第6話:今日も来ました、元婚約者。あとついでに、他の男たちも増えてきました。
「──あのね、これは本当に聞きたいんだけど」
私は、コーヒーのポットを片手に、深々とため息をついた。
「なんで店の外に男性客ばかり行列作ってるの!?」
店のドアの前には、王都からの馬車組、地元の農夫、冒険者風の旅人──
とにかく、「男」「男」「また男」の花が咲いていた。
アルヴェインはさも当然のようにカウンターの奥で食器を拭きながら答える。
「それはきっと、店主の笑顔があまりにも尊いからですね」
「は?」
「毒舌の裏に見え隠れする優しさと、たまに見せる照れ顔。
そして甘さ控えめの極上ブリュレと、王国一の深煎り。──ええ、完璧です」
「あなた、私の何を見てるのか怖くなるわよ……」
さらに驚くべきことに、今日はあの人まで、当たり前の顔をして座っていた。
「エリザベート、今日のケーキは何だ?」
「“元婚約者様”は黙ってなさい。常連ぶるのやめてくれる? 本気で胃が痛いの」
王太子・アレクシスは、昨日の謝罪以来、なぜか日課のように通ってくるようになった。
「本日のケーキはレモンの香るミルフィーユ。甘さよりも酸味を効かせた“大人の味”。
……あなたにはちょっと苦いかもしれないけど、どうぞ」
「……わざとだろ?」
「気のせいじゃない?」
──私は本当に、この状況をどう処理すればいいのか悩んでいた。
午後になると、さらに新たな客が現れた。
カランコロン──
「……やあ、君が噂の店主か。悪役令嬢で毒舌で、そして最高の味覚を持つという──」
「……誰?」
「名乗るほどの者ではないけど、強いて言うなら“侯爵家の三男”だ」
「強いて言う必要がないわね」
「そう言わずに。王都で君のブリュレを食べた者が、あまりに感動していたからね。
わざわざ味の真偽を確かめに来たんだ」
──来なくてよかったのに。
しかしこの男、貴族にしてはやたら軽口が多い。
それでいて、料理の味の評価は的確で、言葉選びも鋭い。
「君の料理は素晴らしい。でも何より面白いのは、君自身だ」
「何それ、口説き文句のつもり? 安っぽいわね。0点」
「辛辣!」
どうやら、また一人“面倒な常連”が増えたようだ。
──もう、“元婚約者の来店”だけで十分厄介なのに。
閉店後、片付けをしていると、アルヴェインがぽつりとつぶやいた。
「ずいぶんと賑やかになりましたね」
「うんざりするくらいにね。静かな辺境で、平穏に暮らすはずだったのに……」
「でも、楽しそうにも見えます」
私は少しだけ笑って、スプーンを拭きながら答える。
「平穏は欲しいけど、退屈はいらないのよ」
──私は追放された。でも、人生を失ったわけじゃない。
だから、もう誰にも翻弄されずに、自分の足で立っていくって決めた。
たとえ、“元婚約者”が毎日来ようが、
“侯爵家三男”がやたら口説いてこようが、
“冒険者”が気配もなく私を支えようが──
このカフェは、私のものだ。
毒舌でも、嫌われても、関係ない。
「……さて、明日はなにを出そうかしら。
“好意と未練を一緒に煮詰めたスープ”とか?」
「需要は高そうですね」
「ええ。材料が余りすぎて困ってるから」
ふたり、夜のカフェで、静かに笑った。




