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伝説の聖骸布を布おむつにしたら、勇者の隠し子が《聖王》になった  作者: あゆと


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四歳の息子の「ちょっと不思議」が、ちょっとでは済まなくなってきました

三歳でぴかぴかおむつを卒業してから一年。四歳になったルウは、できることがずいぶん増えていた。


朝は自分で服を着ようとするし、宿の食堂でも皿を運んだり、卓を拭いたりと、何かにつけてセイルの手伝いをしたがる。もちろん全部を一人で任せられるわけではなく、上着を裏返しに着たまま得意げに現れたり、仕事を一つ終えるたびに褒めてもらいに来たりするところは、まだまだ四歳児だった。


「とうちゃん、これルウがもつ!」

「水入ってるから、ゆっくりな」

「だいじょうぶ! ルウ、よんさいだから!」


ルウは水差しを両手で抱え、こぼさないよう一歩ずつ慎重に進んだ。少し水面が揺れるたびに足を止めるのでずいぶん時間はかかったが、どうにか卓まで運び終える。


置いた瞬間、ぱっと振り返った。


「できた!」

「ああ。上手だったぞ」

「ほめて!」

「今、褒めただろ」

「もっと!」


結局、頭まで撫でることになった。ルウは満足そうに目を細めると、すぐに次の仕事を探して食堂の中をきょろきょろと見回し始めた。


三歳まで布おむつとして使っていた白布も、今ではすっかり生活の一部になっている。昼寝の時はお腹へ掛け、夜は抱いて眠り、遠出をする時には自分の小さな鞄へ必ず詰め込んだ。


ルウはもう、それを「おむつ」とは呼ばない。


「とうちゃん、ぴかぴかのおふとん、どこ?」

「昨日、自分で椅子に置いただろ」

「あった!」


見つけると、それだけで安心したように抱きしめる。


そして四歳になった頃から、その「ぴかぴか」と同じような光を、ルウ自身が見せることも少しずつ増えていた。



最初は、本当に小さなことだった。


宿の窓辺に、女将が大事にしている鉢植えがあった。毎年たくさんの花を咲かせていたものだが、その年は急に弱り始め、葉までぐったりと垂れてしまった。


「今年はもう駄目かねえ」


女将が残念そうに呟くと、横で見ていたルウが鉢へ近づいた。


「おはな、いたい?」

「痛いかどうかは分からないけどね。元気がなくなっちまったみたいだよ」


ルウはしばらく花を見つめ、それから小さな手で葉をそっと撫でた。


「げんきになってね」


ほんの一瞬だけ、指先に淡い黄金色の光が灯った。


セイルもそれを見ていたが、光はすぐに消えた。二歳の時に切った指を治された経験があるので、また何かしたのだろうかとは思ったものの、その場で花が急に起き上がるようなことはなかった。


ところが翌朝、女将の大声が宿へ響いた。


「セイル! ちょっと来てごらん!」


窓辺へ行くと、昨日まで垂れていた茎が真っ直ぐに立っていた。枯れかけていた葉まで瑞々しさを取り戻し、開かずに終わると思われていた蕾が二つ、綺麗な花を咲かせている。


「……元気になってますね」

「水も肥料もいつも通りだよ。昨日まであんなだったのにねえ」


二人で首を傾げているところへ、寝起きのルウが白布を抱えながらやってきた。


花を見つけた瞬間、顔がぱっと明るくなる。


「おはな、げんきになった!」

「ああ。ルウが治したのか?」

「ルウ?」


本人は何を聞かれているのか分からないらしい。


「昨日、ぴかぴかしただろ?」

「した?」

「覚えてないのか?」

「おはな、げんきになってってしたよ」


ルウの中では、それだけだった。


魔法を使ったつもりも、何か特別なことをしたつもりもない。ただ弱っている花を見て、「元気になって」と思った。それだけらしい。


セイルも無理に詳しく聞き出すことはしなかった。


治癒魔法の存在そのものは珍しくない。この世界には聖職者や治癒術師もいるし、旅の途中で何度も見たことがある。


ただ、普通は訓練が必要だった。魔力の扱い方を覚え、術式を学び、治癒に適した力へ変換する。それをルウは誰にも習わず、言葉すらろくに話せなかった二歳の頃からやっている。


