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7/10

第7話:甘いのはスイーツだけにして。元婚約者様、貴方、最近笑いすぎです。

王太子アレクシスは、今日も来た。


しかも朝イチで。


開店準備をしている最中に、ドアが開いたのだから、私は思わず無言になった。


「……まだ開店してないけど?」


「開店を待つのも悪くないと思って」


「……なら厨房で皿でも磨いてなさい。開店前のお客様は、労働でおもてなしします」


「労働付きとは、新しいサービスだな」


「喜ばなくていいわよ」


そう言いながら、私はいつもどおりカウンターへ立ち、

コーヒー豆を丁寧に挽き始めた。


香ばしい香りが立ち上る。


それだけで少し気が落ち着くのだから、

私は本当に、コーヒーに救われているのかもしれない。



開店後。午前中は静かだった。


アレクシスはいつになく饒舌だった。


「この間のミルフィーユも良かったが、あのチーズケーキは絶品だった」


「元婚約者にしては、評価が甘いわね」


「君の料理は昔から美味しかった。あの頃、気づくべきだったと思ってる」


「……気づいてても、多分同じ結末だったわよ。

“優しいマリア様”が側にいたら、そちらを選ぶのが王太子ってものでしょう?」


「そうじゃない。──少なくとも今の俺は、そう思ってない」


私は一瞬、言葉を失った。


──なに、その声。


まっすぐで、少しだけ寂しげで、でも本気で。


そんな顔、あの断罪の日には見せなかったくせに。


「……笑ってばっかりじゃないのね。最近の貴方」


「このカフェにいると、笑いたくなるんだよ。君がいるから」


「──甘いわね、王太子様」


「君のコーヒーほど、苦くはないけどな」


「うまいこと言ったつもり? 10点。塩入れていい?」


「やめてくれ」


──でも、私も笑っていた。


皮肉まじりで、少しだけ、本心が混じっていた。



午後、アルヴェインが裏口から静かにやってきた。


「エリザベート様」


「なに? スプーン磨きの追加?」


「いえ……お話が。少し、いいでしょうか」


ふたり、店の裏庭へ。風が少しだけ涼しい。


アルヴェインは、少し迷うように、けれどはっきりと私に言った。


「……王太子との関係が、元に戻ることを、望んでいますか?」


「……どうかしらね。昔なら、そうだったかもしれない。

でも今の私は、“追放された女”としてじゃなく、“店主”としてここにいる」


「……そうですね。でももしも、あなたが再び彼に心を許せば──

この穏やかな場所も、喧騒に巻き込まれることになるかもしれません」


「分かってるわ」


私は笑った。


「だから、私は“今”を見てるの。コーヒーを飲むお客の顔。甘いスイーツを頬張る笑顔。

それを守るために、私はここで毒舌を吐きながら働いてるのよ」


「……なら、安心しました」


「ありがとう。あなた、妙に真面目ね」


「あなたが妙に不真面目なだけです」


「毒舌返し、上手くなったわね」


「店主の影響ですから」


ふたり、笑った。


不思議と、今はそれだけで十分だった。



その夜。


閉店間際の店で、アレクシスがカップを片手にぽつりと聞いた。


「エリザベート。……君は、今、幸せか?」


「……少なくとも、王宮にいた頃よりは、確実に」


「……そっか」


「どうせなら、そっちも追放されてみたら? 案外、人生楽しくなるかもよ?」


「……それも悪くないかもな」


「冗談で言ったのに……」


静かに笑う彼を見て、私は少しだけ目を伏せた。


──甘いのはスイーツだけでいい。

私の心は、まだ少し苦くて、冷たいまま。


でも、それでもいいと思えた。


きっと、少しずつでいいから。

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