」

 「何言ってるんですか!?私は2年になりますけどマッグケーン先輩こそもう一回3年生とかにならないように気を付けて下さいね!」

 「わたくしも、キーディアと授業を共に受けたいと思うておるのだが.........」

 「うう.........それは私も思いますけど、飛び級は不可能です」


 良かった。進級の手続きしておこうかって言われたときにはもうやり終わってて。ルーセル先輩にやらせたら、気が付いたら4年への進級試験を受けていた、なんて事になりかねない。

 もともと、ルフェダオス学園に飛び級はない。実技の授業なら、例えば師匠が居る魔術科生とか強すぎる騎士科生とか、下級の授業では訓練にならないと判断された場合に限り見合った学年の授業をとることができる。だけど座学に関しては、復習にもなるし、もっと幅広い知識を得るためって上級の授業をとることは認められていないんだ。図書館なんかは学年ごとに設置されていて、いくら勉強したくても、1年では2年以上の図書館に入れもしないしね。

 私の場合、ミレス伯のお子様が普通科に通っていたから一般教養の知識はそれなりに予習できていたし、専門書も後見の名目で沢山贈って貰ったからルフェダオスの寵児なんて言われるようになった。加えて小遣い稼ぎ(アルバイト)でちょっとずつ魔術の練習もしていたから実技も先輩たちと演習にも行けるんであって、なにもせずに4年に上がる実力なんてない。

 

 だから、私には借りられない3年の図書館にあるはずの本が、私の前に積まれているんだろうけど。


 進級試験は学科によって違う。

 普通科は一般教養のみ。この学科は貴族のお見合い学科だからって誰かがいってた気がする。

 医学科は一般教養と医術に関するペーパーテストと薬作成。この世界、外科は魔術師の領分で内科が医師の領分なんだよね。薬を作るのとか医師免許がないと出来ないんだって。

 それから騎士科は一般教養と対魔獣戦闘試験、加えて、現職軍人との試合。騎士科の進級者って、誰が進級できるのか読めないみたい。特に最後の試験は、誰が派遣されるかで進級者数が増減するらしいし。

 そして、魔術科は一番留年者が多い学科なんだって。

 一般教養に魔術のペーパーテスト、実技テストっていうのが試験内容なんだけど、実技テストがとっても問題らしい。毎回実技担当の教師が様々な属性の的を作ってそれを壊せれば合格っていうシンプルなテストなんだけど、無駄に高等技術を使ってて結界を張る的とか逃げ回る的とか、より実戦的になってるって言ってたなあ。実戦的ってことは研究者向けの魔術師には中々合格出来なくて留年しちゃうんだって。そういう魔術科生がどうやって進級してるんだかは教えてもらえなかった。ちなみに、1年から2年に上がるときの試験では的が動き回ったりしない。ほんと良かった.........!

 話を戻すけど、先輩たちがやたらと私に飛び級を勧めるのは、私が過ごした入学してからの1週間と6ヶ月間が問題なんだよね。ルーセル先輩とキュリーに声をかけられるまでの1週間は、閉鎖空間ってことと孤児が私だけだったから確かに酷いものだったし、実技があまりにも訓練にならないから6ヶ月間みっちり勉強して、実力アピールしまくったから。

 彼らは私を一人にしたくないと思ってるんだろうし、同時にやればできると思ってるから勉強を詰め込もうとする。

 正直なところ、一夜漬けは得意だ。こう言うことに関しては要領がよくって、前世でもテスト2日前くらいから短期集中で勉強してればいい点数は取れた。こっちでは覚えた知識は忘れたら死ぬ確率が増えるかもなんて強迫観念もあって、今のところは殆ど忘れてない。もしかしたら、頭の出来が前世よりいいだけかも知れないけど、だからやろうと思えば今からだって4年への進級試験合格は目指せる。

