自分は正真正銘の●●です!
キスをしたい、抱きしめたい。
沸き上がった感情そのままに、初夜へ突入する。そう思われたが――。
「アイリは初夜について不安であり、心配だと言いましたよね」
「! 会って三日で初夜をすることが、不安で心配だった、ということではありません」
「ええ、分かっています。初夜でどんな行為が行われるか分からない。だから不安だったということですよね。それは自分も同じでした」
ライルはあの時、私の父親に急かされ、婚約から三か月の結婚式を受け入れたことを「大きな間違い」と言っていた。その意図を今、詳しく教えてくれた。
「アイリと結婚できるのは、嬉しいことです。三か月後の挙式を提案された時は、早過ぎる……よりも、単純に喜ばしく感じていました。でもそれは本当に一瞬のことです。自分としては、アイリとちゃんと思い出を作りたい気持ちがあったので」
「思い出……?」
「デートについて、いろいろ話しましたよね」
これには「あ!」とすぐに応じることになる。
確かにライルはデートと、そこで作りたい思い出について、とても沢山語ってくれた。それはとても心温まるもので、全てのデートをしてみたいと思えたのだ。
「時間をかけ、思い出を重ね、そしてお互いを深く知り、結婚できたら……それが自分の理想でした。でも妹君の件もあります。結局、三か月後の結婚式を受け入れました。ですがそれは、お互いに準備が足りない結果になったと思います。初夜に対する準備が足りなかったと」
「それはつまり……」
「初夜に対し、アイリは不安で心配していました。そのアイリの不安と心配を取り除くことが、自分にできたかというと……。その時の自分では無理でした。これではダメだと思ったのです。きちんと初夜での行為について学び、アイリが不安に感じ、心配になるなら、それを解消させられないとダメだと」
ライルは何てできた人なのだろう。
私の不安や心配を取り除きたいと思っていてくれたなんて。
その優しさに、胸が熱くなる。
「そこで無理に初夜を決行する必要はないと思ったのです。きちんと学んでから行えばいいと思い……。まさか結婚式を挙げたその日の夜であることが、ここまで重要であるとは、認識していませんでした。あの演劇を鑑賞したことで、自分がまだまだ勉強不足だったと気付かされ……。本当に申し訳なかったです」
ライルが私の手を取り、両手で握りしめ、甲へと唇を押し当てた。
深い懺悔の気持ちが伝わってきて、胸が熱くなる。
「ではライルは……改めての確認となりますが、私と初夜をやる気がなかったわけではないのですね」
ライルは顔を上げ、その澄んだ碧眼を私に向け、真剣な表情で告げる。
「本能の赴くままに抱いていいのなら、あの日の夜、そうしていました。アイリを欲しいという気持ちは強くあったので。でもそんな風にはしたくなかったのです。アイリのことがとても大切なので。不安や心配な気持ちで震えるアイリに無理強いするなんて……できませんでした」
ドキドキするような言葉が、真摯な表情のライルからぽんぽん飛び出してきて、私の心臓は爆発しそうだった。
同時に。
私は完全に白い結婚だと思ったけれど、そうではなかったのね……!
「きちんと学ぶことができたので、領地にいる間に初夜のやり直しをするつもりでいました。ですがタイミングがあわなかったので……」
「え、領地にいる間にやり直しを!? というか、学ぶことができた……そんなに良き指南書に出会えたのですか……?」
するとライルは顔をかなり赤くして、視線を伏せる。
またも乙女ライルになってしまった。
しかも黙り込んでしまったので、私が話すことにした。
「私が月のものなってしまったので、初夜のやり直しは、すぐにできなかったわけですね。そして王都に着いてからは、任務で共に過ごす時間がとれず……」
「はい。そうなのです。そして初夜での行為については、本で学んだのではありません」
「……?」
「メイドが……領地の屋敷のメイドの話を聞いてしまい、誤解されたくないのですが……。でも打ち明けます。王都でもどこにでも必ず街にあるのは、娼館です。……ご存知ですか?」
ここにきて娼館という言葉が登場し、私は大いに驚くことになる。
いろいろ言いたくなるが、そこは我慢し、ただ「知っている」の意味で頷く。
「恋人や妻がいるのに、娼館通いする男性は嫌われる……そう、メイドの話で理解しました。自分は娼館へ二度ほど行きましたが、欲求を満たすために、足を運んだわけではありません!」
これにはハッとする。フィオナが布石を敷いていたが、ライルにはバッチリ、聞いて(効いて)いたのね! だがしかし。
「では何のために娼館へ……?」
「それは勉強するためです!」
「べ、勉強、ですか……?」
予想外の言葉に、声が上ずってしまう。
「はい。初夜で行う行為を詳しく習い、どうしたら女性が気持ちよくなれるのか。いろいろ教えていただきました」
これには思わず喉がごくりと鳴る。
そして不躾だと思うも、聞かずにはいられなかった。
「勉強のために、娼婦を抱かれたのですか」
「!? 抱いていません! 自分の初めては、アイリに捧げると決めていますので!」
なんて質問をしてしまったのかしら、私!
赤面だが、喜びは足元から這い上がってきている。
ライルは娼館へ足を運んでいたが、娼婦を抱いたわけではなかった。
そして……。
初めてを私に捧げる……って、これまたライルは乙女みたいなことを言い出すのだから!
「実演がなしでは、練習したとは言えない、机上の空論だ!とは言わないでください! ベルナードは『男の体は女性とは違い、経験の有無なんてバレることはない。そんなに不安なら、一度試しで抱いてみたら』と言ったのですが、そんなこと、自分にできるわけがなく! 決して娼婦を抱いてなどいません。信じてください。自分は正真正銘の童貞です!」
「ライル、大丈夫です! 信じます。信じますから!」
“野獣”とは思えない、貴公子のような風貌で、誠実で優しさに溢れるライル。
初代ウィンターボトム侯爵であり、王立イーグル騎士団の団長である彼に。
「自分は正真正銘の童貞です!」と言わせてしまうなんて!
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
それにこれで謎は全部解けた。
ライルはそもそも白い結婚にするつもりはなかった。
ただ夫婦の夜の営みについてよく分からず、きちんと学ぶ必要があると感じた。何より私も不安で心配そうにしているのだ。ゆえに初夜の中止の判断は、彼としては妥当なものだった。
それに領地いるうちに、やり直しを考えてくれていたのだ。
ところが私が月のものになってしまい、先延ばしとなってしまった。
かつ高級娼館にも、男娼を抱きに行ったわけではない。
初夜の行為について学ぶために、足を運んでいただけだった。
さらにエドガーと私の関係が気になり、抱きしめたり、キスをすることためらっていた。
なんて乙女なのかしら。
いろいろと気配りができ、とても繊細。
しかも真面目で勉強熱心。
そしてライルは本当に心から、私のことを想ってくれていたのだ……!