11−11 スターリング騒動 (2)
群衆の半分は、代官の館がどうなったか確認したくなり、そちらに人波が流れて行った。代官の館は真っ黒に焼けて、人々の前で所々が崩れた。あの外国人が『皆殺し』をする能力がある事を人々は改めて知った。そう、自分達は虐殺される為に集められた、それを確認した。
「誰だよ!あんなバケモノに向かって行こうなんて言い出した奴は!?」
近くの男が言った。
「そりゃあ、代官の手の者だろうさ。領主が宣伝する為に事件を起こしたかったんだから」
「皆殺しにさせる為にあんなに集めたのかよ!?どんな人でなしだよ!?」
その後ろの方に、その男を知っている男がいた。
「お前だって『みんなで偽聖女と外国人を追い返そうぜ?行かないのかよ臆病者』って言いふらしてたじゃないか。お前にも責任があるだろ?」
「違う!俺は職場の先輩に誘われただけなんだ!」
そう、最初は威勢の良い事を言いふらしていても、じゃあその責任を取れと言われると今度は人のせいにする。人は自然と責任転嫁をする生き物なのだ。そういう人の生き様を見ているから、老人達は勇ましい言葉に頷かなくなる。誰かの責任逃れのスケープゴートにされる事が分かっていれば、自然と人の行動は慎重になるものだ。だからそういう経験の無い若者が扇動に使われる。
裏通りでは各所でリンチが行われ始めた。誰かのせいにしないと今度は自分がリンチされる。だから人々はリンチに熱狂した。『今回の騒動の前に扇動をしたのはこいつだ』そう言われない為には『あいつが扇動した』これを言いふらす必要があったんだ。
ブリアレオスは私を見た。私も裏通りで赤と青の水気がぶつかり合っているのは分かっている。
「通り過ぎましょう」
ヨハンも結果がどうなるかは分かっている様だ。
「そうだな」
ヨハンの騎士達も、第一騎士団の騎士達も、失敗した騒動の後には責任の押し付け合いがある事ぐらい知っていた。だから皆はこの都市を通り過ぎ、なるべく離れた農村で軒下を借りる事を希望した。
農村の一室で私達は今後の予定を検討した。第一騎士団の者はパースへの合流を提案した。
「物資がありません。リチャード殿下と合流して補給を受ける事を提案します」
ヘカトンケイルのブリアレオスの瞳が光った気がした。普通は光ってないけど。
「この北の町の教会に明日物資が届く。その北の町にも教会があり、そちらにも後日届く予定だ。聖女テティスの北上についてはリチャード王子自ら許可を出している。北上計画について、西部教会は聖女テティスの判断を支持する」
わ~い、ブリアレオスったら気が利くわ。って言うか偽ウトナビシュトの気が利くのか。あいつも胡散臭いからなぁ。まあ、早く片付けろって事だろう。
「物資の補給が西部教会の意志と判断します。反乱が長引けば国内の乱れが拡大しますし、何より雪が北上を拒みます。急ぎましょう」
「テティスがやる気なら俺から意見はない。それじゃあ、明日の予定は、即北上だ。俺の護衛騎士と第一騎士団は夜間の護衛計画を擦り合わせてくれ」
この北上にはファインズ家の侍女のシルビアとヨハンの護衛の女性騎士のゲルダが同行していた。農村では湯浴みの設備がないので、シルビアが私の体を拭いてくれた。修道女に身体を拭いてもらったヒルデガルドも部屋に戻って来た。
「何か言いたい?」
どこか不安そうなヒルデガルドに声をかけてみた。
「…聖女は心が強くないといけないものなのかしら?」
ああ、荒事にはもう慣れちゃった、それだけから、心の強さは関係ないかな。
「う~ん、色々騒動に巻き込まれたから、慣れているのはあるけど、本来の聖女なら騒動慣れはしてないんじゃないかな?」
「でも、本当はこういう騒動に対して何らかの力になるのが聖女でしょう?」
「聖魔法では出来る事が限られているけどね」
ヒルデガルドは少し俯いた。
「聖魔法だけじゃ出来ない事があるなら、聖魔法だけ知っててもあまり役には立たないわね…」
私はヒルデガルドの両手を握ってあげた。
「専門家じゃないと出来ない事もあるから、専門家である事を卑下してはいけないわ」
「…そうね。でも、こうもあなたが何でも出来る事を知ってしまうと、私が何の役に立てるか疑問で…」
「こうして話が出来るじゃない。野郎には言えない事も言い合えるわ」
「あなたとヨハン殿下は仲が良く見えるけど…」
「それでも男と女の間には、深いふか~い断絶があるのよ」
一角ウサギに対する私の同族意識を理解してくれないし!
それでも、ヒルデガルドは俯いて顔を上げられない様だった。
「ヒルダ、頬をすりすりしてあげようか?」
ぎょっと顔を上げたヒルダは、顔を真っ赤にして首を勢いよく振った。
「大丈夫!そこまで深刻な状態じゃないから!」
「自分のこれからを真剣に考えるのは大事な事よ。だから、今は大切な時間なの」
「…どうして私なんかにそこまで気を使ってくれるの…」
「どうしてって、あなたが目標を失っている今は、私にとってのもう一つの未来だった筈よ。私達は表と裏、あなたが成功していれば私は失敗していた筈。そんな時、誰かに話し相手になってもらえたら良いのに、って普通に思うでしょ」
「…それは本来、父母の役目で、聖女になったあなたの仕事じゃない筈」
「その父母が頼りにならないなら、誰かがその役をやってあげないと、あなたが辛いでしょ。私達は表と裏と言った筈。私達はライバルであり、友人であり、仲間であり…そして家族として一緒に居続けるつもり。あなたが運命の男性と出会い、母の道を歩み始める時まで」
「…私は母にはならないわ。母は何もしてくれなかった。だから母になった時に子供にどうしたら良いか分からない。多分、母も聖魔力を持つ子を生むという命令を受けて生んだ、それ以上の意味はなかったのでしょう。私を生んだ事は」
「だからあなたが母になれないと言う事はないからね。その気になって、その気にさせる男がいたら相談してね!二人でそいつをどう料理しようか考えましょう。きっと楽しいわ」
「…私の家の周囲にいる男達は本当に最低だったから、ああいうのにその気になるとは思えない」
「大丈夫!中には女の尻に敷かれて喜ぶ男もいるから!」
「それはそれで大丈夫か心配になるけど…」
「…ヒルダ、私だって父母には認められなかったわ。なら、家を出て頑張るしかない、って思ってた。私は養父母を得たけど、実家に対して思いが無くなった訳じゃない。いつか私がそれが元で立ち止まってしまった時は、相談に乗ってね。だから、これからもあなたが悩んだ時は、こうして話をしてあげる。何なら温めてあげる」
ヒルデガルドはまた顔を真っ赤にした。
「…それは本当に辛い時だけで良いから…」
そう言うから、私は彼女を抱きしめて頬をよせてあげた。
「だから!本当に辛い時だけでっ」
「今が本当に辛い時じゃない」
ヒルデガルドは小さく震え始めた。
「こんな…こんな真似、私には出来ない…」
私はふふ、と小さく笑った。
「あなたにはあなたのやり方があるから。好きにすると良いわ」
そういう訳で、作品的にはヒルデガルドが人生に熱を持ちつつあります。お姉ちゃんって言うより妹化してますが。