「……やっぱり、魔法の才能がかなりあるのか?」


セイルはそう考えたが、それ以上の答えは出なかった。


何より本人は元気だった。


なら、今はそれでいい。



力が少し変わっているからといって、セイルはルウを特別扱いするつもりはなかった。


できることは褒める。危ないことは止める。悪いことをすれば教える。


それは今までと何も変わらない。


ある日の市場でもそうだった。


「とうちゃん! これ、おいしそう!」


赤い果物が山積みになった店を見つけ、ルウが嬉しそうに駆け寄った。つやつやした実の中から一番大きなものを見つけると、何も考えずに手を伸ばす。


「ルウ」


セイルが少し低い声で呼ぶと、手がぴたりと止まった。


「まだ買ってないだろ。お店の物を勝手に触ったら駄目だって、前にも言ったよな」

「……みたかっただけ」

「見るのはいいよ。でも、触りたいならお店の人に聞こう」


ルウは不満そうに唇を尖らせたが、少しすると小さく「はい」と答えた。セイルに促されて店主の方を向き、ぺこりと頭を下げる。


「ごめんなさい」

「いいよ、いいよ。ちゃんと謝れて偉いな」


店主は笑って許してくれた。


だが、それからルウは妙に静かだった。


買い物を終えて宿へ戻る間も、いつものように道端の物を見つけて「あれなに?」「これなに?」とはしゃがない。セイルの手だけはしっかり握ったまま、俯き気味に歩いていた。


