3−3 聖女候補襲来 (3)
1時間目の授業が終わった時に、ジェラルドが話しかけて来た。
「どう思った?」
誰と言う必要はない。だって今日の最大の関心事は聖女候補の事だから。
「魔法を見てみないと分からないけど、らしいとは思えない人格に見える」
「なるほど」
ジェラルドもセシリアが自分をちらちら見ていたのには気づいていたのだろう。モテ男だからこういう事は多そうだ。何となくヨハンの視線を感じるが、分かってますって。私には水気が感じられるから。ジェラルドも黙った。彼の視界にセシリアとダミアン達が入ったのだろう…さっそくジェラルドを口説きに来たらしい。積極的だ。
「あの、ジェラルド様、私は聖女候補のセシリア・ストーナーです。以後お見知りおきを」
「ああ、先程伺った。私の名前は覚えてくれたのか。ありがとう」
名乗らないところにこの人のさり気ない拒絶の意思が含まれている。きゃ~!お義兄様ったらスマートに冷たいなんて素敵!この拒絶が私に向いたら泣いちゃうけど。
「あの、お昼をご一緒しませんか?学院の事、色々教えて欲しいんです」
「ああ、今日は妹と一緒に食べるつもりでね、申し訳ない」
ちくん、とヨハンの視線が突き刺さる。いや、それ拒絶の言い訳に過ぎないから。そんな約束してませんよ。私はあなたの付き人の一人だから、今日のお昼もご一緒致しますって。
「へえ、妹さんも学院に通ってるんですか?下級生?」
ぷっ、とヨハンが噴き出した。この学院は3学年制で、私達は1年生なのだから最も下の学年だよ。
セシリア達は私の背中の方に立っていたけれど、その纏う水気がぐっと淀む。この娘、簡単に闇落ちしないだろうか。
「何盗み聞きしてんだ!失礼な!」
ダミアンが喚くが、こいつこそ『失礼』という言葉をもっと考えて欲しい。そしてヨハンが朗らかに答えた。
「みんな聞いてるぞ。聖女候補なら、もうちょっと周囲に気を付けて発言するんだな」
セシリアの水気が沸騰した様に強くなる。けれど、彼女の言葉は逆に大人しいものだった。
「酷い…」
ダミアンらしい水気も沸騰した様に強くなる。こいつらケトルの様に熱すると蒸気を噴き出す生き物なのだろうか。
「手前ェ、聖女を傷付けて只で済むと思うなよ!」
「まだ聖女じゃないだろう?これから何人もの聖女候補と蹴落とし合っていかないといけないのに、こんな事で傷付いてどうする。もっともそんなタマには見えないけどな」
ジェラルドが本当に小さく息を吐いた。同じ意見なんだろう。凄いぞセシリア!このクラスで屈指の地位と実力を持つ二人の男を、初日にして既に敵に回してるなんて!私には絶対に真似できないよ。
「手前ェ!」
「テティス」
ダミアン達がヨハン相手に暴れそうになったので、ヨハンからご指名があった。あなたが私をダミアンから助けてくれるんじゃなかったの?などと文句を言っている余裕はないよね。仕方がないのでダミアン達とヨハンの間にウォーターウォールを張った。
頭に血が上ったダミアン達は気にせずに水壁ごと殴ろうとしたけれど、私の魔力の支配下にある水を腕力で動かす事も、魔力で干渉して避ける事も彼等には出来なかった。話が進まないから立ち上がって振り向いて言った。
「もうすぐ授業が始まるから、席に戻った方が良いですよ。聖女候補のご友人が聖女候補が出席した初日から問題を起こしたら、聖女候補に迷惑でしょ?」
「手前ェ、いつもガキの横にいる金魚のフン子の分際で偉そうに!さっさと魔法を解除しろ!」
「私があなたにとってそんな風に見下す対象だと言うなら、魔力で何とかしてみたらどうです?初級の水魔法ですよ」
ダミアンの仲間が何度も水壁を殴るけど、凹ます事も出来ない。
そしてセシリアが私を冷たい眼差しで見つめて言う。
「あなたは?」
「通りすがりの一般人です」
ヨハンがぷっ、と噴き出した。
「通りすがってないだろ」
最初からずっと座っていたからね。ジェラルドの真似をして名乗るのを拒否しただけなんだから、分かってよ!
その時、次の授業の教師が入って来た。ダミアンとその仲間および聖女候補セシリアと、ヨハン、ジェラルド、そして私が対峙しているのを見て、教師は即断して声を上げた。
「ダミアン・カペルと聖女候補か?すぐに席に付かないと実家に問題を起こした旨、正式に通達するぞ」
その言葉を聞いてダミアン達は席に戻った。実家に指導書などが届く事態は避けたい様だ。
「テティスは良くやった。もう魔法を解除してくれ」
しかし、教師は話も聞かずにダミアン達が悪いと決めつけているけど、大丈夫なのかな?天井裏の水気の持ち主から話を聞いた訳でもなかろうに。
そしてジェラルドが私の手をぽん、と軽く叩いた。
「お疲れ様」
お義兄様はヨハン絡みでは私を助けてくれない様だ。
聖女候補は必殺技『被害者ヅラ』を使った…いや、聖女とか聖女候補が言葉を荒げたらおかしいでしょ。明日は1話だけ舞台が変わります。




