特別な朝
背中を向け合って眠ったはずだったのに、目覚めると木崎が腕の中にいた。
眠っている彼の顔に、御岳は視線を止める。
深い息を吐いて、静かに眠っている。
伏せられた睫毛の影が、白い頬に落ちていた。
それから、自分の腕を見る。
木崎の腰に回されている。
下手に動かせば目を覚ましそうで、ほどくのが躊躇われた。
短く逡巡していると、木崎が「ん……」と微かな声を漏らして身じろぎする。
睫毛が震え、瞼が上がる。
眠たげな眼が、御岳を捉えた。
「……おはよう」
御岳は掠れた声で言う。
「あ……。おはよう……」
木崎もまた寝起きの掠れ声で言った。
御岳はまだ眠たげな彼を見て、口元を微かに緩めた。
俯いた木崎に、少しからかいを含んだ声を落とす。
「昨夜の続き、するか?」
木崎は弾かれたように顔を上げた。
「何もしないって言ったのは、嶽でしょ」
「何もしてないだろ」
御岳は少し遅れて、彼の腰から腕を外す。
「……そうだけど」
木崎は拗ねたように御岳を軽く睨む。
「……それで、嶽は僕と、どうなりたいの」
「どうって」
「同情なら、いいからね」
そう言って、彼は一瞬俯く。
「同情で選ばれるのは、嫌だ」
顔を上げて言い切る。
御岳は目を眇めた。
昨夜自分が触れなかったから、そう思うのか。
それとも、彼は今まで誰かにそんな風に――。
軽く身を引いた木崎の腰に、御岳は腕を回す。
「奏」
腕の中で、木崎が目を見開く。
「同情なら、言わない」
御岳は視線を外さない。
「お前のそばにいたい。……友達の距離じゃなく」
「嶽……」
腕の中で、木崎の力が抜けた。
「僕も……嶽のそばにいたい。友達としてじゃなく」
「奏」
御岳が呼ぶと、木崎は小さく息を吐いて笑う。
耳の端が赤い。
「嶽に呼ばれると、なんだか特別なものに聞こえる」
「特別だ」
乱れた髪に、声を落とす。
「特別だよ」
木崎は少し黙った。
外を走る車の音と、通学中の子供の声が聞こえた。
木崎は窓に視線を向けてから、問う。
「嶽、今日ジムは?」
「午後から。一旦家に帰って、それから出る」
「じゃあ、朝ごはん食べて行きなよ。適当なものでよければ」
御岳の胸に軽く手を触れ、木崎が体を起こす。
腕を外して、御岳も身を起こした。
「助かる。洗面所、借りていいか」
「うん。タオル、棚にあるの使って」
木崎はそのままキッチンに向かった。
御岳は顔を洗い、寝乱れた髪に手櫛を通す。
洗面所から出ると、キッチンから油の跳ねる音がした。
「すぐできるから、座って待ってて」
「手伝うこと、ないか」
キッチンを覗く。
卵をふたつ落としたフライパンが火にかかっていた。
「じゃあ、これ持って行ってて」
木崎が冷蔵庫を開け、納豆と醤油さしを手渡してくる。
リビングの座卓に運ぶ。
電子レンジの音。
食器が触れ合う音。
御岳は、しばらくその音を聞いていた。
「できたよ。お皿、取りに来てくれる?」
キッチンから木崎の声がする。
配膳を手伝い、座卓の前に腰を下ろす。
傍らの電気ポットから椀に湯を注いだ木崎が、それを差し出した。
「お味噌汁、インスタントで悪いけど」
「いや、充分だよ」
解凍した冷凍ご飯、ハムエッグ、納豆、味噌汁。
トーストで済ませることの多い御岳には、充分すぎる朝食だった。
「いただきます」
手を合わせて、木崎が箸を取る。
御岳も手を合わせ、箸と味噌汁の椀を取った。
刻んだネギが浮いているのに気づき、向かいの男に声をかける。
「ネギ、入れてくれたのか」
「ちょうどあったから」
味噌汁の湯気の向こうで、木崎が笑う。
御岳は目を細めた。
朝は、静かに続いていた。