セイルも少し気になったが、すぐに答えを聞き出そうとはしなかった。叱られて拗ねているだけなら、少し時間が経てば戻るだろうと思っていた。


そのまま夕食を食べ、風呂へ入り、寝る準備を始めた頃だった。


ルウがぴかぴかの白布を胸に抱えたまま、セイルの服の裾をちょこんとつまんだ。


「とうちゃん」

「ん?」


返事をしても、なかなか続きを言わない。


セイルがしゃがんで目線を合わせると、ルウはしばらく迷ったあと、不安そうな顔で尋ねた。


「……ルウのこと、きらい?」


「え?」


予想していなかった言葉に、セイルは思わず聞き返した。


「なんでそう思ったんだ?」

「きょう……とうちゃん、おこった」


そこでようやく意味が分かった。


セイルはルウの両肩へ手を置いた。


「嫌いだから怒ったんじゃないよ」

「ほんと?」

「本当。お店の物は、勝手に触っちゃいけない。それをルウに覚えてほしかったから言ったんだ」


ルウはじっとセイルの顔を見ている。


まだ完全には安心していないらしい。


「とうちゃん、ルウのこと嫌いになったことないぞ」

「……ずっと?」

「ああ。ずっと好きだよ」


その瞬間、ルウが飛びついてきた。


胸に抱えていた白布ごと、セイルの首へぎゅっと腕を回す。


「とうちゃん!」

「うわっ……どうした?」

「ぎゅーして!」

「はいはい」


抱き上げると、ルウは安心したように頬を肩へ押しつけた。


しばらくしてから、セイルは背中を撫でながら言う。


「でも、悪いことしたらこれからも怒るからな」

「……やだ」

「そこは駄目」

「やさしくおこって」

「できるだけな」


少し考えてから、ルウは「じゃあ、いい」と答えた。


何が「いい」のかはよく分からなかったが、ようやく笑顔が戻ったので、セイルもそれ以上は追及しなかった。


特別な力があったところで、四歳児は四歳児だ。


間違えれば教えなければならないし、不安になれば抱きしめてやればいい。


セイルにとって大切なのは、そちらの方だった。



その年、ルウの不思議な力は少しずつ人目に触れるようになっていった。


転んで膝を擦りむいた宿の従業員へ「いたいの、とんでけ」と言えば、傷口が薄くなる。厨房で火傷をした女将の手を握れば、赤くなっていた肌が数分で元に戻った。


どれも治癒魔法で説明できる範囲ではあった。


問題は、それを使っているのが四歳の子どもだということだった。


しかもルウは呪文を唱えない。魔法陣も使わない。魔力を集中させている様子すらなく、ただ「痛くなくなってほしい」と思った時に光が出る。


それでもセイルは、ルウへ人を治すよう頼むことはしなかった。


「ルウ。自分から何でも治そうとしなくていいからな」

「なんで?」

「ルウが疲れたり、身体が痛くなったりするかもしれないだろ」

「ルウ、げんきだよ!」

「今はな。だから、誰かが怪我したらまず大人を呼ぶ。分かった?」

「わかった!」


返事は元気だった。


そのあとすぐ厨房へ走っていったので、本当に分かっているかは怪しかった。


それでもセイルは、同じことを何度でも教えればいいと思っていた。



四歳も半ばを過ぎた頃。


宿の女将から頼まれ、セイルとルウは町の教会へパンを届けることになった。


教会には小さな孤児院が併設されており、その日は町の店が食料を持ち寄る日だった。ルウも「ルウもはこぶ!」と張り切り、自分で持てるだけの小さな籠を抱えてセイルの後ろを歩いている。


「重くないか?」

「へいき!」

「疲れたら言えよ」

「ルウ、おにいちゃんだから!」


最近は困ると何でも「お兄ちゃんだから」で乗り切ろうとする。


セイルが苦笑しながら教会の扉を開けた。


その瞬間だった。


祭壇の左右に置かれていた聖灯が、一斉に大きく燃え上がった。


「うわっ」


セイルが思わず足を止める。


魔法で灯されている白い炎が、淡い黄金色へ変わっていた。


近くにいた神官たちまで驚いた顔で祭壇を見る。


「聖灯が……?」

「何もしていないぞ?」


ルウだけは何が起きたのか分からず、パンの籠を抱えたまま首を傾げている。


「とうちゃん、どうしたの?」

「いや……何だろうな」


セイルが歩き出すと、ルウも後ろからついてくる。


すると今度は、祭壇に置かれた銀杯の中の聖水が淡く光り始めた。


壁に掛けられている古い聖印まで、かすかに震える。


さすがに教会の空気が変わった。


年配の神官が、驚きを隠せない顔でこちらへ近づいてくる。


「失礼ですが……そちらのお子さんは?」

「息子です。ルウといいます」


神官はルウを見た。


それから、黄金色に燃える聖灯を見る。


「今までに、何か不思議なことが起きたことはありますか?」


セイルは少し迷ったが、隠すようなことでもないので答えた。


「二歳くらいから、たまに治癒魔法みたいなものを使います。最近は花が元気になったり、軽い傷を治したりもしてますけど」

「二歳から?」

「はい。誰にも習ってません」


神官の表情がさらに固くなった。


「少しだけ、確認させていただいてもよろしいでしょうか。もちろん危険なことはいたしません」


セイルはまずルウを見る。


「どうする?」

「なにするの?」

「石に触るだけだそうだ」

「とうちゃんもいる?」

「ずっといるよ」


それを聞いたルウは、すぐに頷いた。


「じゃあ、いい!」


用意されたのは、子どもの魔法適性を見る時にも使われる小さな聖石だった。聖力を持つ者が触れると反応する、ごく一般的な教会道具らしい。


神官が卓の上へ置く。


「この石に、指で触れてください」

「ちょん?」

「ええ。ちょん、とするだけです」


ルウは嬉しそうに人差し指を伸ばした。


「ちょん!」


触れた瞬間。


ぱあっ!


