神との対話
俺はどうにも何かを乗り越えるための試練を与えられる体質らしい。初めてレッドアイを暴喰で喰らった時もそうであるし、強欲を手に入れる時もそうだった。そして、今回も人助けという対価として俺は盛大なる激痛に見舞われていた。
助けると豪語してすぐさま強欲を使用した俺は全ての結核菌を奪うことに成功した。それは真由美さんの状態を見ても明らかだった。それに安堵していた俺に待っていたのは強欲なる者に対する罰であった。この強欲にだけペナルティらしきものが無いと思っていたのだがそう簡単にはいかなかったらしい。この結核菌といものがどうやら進化しており、言うならば魔性結核菌とも言うべきものになっていたのだ。これが今までと違うのは魔力を伝って感染すること。更に魔力を持った事で凶暴性がアップしている。何故分かるのかと言えば、強欲で奪ったものは自分のものになる。自分のものを理解できない間抜けはいない。端的に言えば強欲の効果だろう。
「ぐぅぅぅぅぅぅうう!」
「先輩! 大丈夫ですか、先輩!」
「玄人くん!?」
「やはり、対価が……」
「あなた!」
口々に俺の心配をする声が聞こえてくるが俺は全身に力を入れるだけで精一杯だった。この激痛は体内にある魔力の中で激しく魔性結核菌が暴れ回っているからだろう。強欲の欠点は直接俺の中に奪ったものを取りこむこと。新たなものに生まれ変わるとしてもそれは変わらない。
「心配、するな。すぐに、収まる。それよりも、斎藤、真由美さんに、魔力を、与えてやれ。魔力に、飢えて、いるからな、精霊は」
「それは私だけの魔力で足りるのか?」
「あなた! 悠長にしている暇はないでしょう!」
「足りるわけが、あるか。だが、お前は、父親だ。親以外に、餌を、与える、存在は、いないだろ。くっ」
「先輩、ゆっくり深呼吸してください」
楓の言葉に深呼吸をする。この痛みは流石に予想外だ。左目を失った時でもここまで痛くはなかった。魔性の病気は案外簡単に治るが激しい痛みを患者に齎すのかもしれない。もしかしたら真由美さんの中に宿る半精霊はそれを察していたのだろう。最低限の魔力を残していたのは真由美さんの生存に必要なものだったのだ。
俺達は魔力を他者に与えることはできても吸収する事はできない。何故なら、他者の魔力を異物として認識するからだ。他者から魔力を受け取れるのは他者が無理やり魔力を流しているからに過ぎない。もちろん、スキルによる例外も存在する。楓のユニークスキルもその類のはずだ。
精霊は魔力体と呼ばれる、体を魔力で構成する生き物だ。魔力の権化と言ってもいい。魔力の扱いにおいて右に出る者はいない。他者の魔力に同調するなり、中和するなりして他者の魔力を吸収する事は容易いだろう。
より激しくなる痛みに今にものたうち回りそうになる。だが、峠を越えれば俺に新たなスキルを齎してくれるのは間違いない。ここで死ぬわけにもいかないし、弱音など吐いていられない。気合いを入れて気力を振り絞った。
「分かった。君は大丈夫なのだな?」
「当たり前だ。お前に、心配されるなんて、ごめんだぜ。精々、子供に、見限られないように、魔力を注ぎやがれ」
最後に振り絞った気力ももはや無くなってしまう。俺はゆっくりと深呼吸をした後、床に倒れるのを最後に意識が途絶えた。
『真の力を得よ。それは王の力である』
そんな言葉を幻聴を聞いて。
▽▽▽
「先輩……あなたはいつもそうですね。人のために無茶をする」
「とにかく、移動させてあげましょう」
「はい。斎藤さん、申し訳ありませんが私達はここで」
「分かった。何かあれば言うといい。私も力になろう」
「ありがとうございます」
私はそう言って先輩の体を持ち上げる。ずしりと重いものが私の肩にのし掛かる。けれども、それを気にしている余裕は私にはなかった。先輩が気を失うなんて事は今までで初めてだ。動揺するのも仕方ないと思いながらも私はいつかはこうなると思っていたのだ。
「千代さん。申し訳ありませんが魔物退治は延期になりそうです」
「そうみたいね。私もついて行った方がいいかしら」
「必要ありません。私だけで充分です。私にしか先輩は守れませんから」
「分かったわ。またね。無事を祈ってるわ」
戦力が残ることを期待してね。そんな風な声が聞こえてきた気がしたが構っている暇はない。特別急ぐこともないが安静にしている必要はあると思い、拠点へと向かって歩き始めた。
「まったく、先輩は時折、私がいないとダメですね。お二人が私に託したのも頷けるというものです」
仕方のない人です。そんな風に思って、私は笑った。大好きの気持ちは変わらずにこの胸にある。この人といるだけで私は暖かい気持ちになれる。幸せが胸一杯に満ちる幸せを感じて私はこのお人好しな人の為に今できることを成そうと決めた。それが私にできる唯一の恩返しなのだから。
▽▽▽
草原があった。太陽が燦々と降り注ぎ、汗を掻くほどの温度を齎している。その原因である太陽は何故か蒼く燃えている。まるで何かを封印しているかのように太陽には鎖が巻き付いていた。鈍色に光る鎖は地面に影を落とし、蒼い炎は地に落ちていく。草原を焼くかに思われた蒼い炎はそのまま草を燃やすことなくその場にあり続いていた。
