彼の配慮
ライルは白い結婚なんて、望んでいなかった。
それどころかわざわざ高級娼館へ足を運び、初夜の営みについて勉強してくれていた。そして初夜のやり直しを考えてくれていたのだ。
もっと早くに腹を割って話していたら、焦れ焦れしないで済んだのに。
そう思うものの。
思ったところで過去は変わらないし、大切なのはこれからだ。
「あの、ライル。その……初夜のやり直しはいつ……?」
私から聞くのもなんだかなと思う。
でもライルは「自分は正真正銘の童貞です!」と、宣言してくれたのだ。
ここは知りたいことがあるなら、聞いてしまうべきだろう!
「それは……。騎士団はニューイヤー前後も、警備で休みがありません」
「あ、そうですよね。宮殿ではカウントダウンパーティー、ニューイヤーパーティーと連続で開催され、警備の必要がありますよね」
ライルはこくりと頷く。
「その代わりで、一月の半ばに一週間。まとまった休暇をいただけます」
「なるほど。ではそこで……」
「王都の中心部から少しはずれたところに、こぢんまりとしていますが、素敵なバラ窓の教会があります。そこで結婚式をもう一度挙げませんか?」
これには「え……?」と首を傾げてしまう。
「まずアイリのウェディングドレス姿は、とても美しいものでした。もう一度見たいという気持ちがあります。次に自分の領地での結婚式でしたので、アイリの友人は、参加できませんでしたよね。あのウェディングドレス姿はみんな、見たいと思うのです。その上で……その日の夜。初夜のやり直しをできたらと思ったのです」
形式ばった披露宴やウェディングパーティーをするつもりはない。それは時間的にも難しかった。でも教会のそばのレストランは貸し切りにする。ブッフェ形式で料理や飲み物を提供してもらうので、顔を出した私の友人には、気軽に立ち寄ってもらえばいいのではないか。そう、ライルは提案してくれたのだ。
これを聞いた私は、ぽろぽろと涙をこぼしてしまった。
ライルの配慮に胸が熱くなって。
「アイリ、この提案、不快でしたか!?」
「違います。嬉しかったのです!」
「!」
「優しいライルが大好きです」
「アイリ……」
ぎゅっとライルに抱きつくと、彼もちゃんと応えてくれた。
ミントのいい香り。
……初夜のやり直しと言わず、今すぐにでもライルと結ばれたい気持ちになっている。
その気持ちを一旦静めようとして、気になっていたことを尋ねる。
「答えられなかったら、大丈夫です。でももし答えられたら、教えてください」
「アイリの質問なら、なんでも答えたくなりますが、何でしょうか」
「今、就いている任務は、いつまでかかりそうなのですか」
これにはライルは「ああ」という表情になる。
「3月迄には終わる予定です。今はあの妹君に振り回され、変則勤務になっています。ですがこの任務が終われば、通常勤務です。……通常勤務に戻っても、タウンハウスが準備できるまでは、騎士団宿舎で寝泊まりをするつもりでいましたが……」
「この部屋にはベッドが二つあります。それにこのホテルを予約してくれたのも、支払いも、ライルがしてくれたんです。堂々と滞在していいと思います。支配人も『ご夫婦で滞在ですよね?』と最初に言っていたじゃないですか」
私の言葉に、ライルの顔は一気に笑顔になった。
「ではそうします」と答え、私をぎゅっと抱きしめると、切なそうにため息をつく。
「ただ、アイリと一緒にいると、離れがたくなり、職務放棄したくなるのが問題です」
「いいですよ」
「え!?」
「薔薇石英の取引は、大型案件が多いんです。きっと収益の柱になります。そうなったら商会経営に力を入れ、実務は私が頑張ります。ライルは何なら、騎士団長を引退してもいいですよ?」
冗談で言ったのに、ライルは真剣な表情で「そういうわけには行きません! アイリがそんなに頑張るなら、自分も頑張ります!」と慌てる。その様子は本当に……。
可愛すぎる!
「では騎士団長様、明日も任務があるのですから、そろそろ休みましょうか」
「はいっ」
立ち上がったライルはそのまま私を軽々と抱き上げ、ベッドへ運んでくれる。
優しくベッドに下ろした後は……。
「アイリ、ゆっくり休んでください」とあくまで紳士的に微笑む。
ベッドは二つあるし、初夜のやり直しはこれから。
それでもライルと私は、既に夫婦なのだ。
そして今日はいろいろなことが明らかになり、誤解も解けた。
「ライル。このベッド、狭いですよね。でも一緒に横になると、温かいと思うんです」
「!」
その瞬間、ライルは甘えたい大型犬モードに変わり、私に抱きつき横になる。
でもその後は本当にお行儀よく。
可愛らしく唇へ一度だけキスをすると、素直に目を閉じる。
ライルの鼓動は、もう爆発しそうな状態なのに。
初夜のやり直しまで我慢するという決意が伝わって来る。
本当に真面目。
でもそんなライルが、私は大好きでならない。
誠実なライルの胸の中に抱きしめられ、私も大人しく眠りについた。