彼女の悪巧み
口外不要ということで教えてくれたユーリの状況。
それは……。
「今回チェイスがお酒に酔った勢いで語ったことで、いろいろな事実が判明しました。最大は薬が使われていたことです。さらに第二王子と関係を持ったと主張した時点で、既に妹君……ユーリは、乙女ではなかったこと。そして妊娠していた場合、その父親は第二王子ではない可能性が高いということです」
第二王子は女性関係が派手だったわけでもなく、酩酊状態になるまでお酒を飲むようなタイプでもなかった。ゆえにお酒に酔い、そもそも顔見知り程度のユーリと関係を持つなんて考えられなかったのだが。
実際、目覚めるとベッドの上で、服を着ていない。そして隣には下着姿のユーリがいたのだ。しかもベッドには、純潔を散らした結果とも言える血痕も残っている。床に落ちているドレスには、あちこちに情事を匂わせる痕跡。そして第二王子の体にも、そのような行為をしたと思われる名残があった。
だが酔っていたからか。最初の方の記憶はうっすらとあるが、それ以降は……。
ゆえに第二王子も「絶対に自分はそんなことをしていない」と否定しきれなかった。
「何よりも第二王子は王太子と共に、王家の一員として、厳しい教育を受けています。その中で安易に女性と関係を持たないことは勿論、王家の婚姻では、相手の純潔を重視することを説いているのです。ゆえにこれらをお酒に酔っていたとはいえ、破ったのならば……。とても罪深いことになります。さらにユーリから責任をとって欲しいと言われると、無下にすることもできません」
王族の婚姻は、政略結婚としての意味合いが強い。
その点を踏まえると、第二王子がユーリと結婚するメリットは何もない。
仮に第二王子にユーリへの好意があったのなら、こんなこともあったので責任を取り結婚しましょう……と前向きになるが、そういうわけでもなかった。
だがユーリもそこを踏まえていたからだろう。
「一度の過ちとはいえ、これで子供ができていたらどうするのですか。王族の血を引く私生児を、私は産むことになります」
そんなことを言い出したのだ。
王家にとって私生児は、スキャンダルの象徴であり、タブー。
何しろ王位継承を巡る争いで、私生児が登場することも多かった。
政略結婚という観点から見ると、ユーリと第二王子の婚姻に、王家側からは意味がない。ただ第二王子が酔って関係を持ち、子供まで作っておきながら、伯爵令嬢であるユーリを打ち捨てたとなると、大いなる醜聞になる。
ユーリは社交界でも有名だったので、スキャンダルとしての影響力は大きい。それならば、と王家は考えた。二人を結婚させた方が、波風が立たないと。
ただし、それは妊娠しているならば、ということ。
もし妊娠していないのであれば、示談で済ませる。
つまりお詫び金やユーリに相応の地位の結婚相手をあてがうので、今回の件は黙っているようにということだ。
「女性の妊娠。それが確定するまでは、時間がかかります。そこで王家では、様子を見ると決めたのです。関係を持ってから三か月は。つまりその三か月の間、ユーリを宮殿に隔離し、妊娠の兆候があるか監視することにしました。隔離することで、ユーリが自身の妊娠の可能性や第二王子について、誰彼構わず話すことも防げます。さらにユーリが社交界で多くの男性と接点があったので、そちらで関係を持った者がいないかの調査も、始めていたのです」
現状ユーリは、予定していた日に月のものがきていない。さらにユーリと噂のあった令息への調査を進めるが、一線を越えた者は……。見つからない。
それはそうだろう。ユーリが実際に関係を持ったのは、平民のエドガーだ。貴族の令息を調べても、見つかるはずがない。
そしてあと二回。
月のものが来なかったら……。
妊娠が確定となる。
第二王子とユーリの婚約が発表され、早急に結婚式が行われることになっていた。
「ユーリが妊娠していなければ、示談で済ませる前提です。ゆえに変装させ、ミルフォード伯爵家のユーリであると分からないようにして、宮殿で隔離していたのですが……。彼女は『息が詰まる。たまには庭園ぐらい散歩をさせて欲しい。部屋に籠ってばかりでは、母体は勿論、お腹の赤ん坊に悪影響だ』と言い出したのです。確かにストレスをためるのはよくない。そこで宮殿の敷地内限定で、外出の許可が下りました。ですが一人で行かせるわけには行きません。そこで護衛をつける必要性が出たのです」
王族の身辺警護は、近衛騎士団の担当だ。だがまだ王族でもないユーリに近衛騎士が付くと、すぐ噂になるだろう。では宮殿内のあちこちにいる、警備兵でどうかとなった。だがこれは少しでも情報が漏れれば、大スキャンダルになる。警備兵は平民出身者も多く、それこそ酒場で飲んだ時に、酔ってうっかり話してしまう可能性もあるわけだ。
そういったリスクが少なく、信頼できる適任者は誰かいないか。
そこでまさに白羽の矢が立ったのが、ライルだった。
腕は立つし、秘密を厳守できる人間であることは言うまでもない。しかも丁度、休暇明けで大きな任務にもついていなかった。
こうしてライルはユーリのお守りをすることになったのだが。
ユーリはライルが私と結婚したことを知っている。しかもライルは噂で聞いていたような“野獣”などではなかった。ユーリ好みの貴公子。
もし第二王子の件がなかったら。間違いなくユーリは、ライルに色目を使っていたはずだ。だが今は第二王子との結婚をかけた、一世一代の大芝居の最中。ゆえにライルに手を出すことはない。しかしその代わりに、ライルと私が会えないよう、画策した。変な時間にライルを呼び出したり、長時間の護衛を強要したり、夜勤をさせたり。
要は新婚の私達への嫌がらせをしていたわけだ。
ところが。
エドガーと私が出会うことで、ユーリの計画は狂いだす。