本能的に
ライルに会いたい一心で、私はフィオナと共に宮殿へ向かった。
身分を示すウィンターボトム侯爵家の紋章。
最近ライルが結婚したこと。
宮殿の正門の門番は、ちゃんと知っていた。
「ご結婚、おめでとうございます。どうぞ、お入りください」
宮殿の中に入ることを許され、私はホッとする。
フィオナと共に、広々とした廊下を歩き出す。
国王陛下主催の舞踏会もあるため、宮殿へ来るのは初めてではない。
だがライルの執務室があるであろう、事務官などがいるエリアへ向かうのは……初めてだった。
だいたいの場所は分かる。
でもそこから先は、未知のエリアだった。
だが……。
「こんにちは。私はこちらのウィンターボトム侯爵夫人に仕える、侍女のフィオナと申します。本日は夫人の夫君であるウィンターボトム侯爵、王立イーグル騎士団の団長様に会いに来たのですが……。実は執務室へ向かうのは初めてで、場所が分からないのです」
通りがかった宮殿に仕える女官らしき女性に、フィオナが声をかけてくれたのだ。
するとその女官は「王立イーグル騎士団の団長!」とすぐに反応し、「我が国の英雄ですよね。最近、ご結婚されたと聞いております。おめでとうございます」と大変丁重にお祝いの言葉をくれ、そしてライルの執務室へ案内してくれたのだ!
「あちらの扉、プレートに『王立イーグル騎士団の団長 執務室』と書かれていますよね」
幅広で重厚な木製の扉が見えている。
間違いなく、ライルの執務室がそこだった。
「ありがとうございます。助かりました」
私がぺこりと頭を下げると「まあ、私などにそこまで深々と頭を下げてくださらなくても」と女官は驚く。
「さすが団長様の奥方ですね。どうぞ末永くお幸せに」
女官の言葉から、ライルがここ宮殿では“野獣”ではなく、正しく国の英雄として認識されていることを噛み締める。
“野獣”というのは、ゴシップに飢えた社交界での噂に過ぎない。彼の活躍を正しく理解している人は、ちゃんと英雄と分かってくれている!
その事実に嬉しくなり、その女官と別れ、執務室へ向かおうとしたが。
なんというのか。
本能的に何かを察知した。
「ちょっと待って、フィオナ」
立ち止まり、右手奥に見える庭園に目を向ける。
今いる場所は庭園に面した外廊下。
冬晴れの宮殿の庭園が見えている。
そして今は間もなく昼食の時間。
早めのお昼を摂る事務官の姿がちらほらと見えている。
庭園のベンチに腰掛け、ランチを食べるわけだ。
そんな事務官とは無縁の、フリル満点のピンク色のドレス。
明るいブロンドに濃い紫色の瞳。
黒ぶちの眼鏡をかけ、口元に飾りほくろもつけているが。
童顔なのに、胸は大きく、成熟した大人の女性の体つき。
共に暮らしてきた時間が長いので、私にはすぐ分かった。
あの令嬢は、ユーリだ。
そのユーリをエスコートしているのは、プラチナブロンドのサラサラの髪の青年。
高い鼻梁の両側には、碧眼の瞳。シャープな輪郭に、血色のいい唇。透明感のある肌に、見上げるほどの高身長。無駄を削ぎ落とし、鍛えられた体躯を持ち、純白の団長専用の隊服に身を包んでいた。
シルバーのマントがふわりと風に揺れる。
ライル……。
まさに絵に描いたような美男美女。
二人は共に笑顔に見える。
さらに少し離れた場所で、二人を見守るベルナードの姿も目に入った。
「わ、若奥様……」
フィオナも仰天している。
それはそうだろう。
なぜライルがユーリをエスコートしているの?
ユーリのエスコートが任務?
まさか。
ユーリは社交界の華ではあったが、それでも所詮、伯爵家の令嬢に過ぎない。一国の騎士団の団長が、エスコートするような女性ではなかった。エスコートする理由も全く思いつかない。それにあの様子は、初めましての雰囲気ではなかった。
「宮殿で迷ってしまいました。エントランスまで送ってくださいませんか、騎士様」とユーリが媚びた結果とも思えない。
「どうされますか……」
絞り出すような声で、フィオナが私に尋ねた。
どうするか。
このままライルに近づき、声をかけたら……。
ライルは心底驚くだろう。
どんな弁明をするのかなんて……想像できない。
一方のユーリは……。
ライルであると分かっているはず。
そのライルの妻が誰であるかも分かっている。
衝撃を受けている私の顔を見て、ユーリはあざ笑うと思う。
「フィオナ、せっかくここまで付き合ってもらったけれど、帰りましょう」
「! 分かりました。こちらから戻りましょう」
フィオナは庭園側に移動すると、私の姿がなるべく庭園から見えないように、隠すようにして歩き出す。私もその意図が分かるので、背を丸め、視線を落として、歩き出した。