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11−10 スターリング騒動 (1)

「偽りの聖女と言うが、何をもって偽物と判断したんだ?」

「たった一人の聖女候補が排除され、それに代わって都合よく聖女が現れる訳がないだろう!?偽物に決まっている!」

「最初の聖女候補と次の聖女候補の実力を見た訳でもなく、よくも簡単に断言出来るな?」

「所詮は王家の都合で選ばれた女だ!見るまでもない!」

「お前等、ラッセルが都合よく言いふらしてる嘘をそのままオウム返しで口にしているだけだろ?全員鳥頭か?」

「誰が信じられるかと言う話だ!ラッセル閣下は信じられても王家は信じられない!その王家がお前の様な外国人に簡単に与える聖女とやらも信用出来ない!」

「ラッセルの都合の良い様に因縁付けてるだけだろ、それ」

「王家の都合の良い話を信用しないだけだ!」


「まあ、ラッセルなんて誰も信じない奴を信じると言ってる段階でお里が知れるがな。それで、お前等はラッセルの用意した非正規の兵隊なのか?軍服を着ずに軍事行動を取るなら、破壊工作員として生命は保証されないぞ?」

それを聞いた道路の端にいる人々の水気は青が深くなった。

「我々は死など恐れない!我等の怒りを王家や王家の用意した偽物、王家を支持する外国人に見せてやる!」

後続の人間達が歓声を上げる…水気が赤い者だけが。なるほど、興奮した人間は分別がつかなくなる。言葉に酔っているのか、麻薬に酔っているのか。


「お前等、馬鹿だな?俺がバリケードを燃やしたのは見ていたのだろう?人なんて簡単に焼け死ぬぞ?」

そう言って右腕を手のひらを上にして前に軽く伸ばし、手の上に小さいファイアーボールを作った。

「じゃあ、お前等の決死の覚悟を見せて見ろ。迸れ、ファイアーボール」

ファイアーボールは前に進んだ。さっきバリケードを燃やしたファイアーボールよりゆっくりと。


 口上を述べていた男はさっと避けた。後ろに立っていた者達はパニックになった。

「うわっ」

「馬鹿野郎、どけっ!」

「痛ぇっ!ぶつかるなよ!」

ファイアーボールの進行方向の人垣は左右に分かれた。横に立っていた者達は避けた男にぶつかってドミノ倒しになった。そして、5人程の横を通り過ぎたところでファイアーボールは四散した。

「うわぁっ、熱い!」

「ぎゃあっ」

「おい、お前、火が付いているぞ!」

「嫌だ!消してくれ!」

周囲の男達が脱いだ上着で叩いて火を消した。


「死など恐れないって?普通に怖がっているじゃないか」

「そんな魔法でこの人数が殺せるものか!」

「あぁ?皆殺しにして欲しいのか?地獄の業火よ、この世に現れ、生あるものも生なきものも全てを滅ぼせ」

ヨハンが上級呪文を唱えた。


 ヨハンの頭上に巨大な炎が現れた。

「これで何人殺せると思う?」

そのまま転がせば全員死にますよヨハンさん。しかし、熱いな。私はウォーターシールドを地面に平行に作り、その傘の下にヒルデガルドを引っ張りこんだ。

「ねぇ、大丈夫なの?」

ヒルデガルドはさすがに皆殺しは私の趣味でないと分かっているらしい。

「とりあえず私達は大丈夫」

「……」


 口上を述べていた男もさすがに生命の危機を感じて、舌を動かす事が出来なかった。こんなに大きな火魔法を彼は見た事がなかったからだ。


 それに対してヨハンはスカしてみせた。

「ああ、そうか、代官の目と耳が恐いんだな?そうかそうか。ならそいつらから殺してやろう」

ヨハンがこの都市で一際高い塔を持つ建物の方に腕を振った。すると炎は飛んで行ってその建物を包んだ。木材の部分が高温を受けて破裂音を発した。隙間を埋めている樹脂類が溶けて流れ、蒸発する音がする。


 百人位の水気が中に含まれているが、ラッセルの手下を救うほど私は慈悲深くない。既にセシリア・ストーナーとエリザベスお姉様を弄び闇に堕としている。その罪に対して罰を与えるべきだ。


