ようやく
エドガーと別れ、フィオナと御者と共に、馬車へ戻った。
ホテルへ向かう馬車の中で、フィオナにエドガーのことを話した。
「やはりあの時の少年の可能性が高いのですか。立派な青年に成長されていたということですね。しかもチェイス家具店は有名ですし、そこの跡取りなら貴族も同然じゃないですか。爵位こそないですが、その財は伯爵家に匹敵しますよ。それに人脈。チェイス家具店の顧客には、公爵家もいるわけですから、根回しすれば爵位も手に入るでしょう。でも、そうですか。身分違いを考え、若奥様のことを忘れようと……」
私の話を聞いたフィオナは、しみじみとそう口にする。
「運命とはなんとも皮肉なものですね」とエドガーが言っていたが、まさにその通りだ。もう少しだけ早く、エドガーと再会していたら……。
でもそれはなかった。
何しろユーリの影で生きていた私は、自分から積極的に街へ出ることもなかったのだ。今日みたいに偶然レストランで再会する……なんてことはなかった。
きっとエドガーと私は、そういう星の巡り会わせだったのだろう。
そんなことを考えているうちに、ホテルに到着。
ティータイムを使った商談が始まった。
そこからは怒涛の勢いで時が流れて行く。
ベルナードのエスコートもなく、一人で参加することになった舞踏会。
でも壁の花になることはない。
自ら積極的に動き、令嬢マダムに挨拶をして、薔薇石英を紹介した。
幸いなことに、少しずつ社交界では薔薇石英のことが噂になっており、皆、興味をもってくれる。
何より私が実際に身につけているのだから、どんな宝石かよく分かる。価格もお手頃。即断で購入を検討してもらえるところも大きかった。
こうして舞踏会からの帰り道。
ガタガタ揺れる馬車の中。
ユーリをエスコートしていたライル。
遅すぎた再会を果たすことになったエドガー。
今日だけで私にとっては、大きな出来事があったが……。
そのことを考える暇はなかった。
明日以降の予定を考え、今日挨拶をした貴族達の名前を必死にメモする。
ホテルに到着し、メモをまとめ、入浴を終え、ベッドに横になると……。
そこでようやく思い出す。
ライルからノートが届いていないと。
日記のように毎日交換していたノート。
それが途切れるのは、これが初めてのことだった。
奇しくもライルがユーリをエスコートするところを目撃した日に、ノートが来なくなるなんて。
いろいろ考えそうになるが。
それよりも睡魔が勝ち、私は眠りに落ちた。
◇
私自身はぐっすり眠っているつもりでも。
眠りには周期があると思う。
深い眠りと、浅い眠りを繰り返しているような。
本当に深い眠りの時だったら、気づかなかっただろう。
でもその時は浅い眠りだったと思うのだ。
気配というか、視線を感じ、目が覚めた。
「……ライル……?」
ほの暗い部屋で、組んだ手に顎を載せ、こちらをじっと見ているライルの姿が見えた。
私の呼びかけにハッとしたライルが「申し訳ないです。起こすつもりはありませんでした。まだ夜明け前です。ゆっくりお休みください」と立ち上がるのを「待ってください」と上半身を起こし、掠れた声で呼び止める。
寝起きであり、冬場。
乾燥もしている。
声が掠れたのはそのせい。
だがライルはベッドサイドテーブルに置かれたガラスのカラフェから、グラスに水を注ぐ。そしてすぐに渡してくれる。
こういうところは、やはり甲斐甲斐しい。
「ありがとうございます」
やはり掠れた声のままグラスを受け取り、それをごくごくと飲み干す。
水を飲むことで、覚醒もすすんだ気がした。
チラッとサイドテーブルを見るが、ノートは置かれていない。
ノートに何か書く時間もなく、ここへやってきたのかしら。
「熟睡している様子でしたので、まさか起きるとは思っていませんでした。本当に、申し訳ないです」
「いえ、気にしないでください。ぐっすり寝ているつもりでしたが、間もなく夜明け。眠りも浅くなっていたのかもしれません」
あんなに会いたかったライルと面と向かって話しているのに。
胸が高鳴らない。
相変わらずライルは端正な顔で、着ているコバルトブルーの隊服も素敵なのに。
理由は明白。
ユーリをエスコートするところを見てしまったからだ。
「もうすっかり目覚めてしまいましたか」
「そうですね。……こんな時間にいつもいらしていたのですか」
「……日によりますが、この時間の時もありました。夜勤明けと申しますか……」
「一体何の任務についているのですか?」と問いたくなるが、それは職務の秘密を漏らすことになる。よって答えられないと分かっていた。そこでその言葉は呑み込む。代わりに……。
「そういえばノートを受け取っていません」
「……はい。……言葉が思いつきませんでした」
「……?」
するとライルは少しずつ明るくなる部屋で、とんでもなく悲壮な顔をして私を見た。
さっきまで平常心だったのに。
この表情には盛大に心臓がドクッと反応している。
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