正解なのに残念
「若奥様、ダメですよ! 男という生き物は、手に入った瞬間にクールダウンしてしまうんです。焦れ焦れ作戦中にキスやそれ以上を許しては、本心を聞き出すことができません!」
「そ、それは……分かっているけれど、ライルはとても魅力的なのよ! それは……フィオナも理解できるでしょう!」
「ええ、それは分かります。ですからあのタイミングで執務室へ戻ることができて、良かったです」
絶妙なタイミングで執務室へフィオナが戻って来てくれたおかげで、ライルとのあと一歩は……阻止された。
阻止された……それが正解なのに。
残念でならなかった。
その後はフィオナに言われた通り、義母とのティータイムの時間。
ライルと共にティールームに移動し、和やかにお茶を楽しんだ。
お茶を飲んでいる時のライルはかなり自制したのだろう。
私に熱い視線を送るのを我慢し、侯爵として立派な態度をとり続けた。
そのティータイムが終わると、ライルは執務に戻り、義母は自室で夕食まで休息。
私は自室に戻り、こまごまとした雑務に対応だ。
そうしているとあっという間に夕食に備え、ドレスの着替えの時間となる。
ロイヤルブルーのドレスに着替えると、夕食を摂ることになった。
そして夕食が終わり、入浴の準備を待っている時。
下腹部にキリッとした痛みを感じ、そして月のものが来たことが判明する。
「月のものが来た件は、若旦那様にもお伝えしますね」
「ええ、そうして頂戴」
月のものが来たとなると、夫婦の寝室へ呼ばれない可能性もあった。
だが。
拭き洗い入浴……蒸しタオルで体を清めている間に、ライルから連絡が来ていた。従者からの伝言を聞いたメイドによると……。
月のものが来ていることを踏まえ、部屋を暖かくし、温かい飲み物も用意するので、夫婦の寝室へ来て欲しい――つまりリラックスできるようにするので、会いたいということだ。
「事情を知らなければ、ただただ新妻を溺愛する夫にしか思えませんね。そんなに甲斐甲斐しくなさるなら、高級娼館など行かなければいいのに」
ライルが魅力的でつい忘れてしまう。
だが、そう、そうなのだ。
フィオナの言う通り。
彼は……新妻である私に手を出さず、高級娼婦を……。
それでいて私が焦らすと、切実に私を求める。
あんなにキスをしたがるのに、高級娼婦とそういうことをするライルが理解できない。
その意図、本心はどこにあるのか。
やはり気になる。
「キスは求められるかもしれませんが、月もので気分が悪い……で誤魔化すといいかもしれませんね。あとは若旦那様が騎士である点を、利用するのです!」
フィオナの作戦はこうだ。
ライルがスキンシップを求めたら、やんわりと断り、「騎士であるライルなら無理強いはなされませんよね」と瞳を潤ませて口にすれば、もう借りてきた猫のように大人しくなると。
騎士道精神では女子供を敬い、弱者に優しくすることが基本だった。
ある意味これを言われたら、もう執務室の時のように迫ることは……不可能なはず。
それはライルの本心を聞き出すまで、焦れ焦れを続けるには効果てきめんだろうが……。
まず、なんだかそれで大人しくさせるのは可哀そうな気がしてしまう。
それに、私が……寂しい。
あんなに瞳をうるうるさせ、求められて嫌なはずがなかった。
しかも私はライルが好きなのだ!
「でもなぜ高級娼館に足を運び、若奥様とは白い結婚なのか、その理由を知りたいのですよね?」
「そうね。分かったわ。いざとなったら騎士道精神を思い出させるわ」
こうしてシャンパンゴールドのシルクのネグリジェに、シルバーの厚手のウールのガウンを着て、夫婦の寝室へ向かう。
部屋に着くと、昨日と同じぐらい、ポカポカと温かい。
さらに飲み物としてラズベリーリーフティーが用意されている。
月のものの時に飲むといいと言われているハーブティーだ。
他にも鉄分が豊富とされるドライプルーン、アーモンド、膝掛け、香炉などいろいろ用意されていた。
その気遣いと甲斐甲斐しさに、なんだかくすぐったい気持ちになる。
新妻を思いやる新婚の夫。
まさにそれを具現化したようだ。
そこでノックと共に濃いグレーのガウンを着たライルが姿を現わし「アイリ!」と私に駆け寄る。
「なぜそんなところに立っているのですか? 体を冷やすと良くないのでしょう?」
そう言うなり私を抱き上げ、スタスタとソファへと運んでくれた。
ストンとソファに私を下ろすと、膝掛けをかける。
さらにラズベリーリーフティーを、ティーポットからティーカップへと注いでくれた。
「痛みはないですか? もし辛いようなら、無理をさせるつもりはありません。お休みになってください」