 半分の水気が蒸発したところで、ウォーターフォールで水を消す努力だけはしてあげた。もちろん、残りの半分の水気も風前の灯火だった。そして、代官の手下はこちらにも来ている筈だ。消火と救助をする者など周囲にはいない。


「我が聖女はさすがに慈悲深い。周囲に延焼しない様に火を消してくれた。だが、我が聖女はラッセルに何度も命を狙われた。ラッセルに与する者は聖女の慈悲を受けられぬと心得よ」


 その時、黒く染まっていた代官の館の塔が崩れて物音を立てた。口上を述べていた男も、この中に混じっている代官の手下達も、口を開く事が出来なかった。そんな事をすれば、真っ先に狙い打たれて殺されると分かったからである。


「なあ、お前等、なんでこんな魔法使いに、魔法も使えず非力なお前等をぶつけようとしたと思う?対抗出来ない以上、相手を怒らせたら皆殺しになる以外ないだろ?つまり、お前等は捨て石で、ここで皆殺しにされる為に動員されたんだよ。その後ラッセルは『我が領地スターリングで虐殺が行われた!偽聖女と外国の王子に復讐しろ!それらと結託した王家に復讐しろ』と宣伝する為に、俺に虐殺をさせたかったんだよ。どうだ、捨て石としてここで死ぬか?」

「そんな事はない!」

「嘘だ!騙されるな!」

水気が赤い者達が散発的に声を上げるが、たった今、代官の館が抵抗も出来ずに焼かれたばかりである。ここで声を上げれば皆殺しになる、それを大勢が実感していた。


 ヨハンはにっこり笑った。無邪気な子供の様に。童顔だからね。

「そうかそうか、そんなに死にたいのか。じゃあ、さっきより大きい火を付けてやろうな」

さっきより一回り大きい炎がヨハンの頭上に現れた。

「さあ、五つ数えてもまだここに残っている奴は死にたい奴とみなす。死にたくない奴は逃げろよ?」


 ここに集まっている連中は、隣近所の男衆が声をかけあって集まったのだろう。人目を気にして、真っ先に逃げ出す事が出来ない様だ。

「五つ、四つ…」

外側、後方にいる人間達はもう逃げる方に体重を移動していた。そして、代官の手下共も汗をだらだら流して恐怖に耐えていた。真っ先には逃げられないんだ。

「三つ、二つ…」

全員が顔面から汗を流していた。真っ先に逃げ出した奴がいたらそいつのせいにして、しかし一緒に逃げようと思っていた。だから誰も逃げられなかった。

「一つ、じゃあ、この世とおさらばだ…」


 ヨハンが群衆に与える最期の言葉を群衆は待たなかった。皆が横道を逃げようとした。そこかしこでまたドミノ倒しが起こった。

「馬鹿野郎、退けっ」

「邪魔だっ」

「痛いよ…」

「ぐあっ、上に乗るな!」

皆、ヨハンがもう炎を消している事など目に入っていなかった。もう、『他人はともかく自分が逃げる』という事に夢中になっていたんだ。


 そこかしこの井戸から水流が立ち上り、群衆が集まる中央通りに落ちてきた。その水はきらきら輝きながら群衆を押し流した。その波はすぐに消滅した。人々は地面に並んで転がり、誰かを押し潰している者はいなかった。


 もう一言を告げる必要があるだろう。私も言葉を残した。

「あなた達は聖女を否定しました。聖女は聖魔法師の代表格なのですよ?その聖女を否定した以上、あなた達を癒す聖魔法師はいません。簡単な痛み止め程度の聖魔法は流しました。少しは動けるでしょうから、あなた達を扇動した者達に治してもらいなさい」

もちろん、素面で興奮していた者達も、麻薬で興奮していた者達も鎮静化されていた。人々は自分達がドミノ倒しで圧死しない様に救われた事を理解した。だから、自分達がそんな他人を救ってくれる人を誹謗中傷していた事を恥じて、この場から逃げたい衝動に駆られた。


 そうして群衆は蜘蛛の子を散らす様に消えて行った。

 あ、えーと、誰もが思っている事ですが、自分に不都合な政権を覆す為にキエフ攻略を企図したプッチンさんと、ベネズエラ大統領を拉致したあひるさんとは何が違うのでしょうね?

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