 だけどそもそも飛び級が認められてないんだから、今わざわざ詰め込まなくていいよね。


 「.........まあ本人がそう言うなら仕方ないね。ディア、この本はどうする?これは僕のだから読みたければ言ってくれれば読ませてあげられるよ」

 「本当ですかっ」


 やたっ。勉強しなくても良いなら是非読みたいんだよね。


 「キーディアちゃん、現金なやつだなあ」

 「揺れる尻尾が見えるようで、ほんに可愛いのう」


 だって、1年の図書館にある本は孤児院にあるのと殆ど似たような内容で面白くもないんだよ。買おうとすると高いし、あしながじさんに頼るっていうのも、卒業後のことを考えたらあんまりしたくない。かといってルーセル先輩の家は本を読みにいきます何て言える距離じゃないし、近いキュリーの家には魔術書なんて置いてないからなあ。

 今のところは暇なんです、私。

 

 「そういえば、マッグケーン先輩は新年どうやって過ごすんですか?」

 「ん?新年祭の開会式典は賓客として出なきゃなんねえんだよな。あ、ゼルガくんが稽古つけてくれるってことだから多分城かキュリーん所に居る予定」

 「あー.........えーと.........」

 「頑張ってね、ケーンくん」

 「.........おそらく帰ることなど出来ぬだろうよ。我が家は宿泊できるように準備が進んでおる」


 キュリーは楽しい新年を迎えられると信じているマッグケーン先輩に聞こえないように囁いた。

 新年祭、無事に出られるといいね、マッグケーン先輩。


 「ルーセルは実家に帰るのであったか?」

 「うん。師匠が帰ってきて実験に付き合えって。セルマ先生と帰る予定だよ」

 「そっちも大変そうですねえ」

 「ケーンくん程じゃないけどね。ディアは?」

 「孤児院で過ごします。今年は美味しいものとか毛布とか買っていってあげようと思って」

 「ふうん。じゃあ、演習を一回増やそうか。そしたら、臨時収入もはいるよ」

 

 進級試験は、年が明けてちょうど1ヶ月後なのが通例だ。ルフェダオス学園のある場所は王都の北で、2月3月は雪が深い。だから、その時期は長期の休暇になるんだ。雪が深くなる前に帰省する貴族も居るから、試験の日程がずれることは殆どないらしい。

 勉強に時間をとることも考えて、それまでにあと3回、討伐演習に行く予定になった。

 細かい行き先と日程を詰めて、私たちは解散した。もちろん、私はルーセル先輩から数冊本を借りてだ。うーん、新しい魔術書は心が踊るねえ。こっちは娯楽が少ないから、楽しいことっていったら読書ぐらいしかない。あ、魔術勉強は半分娯楽には居るかも。そもそも魔術を勉強し始めたのは、60%が打算的な理由で残りの40%はミーハーな理由だしね。

 っていうか、あの魔術師は誰だったんだろう。小遣い稼ぎ(アルバイト)のときに探してるんだけど、今のところ討伐隊では見つけられてない。できれば弟子入りさせて貰いたいんだよねえ。.........やっぱり傭兵とか?だったら見付けるのも不可能だよね、きっと。はあ。

 でも、今日のルーセル先輩、なんか変だったな。絶対見落としちゃいけない何かがあったような気がするんだけど、それが何だかわからない。嫌な予感って言うか何て言うか。

 考えても仕方ないかな。こういう、喉元まででかかってる状態って考えても閃かない。なんにも考えずに置いとくとピンとくるものだ。

 私は、ふうとため息をついて帰り道を急いだ。



 

 

 風は冷たいけど、日差しは暖かい。

 私は少しでも熱を集めるべく、真っ黒の上着を来て集合場所にいた。

 今日は、試験前最後の3回目の討伐演習だ。軽いものにしようって探したら一番近いブカレス平原のものしかなかった。あそこはあんまりいい思い出がないけど、今回は試したいこともあるし楽しみなんだよね。

 早く誰か来ないかなーなんて思ってたら、すぐにルーセル先輩が顔を出した。


 「おはよう、ディア。早いね」

 「ルーセル先輩!おはようございます。今日はスッゴく楽しみで早く目が覚めちゃったんです」

 「たのしみ?どうして?」

 「ちょっと試したい魔術があって、闘技場では練習もしてたんですけど、実戦で使えるのか試したくて!」

 

