【番外編】戦場では完璧だったのに。
騎士団宿舎の一階は宿のロビーのようになっていた。
暖炉があり、ソファや椅子が置かれ、ここで来客と会うことができる。
応接室は数が限られているし、そこは役職者や地位の高い来客のために使われていた。既婚者の騎士の家族が来たり、友人と会うのはこのロビーだ。
そこにわたしは居座り、ライルが戻るのを待った。
「おい、ベルナード、もうすぐ夕食の時間だぞ? 居酒屋で食ったから、食べないのか?」
「もうそんな時間か……。うーん、酒で腹は膨らんでいるが、飯は必要だ。もう少し待ってから食堂に行くよ」
「お前、団長を待っているのか?」
そうなのでこくりと頷く。
「あれだな、お前は団長の母ちゃんだ」
「母ちゃん!? いや、そこはせめて嫁にしてくれよ」
そんな会話をしているとライルが戻って来た。
「ライル!!!!!」
ライルをつかまえると、そのまま食堂へと連れて行く。
「ベルナード、もう酒を飲んだのか?」
「そうだよ! 王都へ戻ったら居酒屋で情報収集だ。戦地にいる間、社交界について疎くなっているからな」
「なるほど」
すっかり馴染んだ輝くようなプラチナブロンドをサラリと揺らし、湖のように澄んだ碧い瞳のライルは……悔しいぐらいカッコいいじゃないか!
これならそのユーリとかいう令嬢もイチコロだろう。
イチコロになるが、男漁りは続けるはず。
というわけで食堂につくとライルは多くの騎士達に囲まれるが、自分が「待った」をかける。
「ベルナード! 団長を独占するなんてズルいぞ!」
「「「そうだ、そうだ!」」」
「早い者勝ちだ。それにわたしがライルとは一番付き合いが長いんだぞ!」
こう言われると騎士達はぐうの音も出ない。
皆を黙らせ、長テーブルの端に向きあう形で着席した。
三兄弟が気を利かせ、自分とライルの分の食事を運んでくれる。
「ライル、聞いたぞ。国王陛下に貴族令嬢との結婚を望んだとか」
早速問うと、ライルが頬をうっすらと赤らめる。
な……なんて表情をするんだ、ライル!
その顔、王都中の令嬢を虜にするぞ!?
というか……それだけで理解してしまう。
そのユーリという令嬢のことが大好きなんだと……。
これにはもう呆然だ。
聞けない。
なんでユーリなのか。
その理由を。
「団長~! 聞きましたよ! まさか社交界の華であるユーリ・ミルフォード伯爵令嬢との結婚を望むなんて。ザーイ帝国という敵を殲滅しましたが、今度は王都中の令息を敵にするつもりですか!?」
この発言に自分は肝を冷やし、騎士に「おい、お前……!」とどやしそうになるが。
「ユーリ・ミルフォード……? 誰だ? ……あ、そうか。妹がいたはず。そうだ、妹だ。自分が結婚を望むのは妹ではない。姉のアイリ・ミルフォードだ」
◇
ライルは……詰めが甘かった。
戦場では完璧だったのに。
こと色恋沙汰になるとぐだぐだだった。
国王陛下に褒賞として望んだ貴族令嬢との結婚。
よりにもよって「ミルフォード伯爵家の令嬢と結婚したい」と申し出てしまった。
ミルフォード伯爵には娘が二人いた。
アイリ・ミルフォードが姉で、社交界で噂の令嬢は妹のユーリ・ミルフォードだった。
その姉であるアイリは、妹のユーリの後ろにひっそり存在していた。
連れだって舞踏会に参加すると、ユーリはダンスを踊りたがる令息から引く手数多になっている。だがアイリの方は完全に壁の花。ドレスも地味で目立たず、舞踏会へ来ていたことも気づかない人が多いという。
まさにユーリが光なら、アイリは影。
ミルフォード伯爵には娘が二人いる……ことを知らない貴族も多いぐらいだった。よってミルフォード伯爵の娘と言えば「ユーリ」と思う人がほとんどなのに。
だがライルは違う。
ライルにとってミルフォード伯爵の娘と言えば「アイリ」だったのだ。
「え、まさか国王陛下に『ミルフォード伯爵の娘と結婚したい』と伝えたのか!?」
「! そんな言い方ではなく、もっと丁寧に」
「分かった、分かった。そこはいい。重要なのは、アイリ・ミルフォードの名を出したのか、どうか、だ」
するとライルはアイリの名を出していないと言う。