彼の本領発揮だ
私と舞踏会にやって来たエドガーは、私にどうやって、どのタイミングで手を出すかと考えていた。既に薔薇石英の件で共に仕事をしているので、信頼も得ている。どこかに連れ込むことは、たやすいと考えていたが。
会場には想像以上に顧客のマダムや令嬢が多い。
しかも初めて舞踏会の場に姿を現わしたのだ。
皆、興味津々でエドガーに近づく。
さらにいえば、マダムからすると若々しいエドガーとは、ちょっと遊びたい気持ちになる。つまり「ダンスを踊りましょうよ」というお誘いにつながる。
ただの街の知り合いではなく、顧客の貴族達。
無視はできない。
散々、ダンスの相手をさせられることになる。
ようやく逃げ出した時には、本当に疲れていた。
喉が渇いていたのも事実。
そこで軽食や飲み物がある部屋に向かうことを私に求めた。
そして飲み始めた白ワイン。
エドガーは普段からお酒を飲んでいる。
でもそれは夜寝る前に父親と酌み交わす、アルコール度数の高い洋酒。
それに比べると白ワインなんて、水のように思える……それは確かにそうだった。それでも何杯も一気に飲み干せば、酔いは回る。
普段なら、その酔いのままにベッドに横になり眠ってしまう。
だからエドガーは気づいていなかった。
自身が想像より、アルコールに弱いことを。
しかも酔うと饒舌になり、普段秘めていることをペラペラと話したくなることに、気付いていなかったのだ。
こうしてエドガーは酔っ払い、気持ちもさらに大胆になった。
本来秘匿しておくべきことを私に対し、話し始めてしまう。
さらにこの時、ライルは私が宮殿で開催されている舞踏会へ来ていると、ベルナードからの報告で知ることになる。しかもエドガーを同伴して。
ただ馬車にはフィオナが同乗し、エドガーと私は二人きりではない。
舞踏会の会場では、私は薔薇石英の宣伝活動に勤しみ、エドガーはエドガーで顧客である令嬢やマダムの相手をしている。ゆえに何も心配するようなことはない……そうベルナードは報告したが。
ライルとしては、気が気ではない。
そこへ輪をかけるようにユーリが「舞踏会へ行きたい!」と我が儘を言い出したのだ。
当然、いつもなら却下する。
しかし今のライルは、彼自身も舞踏会へ行きたい気持ちになっていた。そこで「給仕の女性の姿になるなら、連れて行きましょう」と言うと、ユーリは盛大に抗議する。「ならばおとなしく指をくわえ、漏れ聞こえる歓談の声や音楽で満足してください」と冷たく言い放った。
するとユーリは……。
給仕の女性が着る黒のワンピースに白のエプロンを身に着けた。
ライルは初めてユーリに対し、優位な立場になれたのだ。
こうしてユーリを連れ、舞踏会の会場に到着すると。
ベルナードともう一人の騎士にユーリのことを任せ、ライルは私の姿を探す。
そこは歴戦の騎士団長としての動体視力と観察眼がある。
狙ったターゲットを逃さないその目は、まさに騎士団の名を冠すイーグル・アイ。
まず皆がダンスを踊るホールに私がいないことを確認する。
続いて軽食部屋へ移動し、そこで気づく。
サンルームに続くガラス扉。
通常は施錠されているはずが、開いていることに。
音と気配を遮断し、敵に近づく。
これまたライルの得意とするところ。
まさに彼の本領発揮だ。
さらにサンルームにはソファや大きな観葉植物も置かれているので、そこに身を潜ませながら、様子を伺うと……。
奥の方から話し声が聞こえる。
ライルが聞いたのは、エドガーのこの言葉。
「ユーリのことは、社交界で噂になっていたので、名前だけは知っていました。でも見た目は可愛らしくても、性格は性悪。モテるから男なんて自分のいいなり……とでも思っていたのでしょう。これでも僕だって平民社会の中では、トップなんですよ。女に困ることはない。ゆえにユーリのなめた態度は……笑えましたし、これは少し思い知らさないとダメだと思ったんですよ」
エドガーがユーリについて語っていることに、ライルは大いに驚くことになる。
私がエドガーの膝の上にいる状態なのは、耐えがたい。
だがエドガーは核心に迫る話を始めている。
もし今動けば、エドガーは話を止め、核心について二度と口にしないかもしれない。ゆえにここで飛び出すのは得策ではないと判断した。
勿論、私が大ピンチになれば。
話の内容に関係なく、飛び出すつもりでいた。
ともかくエドガーが語る内容を聞き漏らさないようにしていると……。
サンルームのガラス扉が開いていることに気付いた警備兵が、姿を現わした。ライルは素早く合図を送る。ライルは騎士団の団長専用の白の隊服を着ていた。警備兵はすぐにライルだと理解し、手の合図を読み取る。つまり「声を出さず、待機」だ。
こうして酔っており、注意力が散漫なエドガーは、ライル達に気付かず、饒舌に私に話し続けた。そしてユーリが現在どこにいるのか。それを明かしそうになったまさにそのタイミングで、ライルが動いたのだ。