精霊の子
斎藤に着いていき、奥へとやってきた俺達はその先にある質素な空間に驚いていた。コミュニティーの長ともなれば、どんな贅沢をしていても見咎められる事はないからだ。それはコミュニティー内にいる人を守っている権利でもあるし、権威を示すのに手っ取り早いからだ。しかし、斎藤は一切そういったものは置いてなさそうだった。精々が古めかしそうな壺が幾つかと掛け軸が数本のみ。これではとてもコミュニティーの長とは言えない状態であった。
「驚いたかい? 私も贅沢はしたいんだが妻が許してくれなくてね」
「奥さんは意識があるのか?」
「ああ。体を動かせない程に弱っているけどね。こっちだよ」
斎藤が言う方角へと向かえば何かの香を炊いているのか、薬草のような臭いがする。その奥へとずんずんと進んでいけばそこには一人の女性が横たわっていた。人が来た気配に気付いたのか目を開いてこちらを見た。
「あなたが人を連れてくるなんて久しぶりね」
「そうかい? 彼は前から話してた玄人くんだ」
「そう、彼が。初めまして真由美です。よろしくね、玄人さん」
「こちらこそ。お具合はどうですか?」
「今は少しだけマシね。何故か調子にムラがあるの」
そう言う真由美さんの顔は青白く染まっていた。まるで魔力枯渇を起こしているかのように。いや、常に魔力が枯渇しているのだろう。俺は気になって楓に見てもらおうとして横を向くとそこには驚きに染まった顔をする楓がいた。
「楓、どうした?」
「先輩、真由美さんに精霊が宿ってます」
「精霊? ディザスター・フォレストで時々確認される精霊かい?」
斎藤が確認を取るのに楓は頷く。
「精霊は知っての通り、魔法を使うのに必要な存在です。しかし、その存在が身近に確認された例はありません」
「まぁそうだろうな。魔力枯渇を起こしてるのも理解できる話だな」
「それはどういう意味だい?」
「つまり、精霊がお前の奥さんの魔力を吸い取ってんだよ。ところで斎藤、お前が子作りしたのはいつだ?」
「……それは必要な情報なのかい?」
「ああ」
「はぁ……。この世界になる前だから一週間とちょっと前だったはずだよ」
「この人ったらとても激しいのよ? 普段はこんなに大人しいのに」
「真由美!」
顔を真っ赤にする斎藤に笑う真由美さん。俺はそれに苦笑しつつ、答え合わせをする。それはこの流れからすればシンプルな答えだ。
「子供が宿ってたんだろうな。だが、魔力の影響を受けて精霊になった。あり得んことではないだろうな」
「それは……私達の種族を超越した存在ということかい?」
「おそらくは。どんな理由であれ、精霊が宿っているのには変わりはありません。最も真由美さんのお子さんは半精霊とも言うべき存在ですけどね。普通ならば、精霊と人との間にしか生まれないはずの存在だと思うのですが偶然の産物というものでしょうか」
「楓ちゃん、それはそんなに詳しく語っているけれど、事実なの? 玄人くんもだけど」
「いんや、根拠もない与太話だよ。けど、この際俺達の話が本当かどうかは関係ない。実際に精霊だと仮定すると真由美さんは魔力枯渇で死ぬ事になる。俺達も多かれ少なけれ魔力に影響された人間だ。実際、急な魔力枯渇で発作を起こした人間を見たことがある。精霊は魔力なしでは生きていけない。魔力体だからな。もしも魔力が無ければ……精霊は生命力を吸い取って魔力に変換するしかない」
「真由美の命を削っているということ、なのか」
「その通りだ、斎藤。というより、真由美さんは知っているはずだ。自分の命が削られていくんだ。わからないはずない」
「真由美! それは本当なのかい」
斎藤の声音に恐れが混じっている。当たって欲しくないという願望が混じった声音は真由美さんの言葉により打ち消されることになった。
「ええ、知っていたわ。この子から声がたまに聞こえてくるもの。いつも謝ってばかりなのよ」
「真由美……そんなことって」
「あなた。私はこの子を産むと決めたの。この子も分かってくれているわ。それに、元々私は結核のせいで長くはなかったのよ。魔力があれば免疫がつくみたいだから移る心配もない。だからこそ、安心してこうしていられるの」
「真由美……」
結核という病に犯された妊婦。決して生き残ることができないであろう条件が揃った上でも子供を産むと決めた真由美さんは強い人だ。俺は一人の人間として敬意を抱いた。だからこそ、救う価値がある。楓が頷くのを見て俺は一歩前に出る。
「真由美さん。あなたがどんな覚悟をもっているのかは分かった。けれど、自分を諦めちゃお終いだ。せめて最後まで足掻いてくださいよ」
「玄人くん、けれども私はもう……」
「魔力枯渇が起こらない程度に魔力を補給しつつ、結核を無くせばいい。ただそれだけの話ですよ。俺の強欲ならできる」
「そう。あなたはそのために来たものね」
「ええ。やってみましょう。それでダメなら諦めるといい。もしも結核を治せたなら子供とここにいる斎藤と一緒に歩む未来も考えてみるといいでしょう。こんな世界でも幸せになる権利は誰にだってある。誰であろうと例外はありませんよ」
誰彼構わずに救おうなどとは言わない。せめて目の前の人物くらい救いたい。俺は両親を失い、幸せを失ったが新たな幸せに恵まれたおかげで立ち直ることができた。俺のように幸せを失う人が出ない事は俺にとってもそこそこ重要なことだ。好きに生きるとは即ち、俺がやりたいと思った我が儘を押し通すこと。俺は好きなように人を助けて自己満足に浸りまくってやるつもりだ。そのためなら全力を尽くすのも惜しまない。
「さぁ斎藤。俺はお前の手助けをする。その後はお前次第だ。自分で勝ち取れ。俺も自分で生を勝ち取った。お前にもできるはずだ。お前には権力という力があるのだから」
「そうだね。君には感謝しておくよ。妻は私が生かせてみせるさ」
この時の斎藤は父親らしく見えてやけに頼もしかった風に思う。後から思えば、俺が言わずとも斎藤ならば、そうあれたはずだと思うと恥ずかしくなってくる。結局、どいつもこいつも俺の助けなど初めだけしか必要としない奴らばかりなのだ。全くもって助け甲斐の無い奴ばかりだから困ったものだ。
だからこそ、助ける価値もあるというものだ。俺の手を借りずとも生きていけることは最も望ましい結果の一つ。俺はいつまでも一つのことにかまけていられないのだから。俺は自身の持つ力を発揮すべく、真由美さんに向けて右手を向けてユニークスキルを発動した。
「さぁハッピーエンドを掴もうか。強欲!」