1話 滑舌デバフなんて聞いてない!
この作品は以前投稿していた作品のリメイク版になります。
ストーリーや設定、文章など一から見直しながら更新していきます。自分のペースでゆっくり執筆していく予定なので、待ってくださる方は気長にお待ちいただけると嬉しいです。
この作品は滑舌デバフを抱えた貴族の少年に転生した男が、自身の前世と今世を通して第二の人生を歩んでいく物語です。個性溢れるキャラクター達を登場させたいなと思っているので、ぜひ読んで楽しんでいただけると幸いです。
それは俺が3歳の誕生日を迎え、数日経った時だった。
当時の俺は好奇心旺盛で破天荒な小さな子供だった。俺は好奇心に駆られて、使用人達が街へ行くと聞き付けて、隠れて馬車へ乗り込んだ。3歳児の少年の体は簡単にバレずに身を隠すことが出来た。馬車の荷車と共にガタガタと揺らされて、数時間…そろそろ馬車にも飽きかけていた時に馬車の揺れが止まって声が聞こえた。
「この辺で一度、休憩にしよう」
使用人達はゾロゾロと馬車から降りて、背伸びをし、会話を交わす。その間に俺はこっそりと馬車を離れ、森の奥へと歩みを進めた。
森の木々の隙間から、太陽の光が差し込み、それらは真っ直ぐのまるで道を示しているかのように輝いていた。俺はそれに誘導されるがまま、道を進んで行った。暫く森を歩き続けていると、開けた場所に出た。
『きれいなおはな…』
そこには中心に一輪の水のように透き通ったガラスのような花が咲いていた。キラキラと輝く、その一輪の花よりも美しいものを見たことない程に神々しく、神秘的な花だった。
当時の俺はその花がどんなものかも知らず、ただ好奇心のままに手を伸ばした。指先が少し触れたか触れてないかの境目のところで、キーンと高く綺麗な音が響いた。
ドクッ。
まるで誰かに心臓を鷲掴みされたような衝撃が胸を貫いた。思わず胸を押さえて倒れ込む。ドクドクと流れる滝のような汗と開き切った瞳孔、余りの痛みでただ舌を噛むことしか俺には出来なかった。
ぐちゃぐちゃと視界が揺れ、曲がり、湾曲していく。息が詰まる。脳裏に膨大な見覚えのない景色が雪崩込む。怒号、暗闇の中の光、質素な食事、謝罪、涙、小さな平和と表情豊かな少女の姿。
『あなたはだーれ…?』
そう言って、俺は意識を失った。
あの記憶は紛れもなく、ある男の一生涯だった。
──そして、その男こそ俺の前世だった。
「……て…!し……て!」
誰かの泣き叫ぶ声が聴こえる。
ゆっくりと瞼を開く。ぼやけた視界の中で、ぱちぱちと何度か瞬きを繰り返した。少しずつ焦点が合い、視界が鮮明になるとそこにはいつもの天井が広がっていた。そのすぐ傍には涙を流す銀髪の美しい女性が居た。
『はは…う…え……?』
俺がそう舌足らずに口にすると、母は涙を零しながらも笑って俺を抱き締めた。
「良かった…!目を覚ましたのね…良かった、本当に…本当に……」
そう言って、涙ぐむ母の背中をソッと撫でる。ガチャと扉の音が聞こえて、黒髪の大きな男が部屋を覗く。扉を開いた瞬間、男はまるで凍ったかのようにカチンと固まってからバタバタと忙しなく、駆け足でこちらへやって来る。母はその勢いに押されて、俺から離れる。男が俺の肩を掴むと大きく目を見開いてから、俯いてしまった。その逞しく、大きな腕からプルプルと震えているのが伝わってくる。この勇ましく、逞しい男が俺の今世の父親だった。
「無事、目覚めたんだな…!!」
そう鼻を啜りながら、顔を上げて言った。父のその言葉に間髪入れず、母は必死な様子で俺の腕を掴むと身体のあちこちを検査するように見渡す。
「怪我は??どこか、調子の悪いところはない??」
母の言葉に父も同じようにハッとした顔をすると両親共々、息子の身体をまじまじと見始めた。
そんな心配性な両親に
大丈夫と
その一言を発したはずだった。
『あ…○ゞ☆✗ぅ(大丈夫!)』
口から出るのは聞いた事のない不思議な発音の言葉だけで、呂律も上手く回らないような気がした。確かに自分はハッキリと発音した。その筈なのに、口から出てくる音は全く違ったものだった。
それに2人は驚いたように固まると少し困惑するような表情を母は浮かべ、父はそれを落ち着かせるように母の肩にソッと手を置いた。
「え…?ぎ、ギル?今、なんて…?」
「ギル…お前はきっとまだ混乱しているんだな!大丈夫だ。すぐに元気になるさ!だから…今は休みなさい」
違う!そうじゃない!ハッキリと頭では言えているし、口もちゃんとそう言ってる。でも、言葉が…
まるで、言葉そのものが壊れてしまったみたいだった。
そう訴えるように母の腕を掴んで、ジッと両親の目を見つめた。だが…
「ほら、今はゆっくりしていなさい。大丈夫…すぐに良くなるから…」
そう言って、頭を撫でられる。両親は念の為医者を手配する、と言って部屋を後にしてしまった。
部屋に静寂が戻る。バタリとベッドに倒れ込む。俺は一人、3歳児には無駄に広い部屋で天井を見上げた。
(いや…待て。)
異世界転生ということは百歩譲っていいとして…
『あ"…○ゞ☆✗ぃ彡!(滑舌デバフは聞いてない!)』
そんな俺の心の叫びも、大きな屋敷にはただの雑音と同じだった。