「なんだこりゃ。意味不明なんだが」
ふと気がつけばそんな場所にいた俺はあまりの脈絡のなさに驚きを胸にたくさん敷き詰められている気分になった。要するにびっくり箱過ぎるのだ。太陽は鎖では縛れないし、草は炎で燃えるはずだ。そんな法則を無視するような事が現実で起こり得るはずがない。
「ということは、夢か。その前のことは一切覚えてないからな。なにがあってここに来たのやら全然分からんし」
ここが夢だと仮定するとしても何も覚えてないというのはおかしい。楓がいることや俺自身が暴喰と強欲を手に入れた事などは覚えているがそれ以外の同夜って過ごしていたのかという記憶が俺には全く残っていなかった。
もしもこれが意図的にそうされたのであれば俺の記憶を弄ることができるレベルの相手だと言うことだ。つまり、そいつの正体は……
「神」
「ご名答。正解だよ、玄人くん」
俺は目の前に現れた存在に全力で暴喰を解き放った。しかし、その全てを逆に喰らわれてしまう。明らかに格上の相手に俺は動揺するも顔には出さない。しかし、神はそんな俺を見て楽しんでいるかのように唇を吊り上げて笑っていた。
「はは、君は面白いね。だからこそ僕は君に目を付けたんだ。誰よりも主人公な性格の君にね」
「ふざけてるのか? 俺はお前のせいで家族を亡くしたんだぞ」
「それはそうかもしれないね。そうなるように仕組んだのは僕だ。君には悲劇を味わってもらう必要があった。普通の君では意味がないし、面白くない」
「俺に殺されたいのか? いや、死ね」
再び暴喰を放つもまたもや喰らわれてしまう。奴は俺と全く同じ力を有している。それも奴の方が格は上だ。手も足も出ないとは全く恐れ入る。どうやら俺の心すらも読めるようであるし、絶体絶命とは言わないがかなりまずい状況だ。
「せっかちな人は嫌われるよ? まぁ僕もただで君に主人公でいてもらうつもりはない。いくつか情報を与えてもいい」
「……話せよ」
「ふふ、いいね。いいよ、その表情。とても不愉快そうな顔をしている。一つ目はここは僕の領域だということだよ。そして、ここでだけ僕は殺すことが可能だ。他のどの場所で死のうと僕はここで蘇る」
「不死身か」
「そうとも言う。二つ目は君が全ての力を解放すれば僕と同じ領域に立てるという話だ。君には僕と同じ存在に、つまりは神になる資格がある。僕が魔神、魔物の創造主であるならば、君は死神、死を司り、地獄を治める主であり、番人だ。僕はその点を高く評価している。ただの人間が神になれることすら奇跡だからね。どの世界でも普通はありえない」
余裕綽々と話す神はふふと笑って俺の反応を伺う。俺が反応を示さずにいるとつまらなさそうな顔をしてすぐに次の情報を話し始めた。
「三つ目はそうだね。この世界を作り出した理由だ」
「お前の余興のためじゃないのか?」
「まぁそれもあるけど、一番は僕を殺し得る存在を探しているからだよ。僕はそろそろ死にたいんだ。そのためには魔物を使って人類を無理やり生存競争をしざる得ない環境に追い込む必要があった。スキルや魔法といった力は僕の予想を超える力を見せてくれた。魔力をばらまいただけなのにねぇ。僕を殺すのにはまだまだ弱いけど、君が持つユニークスキルならあるいは可能かもしれない」
「死にたいなら自殺でもしてろよ。俺達を巻き込むな」
「君の言うとおりだね。でも、僕は残念ながら自分で死ねないんだ。そんな事をしたら世界が崩壊してしまうからね。自殺するには世界を崩壊するほどの力が必要なんだよ。他殺ならそれほど力がいらないのに不思議だろ?」
「面倒な奴だ」
そう簡潔に答えると神は自嘲した。自ら死を選べない者が目の前にいて、死にたいが為に世界を荒らし、家族を殺す原因を作った目の前の存在に俺は静かな怒りを抱く。いい加減そろそろ限界だ。俺達は神の玩具じゃない。立派な一つの人という生命体なんだ。弄ばれるだけの存在ではないことをいつか証明してやる。
「さて、まぁ大体は教えたかな。魔物達も僕の手を離れて独自の生態系になってしまった。今後は勝手に進化を遂げていく事だろう。それは君達をより強くするために一役買ってくれるはずだ。後は君達次第だ。僕を殺せる日が来ることを楽しみに待っているよ。一応、布告もしておこう。そろそろ選別されてきたころだろうし」
「そうかい。次に会ったらぎったんぎったんにしてやるから覚えておけ」
薄れゆく意識。愉快そうに笑う神。静かなる怒り。神に手も足も出なかった悔しさ。いろんな思いと事実を知り、俺は更に強くなることを誓う事になった。両親が死んだことにとやかく言うつもりもない。しかし恨まないかと言われれば、それはまた別問題だ。俺は強さを手に入れ、いつか必ず神を殺す。そのために更に強くなる。
「覚えてろ、クソ野郎」
俺の言葉に神は嬉しそうに笑う。死を求める者が浮かべる笑みではない。狂気が宿った笑顔だ。そのクソみたいな表情を不愉快に思いながら俺の意識は彼方へと飛んでいってしまうのであった。