 ルーセル先輩は私のテンションの高さにちょっと驚いてたけど、やがて思い付いたように笑った。


 「ああ、もしかしてこの間貸した本の?もう読み終えたんだね」

 「読み出したら止まらなくて。演習終わったら返しにいきますね!貸してくれてありがとうございました」

 「どういたしまして。あ、どうせならディアの部屋に置いておく?他の本はちょっと難解だから、今貸してるのも手元に合った方がいいし。僕は本持って帰らないから、全部貸し出すよ」

 「いいんですか?あ、でも先輩の勉強は?」

 「僕は帰省するんだよ?僕が持ってる本だって向こうには揃ってるし、なんの問題もないよ」

 「うわあ、ありがとうございます!」


 年末年始の休暇で、予定が入ったのは孤児院に居る3日と新年祭の1日だけだ。キュリーやマッグケーン先輩は身分が高いから社交というのをしなければならなくて、遊ぶ時間がとれないかもと残念そうに言っていた。ルーセル先輩の家は貴族のなかでも家格が低いから、こういう時はのんびりできるんだって。

 そんな会話をしているうちに全員揃って、私たちは平原へと繰り出した。

 

 新しく出来るようになったもので今回試したいのは『同時撃ち』だ。

 普通魔術は対象物1つにかけるもので、それは陣から産み出される。どの魔術を使うのでも、陣は個人特有のひとつしかない。単純に属性を変えるだけならそう難しくはないけど、同時に別属性を使いたい場合は魔術式を2つ同時に計算しなきゃいけない。

 魔術は魔法じゃない。魔力なんて最初は何言ってんのって.........あ、前世の記憶がなかった時があるから思わなかったな.........ふ、普通は思うだろうけど!こっちでは当たり前にあるものだ。それを使うための学問が魔術で、想像するだけで火を生み出せたりする訳じゃない。転移とか出来ないしね。

 理を解し式を解き、解を導き陣と成すっていうんだけど、つまり火を出そうと思ったらそれ用の理論と公式を覚えて計算して、その答えを陣として描く。それでやっと魔力を魔術にできる。

 2属性以上の魔術式を計算するには、ちょっと違うけど連立方程式みたいな、2つの解を同時に求められる公式があるから、それを使って陣を描かなきゃいけない。私はそれを習得したから、ちょうど今回の演習で練習の成果を試したいって思ってたんだよね。




 「ちょっとまだ遅いね。前衛がいるって言っても、もう少し早くできた方がいいよ」

 「うーん、やっぱりですか.........どうしても同時進行って遅くなってる方に合わせちゃうんですよね。計算できなくはないんですけど」

 「計算自体は詰まる?」

 「それはないです」

 「じゃあ慣れだよ。訓練、付き合おうか?」

 「助かります。ここで躓いてたら、3属性とか無理ですよね」

 「理論は理解してるんだ?じゃあやっぱり訓練しかないよ」


 机上で計算するだけなら4属性まで理解してる。5属性になるとややこしすぎて、何度もミスするけど。

 私は、ルーセル先輩に指導してもらっていた。今はご飯を食べてるんだけど、いつもより頭を酷使したからすごいお腹減ってる。減ってるけど、やっぱりできる人にアドバイスしてもらえるとすぐに訓練したくなる。新しい玩具を手に入れた子供みたいだ。


 「キュリー、さっきまでの二人の話理解できた?」

 「理解しようとすることなどとうに諦めておる。以前二人が頭の中でやっている計算を書いてもろうたのだが、難解すぎて二度と見とうもないな」


 むー、確かにさっきまで計算式を細かく解説してもらってたけども、そこまで言わなくてもいいのに。それにキュリー、あれはルーセル先輩がふざけてやたら難しいのを出しただけで、もっと簡単なのもあるよ。

 まあでも、遅いと言われたけど一応ちゃんと使えたし、頑張って訓練しよう。


 「なあ、こんなのほんとに頭ん中でやってんの?」


 うん。

 マッグケーン先輩の言葉に頷くと、先輩は地面に書かれた式と私を見比べて変なものを見たような顔をした。

 むう、失礼だな、もう。


 


 

 





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