聖石から黄金色の光が溢れた。


「わっ!」


驚いたルウが慌てて指を離したが、もう遅かった。


祭壇の聖灯がさらに大きく燃え上がり、銀杯の聖水が眩しいほど輝く。教会の奥に吊るされていた小さな鐘まで、誰にも触れられていないのに澄んだ音を響かせた。


カァン……。


その場にいた神官たちが、言葉を失った。


ルウだけが、自分の指を見ている。


「とうちゃん」

「ん?」

「ルウ、こわした?」


「たぶん壊してない」


セイルが神官を見る。


「壊れてませんよね?」


「い、いえ! 壊れてはいません!」


神官は慌てて聖石を確認した。それから、もう一度ルウを見る。


「ただ……私は長く神官をしておりますが、これほど複数の聖具が同時に反応するのは初めて見ました」

「そんなに珍しいんですか?」

「珍しいどころでは……」


そこまで言って、神官は一度口を閉じた。


まだ断定できることではない。


だからこそ、慎重に言葉を選んだ。


「この町の教会だけで判断してよい事柄ではないと思います。今日のことと、これまでのお話を王都の大聖堂へ報告してもよろしいでしょうか?」


セイルが真っ先に確認したのは、ルウの地位でも才能でもなかった。


「この子に何か危ないことをさせたりしませんか?」

「いたしません。まずは記録を送り、上位の神官に判断を仰ぐだけです」


それなら、とセイルは了承した。


話が終わる頃には、ルウはすっかり退屈していた。


「とうちゃん」

「ん?」

「パン、くばっていい?」

「ああ。待たせて悪かったな」


ルウは嬉しそうに籠を抱え直し、孤児院の子どもたちのところへ走っていく。


「パンだよー!」


先ほどまで教会中の聖具を光らせていた子どもは、そんなことなどもう忘れたように、一つずつパンを配り始めた。


神官は、その小さな背中をしばらく見つめていた。


その日の夜。


町の教会から王都へ、一通の報告書が送られた。


そこには、四歳の少年が無詠唱で治癒に似た現象を起こすこと。


植物にまで回復現象が確認されていること。


そして教会へ入っただけで複数の聖具が反応し、聖石へ触れた瞬間、聖灯、聖水、聖印、聖鐘までもが同時に反応したことが記されていた。


報告書の末尾には、神官自身の手で一文が添えられていた。


『通常の聖力適性とは明らかに異なる。大聖堂による確認を願う』


まだ誰も、《聖王》という言葉までは口にしていなかった。


だが、ルウの「ちょっと不思議」は、もうセイルだけが首を傾げて済ませられる段階ではなくなり始めていた。



一方その頃、王国は勇者アレンを魔王軍との戦いへ向かわせるため、新しい方法を使い始めていた。


命令では動かない。


使命を説いても聞かない。


ならば、本人が欲しがるものを餌にすればいい。


「こちらの砦を奪還された場合、陛下より特別報奨金が下賜されます。さらに王都にて、勇者様のための凱旋式を開催する予定です」


王国軍の指揮官が説明すると、アレンの顔が一気に明るくなった。


「凱旋式!? どれくらいデカいやつ?」

「大通りを封鎖し、王都の民衆が勇者様を迎える規模を予定しております」

「それ先に言えよ! やるやる!」


七つの神力を持つアレンが本気で戦えば、やはり強かった。


魔王軍が占領していた砦は、一日も持たなかった。


《聖盾》で敵の攻撃を正面から弾き、《無限魔力》で大魔法を撃ち込み、《神速》と《剣聖》で残った魔物を次々と斬り倒す。


日が暮れる前には王国の旗が砦へ戻った。


「弱っ! こんなのに今まで苦戦してたの!?」


城壁の上でアレンが大笑いし、兵士たちが歓声を上げる。


その直後、指揮官が急いで地図を持ってきた。


「勇者殿。敵将の部隊が北へ退却しております。今追撃すれば、魔王軍の将そのものを討ち取れる可能性があります」

「北って、どれくらい?」

「急行すれば二日ほどです」

「二日?」


アレンの顔から笑みが消えた。


「じゃあ往復で四日じゃん。無理無理」

「……は?」

「俺、凱旋式あるだろ?」


指揮官は耳を疑った。


「しかし、敵将をここで逃せば、再び兵を集めて戻ってくる可能性があります」

「いやいや、俺もう砦取ったじゃん! 約束達成してんだけど!?」


アレンは本気で不満そうだった。


「追加で仕事させようとすんなよ。そいつらは騎士団で追えばいいだろ?」

「敵将は、我々だけでは極めて危険な相手です」

「だったら成長するチャンスじゃん!」


指揮官は言葉を失った。


アレンはむしろ良いことを言ったと思ったらしく、満足そうに頷く。


「何でも俺に頼ってたら駄目だって! 俺がいなくても戦えるようにならねえとな!」


そう言って、もう王都へ帰る支度を始めている。


砦は奪還された。


だが、逃げた魔王軍の将は無事に本隊へ合流した。


王国は少しずつ、勇者アレンを戦場へ向かわせる方法を覚え始めていた。


同時に、どれほど強大な力を持っていても、その中身まで英雄になるわけではないことも。


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