あの日の夜
焦れ焦れ作戦まで行い、慎重に動いていたはずなのに。
お互いの気持ちを赤裸々に語ったこの瞬間。
私は……思わず感情のままに気持ちを口にしていた。
「むしろ私の方こそ、ずっと心配でした。本当に私で良かったのか。ユーリと私を間違えて求婚してしまったのではないか。だから初夜で私を……抱かなかったのかと」
あ、言ってしまった……!
だがもう遅い。
ライルはハッとした表情で私を見て、なんて不躾な質問をするのかと不快そうになるかと思ったら……。
違う。
顔を赤くし、視線を伏せ、とても恥ずかしそうにしている。
この反応はあまりにも想定外で「???」と固まってしまう。
「自分は……女性と付き合ったことがありません」
「!」
「母親以外で触れたことのある女性も……エスコートぐらいで……。とにかく女性に関しては経験不足なんです」
それは想定内というか、そうだろうと思っていた。よって改めてそう言われるのは、なんだか不思議だった。だが次の話を聞くと、ライルのこの発言の意図を、じわじわと理解することになる。
「自分は最初、アイリと二人きりになり、二人で会話することに、とても緊張していました。緊張しているとバレないよう、騎士団の団長として振舞っていたのですが……。あっさり見抜かれましたよね」
それはそうだろう。
団長モードの時のライルは、これから結婚する相手への態度とは思えない程、堅苦しかったのだから。そこをやんわり指摘すると……。
「な、なるほど……。確かにそれは結婚相手への態度には……思えないですね。そうでしたか。バレて当然だった……。そう、アイリにバレてしまい、でも君は有益なアドバイスをしてくれました」
つまりは私と二人でいると緊張するのは、場数を踏んでいないからではと、指摘したのだ。そしてこんなことを言った。
「女性と二人で話すことに慣れていなければ、話す機会を増やし、慣れればいいのです。騎士の訓練や練習と同じかと。いくら騎士団の団長といえど、剣を完璧に扱えたわけではないですよね? 何事も練習かと」
私にこう言われたライルは、練習の必要性に気が付く。さらに。
「アイリは『要は初めてでは緊張して当たり前。失敗しても仕方ないかと。二度目、三度目と回数を重ねることで、どんなことでも慣れるのではないですか』と言いましたよね。これを聞いた自分は、結婚式も事前に練習が必要なのでは?と思い至りました」
あの時は突然、練習の必要性を説いたと思った。
でもちゃんときっかけがあったのね……。
そのきっかけは、私の発言だった。
そうとは知らず、私達はライルの提案で、前代未聞の結婚式の事前練習を行ったのだ。
結果的に、練習はしてよかったと思う。これまで練習なしで、結婚式を乗り越えた先人には……尊敬の念を持つばかりだ。
「結婚式に練習の必要性を感じましたが、その中でも誓いのキスは……。額や頬へのキスでも、誓いのキスと認められる。よって練習では、額へのキスで済ませましたが……」
そこでライルがまたも乙女のように顔を赤くするので、私も必要以上にドキドキしてしまう。
「アイリの唇にキスをしたいという気持ちは、自然に沸きあがりました」
これには一気に全身が熱くなり、心臓の鼓動も激しくなっていた。
「キスについてはベルナードに教えてもらっていたので、理論的には理解できていました。ただ実践したことがないので、上手くできるのか。不安でした。でも挙式で実際にアイリと向き合うと……。唇へのキスの衝動が、止められませんでした。そして実際にキスをしたら、もう夢中になってしまい……」
あの時のキスは、私だって頭が真っ白になり、すべてをライルに持っていかれた気がする。司祭の咳払いがなければ、延々とキスをしていたと思う。
「キスはなんとか乗り越えられました。でももう一つ。全くの未知の世界であるのに、男性が主導することを求められる慣習がありますよね」
これは私もピンと来る。それは間違いなく、初夜のことでは?と。
「初夜について書かれた本があると、ベルナードから受け取っていました。でもそれは文字でびっしり情報が書かれており、分かるような分からないような……。でも失敗は許されません。それではなくても私との結婚。アイリは本心で納得してくれているのか、分からないのです。不安でした。その気持ちをベルナードに話すと……」
ライルに相談されたベルナードは「とにかく実践あるのみだ。相手の反応を見て、嫌がったら止める。気持ちよさそうにしたら続ける。ただどうしたって血が流れるものだ。痛みはあるだろう。そこは相手を思いやりながら進めていくしかない」と、抽象的なアドバイスしかない。
初夜に関しては、ベルナードか本を渡すと言っていたので、それで大丈夫だろうと思っていた。練習の必要性に目覚める以前のライルは。
だが練習に目覚めると、本とベルナードのざっくりしたアドバイスで本当に問題ないのか。不安になる。だがもう時間がない。待ったなしで、結婚式の日を迎えてしまう。
「いよいよその時になってしまい、緊張しながら夫婦の寝室へ向かいました。でもアイリは朗らかに歌い、踊っていて……。それを見たら、落ち着かない気持ちは消えました。代わりに天真爛漫とも言えるアイリに見惚れ、自然と抱きしめたい、キスをしたいという思いが強まっていたのです」
その沸き上がった感情そのままに、初夜へ突入する。そう思われたが――。