3−5 聖女候補は実力を示したい…狙った男に
魔法実技の授業は特待生と一部の一般生が一緒に授業を受けるが、実力差があるそれ以外の生徒は別の場所で授業を受ける。
「さあ、セシリア、君の聖魔力を皆に披露してくれよ」
ダミアン・カペルが聖女候補セシリア・ストーナーに話しかけた。
「あら、ジェラルド様は違う方に歩いている様だけど?」
「ああ、特待生と特別魔力の強い生徒は一緒に魔法実技の授業を受けるけど、我々は別の場所で授業を受けるんだ」
セシリアは表情を陰らせた。
「それ、特待生や一部の上位貴族だけ特別扱いで、平民上がりの聖女候補は差別されると言う事?」
「いや…そうだな。一番の聖女候補であるセシリアを特待生と同じ扱いにしないのはおかしいな、抗議に行こう」
ダミアンの仲間達もラッセル侯爵が怒っている、と言い張ればセシリアを特待生扱いさせる事は出来ると思えた。だから皆で抗議に行こうと気勢を上げた。
魔法実技の授業を行う練習場に移動したヨハンやテティス達は、ダミアンやセシリア達がやって来た事に眉を顰めた。ジェラルド・ファインズも眉を顰めたが、侯爵令嬢プリシア・サマセットは口元を手で隠して、瞳を細めただけだった。
やって来た教官マーロン・テナムとフランシスカ・グレイは余計な生徒がいる事に気づき、歩み寄って注意しようとした。それに対して、ダミアンの方が先に口を開いた。
「教官!聖女候補のセシリアが特待生と一緒の授業でないとはどういう事だ!?
ラッセル侯爵が後ろ盾になっているセシリアを軽んじるなら侯爵が容赦しないぞ!」
ああ、本当にラッセル侯爵の威を借りてるだけなんだ、と私は遠くを見てしまった。実力でケリをつけるならまだ好意的に見えるけど…ダミアンを好意的に見る様になったら私も終わりじゃないだろうか。
ダミアンに対しては、マーロン教官が冷ややかに対応した。
「そこは今日、一般生担当の教師が見て判断する。邪魔だから早く一般生の授業に合流しなさい」
私からはダミアン達の水気が一気に黒っぽく濁って見えた。もちろんセシリアの水気もだが、彼女は役者だった。
「酷い…見もしないで邪魔者扱いですか…」
それを聞いたジェラルドの鼻の孔が少し大きくなった。ふん、と鼻で笑ったのだろう。でもお義兄様、麗しいお顔が台無しだからちゃんと息は口から吐いてね。そしてヨハンは当然、冷ややかに微笑んでいた。俺様王子は小物の演技程度ではびくともしないのね。
セシリアの言葉に続いてダミアン達が騒ぎ出した。
「魔法学院の教官が聖女候補と侯爵を軽視するとはどういう事だ!」
「そうだ!侯爵と仲間達が黙っていないぞ!」
…侯爵の子分ぶった子供達がこの程度の事で騒いだら、その方が侯爵の沽券に関わると思うよ。プリシア様も口元を手で隠して瞳を細めている。
マーロン教官は生徒が騒いでも落ち着いて対応出来る程度には経験を積んだ教師だった。
「魔法学院の教師は王に忠誠を誓っているから、その他の貴族の意向を汲む事は無い。誰かの威光でどうこう言うのではなく、実力で聖女候補としての立場を勝ち取る事だな」
「だから、見もしないで門前払いをするのは失礼だと言うんだ!」
「だから、それなら今日行くべき授業の場所で実力を示せ。こんなところで徒党を組んで騒いでも聖女にはなれないぞ」
「何だ、その言い草は!」
「生徒を舐めているのか!?」
「お前等こそ王立魔法学院を舐めているだろう。聖女候補以外のお前等誰一人もここで授業を受ける資格はないんだぞ。お前等より魔法師としては遥かに上の実力者達の邪魔をしているのが分からないのか?いいからさっさと移動しろ」
「だから、セシリアの実力を見もしないで判断するなよ!それが不当だって言うんだ!」
「特別な圧力を受けても魔法学院は動かない。特別扱いされたければ、前期または後期の試験で良い成績を取るしかない、そういうルールだ」
ここでセシリアの水気が勢いづいた。何か思い付いたんだろう。
「前期の試験まで待たないといけないのですか?早く聖女候補として自分を高めたいんです」
セシリアは俯き加減で上目遣いにマーロン教官を見つめた。それで教官を誘惑出来るつもりなのだろうか。視界の端にヨハンの嘲笑が映った。隠す気ないよね、この俺様王子は。
「生徒がここまで言っているのに応えないのかよ!?」
「教官失格だ!」
ダミアン達が騒ぐが、騒げば自分達の思う様になると思うこいつらは根性が腐ってると思う。
でも、マーロン教官は大きなため息を吐いた。
「前期の試験で10位以内に入れば特待生扱いになる。君はここにいる特待生を押し退けて10位内に入る自信があるのか?」
「その人よりは上のつもりです」
セシリアが指さしたのは私だった。多分、ジェラルド狙いで騒いでいるだけだから、女生徒を一人蹴落とすつもりなんだろう。ジェラルドの義理の妹とダミアン達に聞いているだろうし。そして、誰が見ても上位貴族の威厳があるプリシア様に喧嘩を売る度胸は無いらしい。こちらは貧乏伯爵家出身の田舎娘だ。威厳など欠片も無い。しかし、そのセシリアの発言を聞いてヨハンが体を折り曲げがくんがくん揺れている。そこまで笑う事か。それを隠す必要があるのか。もし私の事を笑っているのなら承知しないぞ!?
「大した自信だな。なら、良い。夏休み前に前期末試験を前倒しする様に学院長に掛け合ってやる。決まり次第日程を公表するから楽しみにしていろ。だから、今日は本来の授業の場所に早く戻れ」
マーロン教官の言葉にダミアンはまだ文句が言いたい様で、再び口を開いた。
「だからすぐに評価しろって言ってるだろう!?」
「何、他人事みたいに言ってるんだよ?1年のテストは皆同じものを受ける以上、お前らの試験も夏休み前にやるんだぞ?明日試験を始めて良いのか?」
「え、本当に試験を前倒しするのか?」
ダミアンが尋ねた。
「だから、一刻も早く評価して欲しいんだろ?試験はもうほぼ出来上がっているから、授業の調整さえ出来ればすぐにでも出来るぞ?楽しみにしていろ」
えええ~!?とヨハン、ジェラルド、プリシア様以外が大声で驚いた。この三人はどうしてこんなに腹が座っているんだろう。
ちなみにセシリアも大口を開けて驚いていた。いや、あなた達が望んだ事でしょう?
この魔法学院はいわゆる乙女ゲーム風学院なので、4月開始の前後期制、夏休みと冬休みがあります。前記は9月末終了なので、本来は夏休み明けの9月初旬にテストをやります。それだと、教師達は9月が忙しいんですね。だから夏休み前に試験やったら楽なんじゃね?と思っていたらしいです。




