絶対に負けられない戦い!?
翌日。
結婚式前日となってしまった。
本当にあっという間だ。
今日は夕食を終えると、明日の結婚式に備え、入念な入浴やマッサージ、産毛の処理などいろいろしてくれることになっている。日中は屋敷の中、敷地内にある庭園、厩舎、菜園、乗馬と剣術の訓練所などいろいろ案内してもらう予定になっていたのだけど……。
「屋敷の内外の案内、それは結婚式の後でもたっぷり時間を取らせていただきます。今日は……結婚式と披露宴、ウェディングパーティーの練習をしませんか?」
これを朝食の席で提案された時は、私は勿論、義母も目をぱちくりさせていた。
すっかり元気な義母は、今朝も朝食の席に顔を出してくれている。だが息子の唐突な提案に、戸惑いは隠せない。
「ライル、練習って……。結婚式、披露宴、ウェディングパーティーを練習するなんて、聞いたことがないわよ。楽団が演奏曲を練習するのは聞いたことがあるけれど……。そもそも何をどう練習するつもりなのかしら?」
「母上、自分は結婚式の入場も、誓いの言葉も、その他諸々をやったことがありません。披露宴は……披露宴は練習はいらないですね。ウェディングパーティー、自分は一度もミルフォード伯爵令嬢とダンスをしたことがありません。これは事前に手合わせを願いたいです」
「まあ、そういうことね。ダンスは……そうね、練習していいと思うわよ。でも結婚式の諸々は……みんな当日に初めてよ。そもそもファーストミートの慣習もあるでしょう? 新郎新婦は挙式で初顔合わせをするのだから。練習なんて……皆様、普通はしないわよ? 私だって練習なんてしないで結婚式だったわ」
するとライルは大変真摯な表情で切々と訴える。
「練習なしでは、失敗する恐れがあります。入場も扉から祭壇まで、相応の距離があるんです。しかもエスコートするのは、父上不在により、ベルナードが代理で務めます。もしもベルナードがしくじりでもしたら……。それに指輪の交換を失敗したら、どうなりますか? 厳かな雰囲気の中、指輪が床に転がる事態にでもなったら……。他にも……」
滔々と結婚式での失敗の可能性を口にするライルに、義母は次第に何も言えなくなった。
聞いていた私は言うまでもない。
練習しないといかに危険かを、強く噛み締めてしまう。
冷静に考えると、これまでみんな、練習なしでよく臨んでいたと思わずにいられない。
「ウィンターボトム侯爵、練習、しましょう! 練習なしでは不安しかありません! ファーストミートの慣習もあるので、ウェディングドレスを着るわけにはいきません。ですがなるべく丈の長いドレスを着て、ベルナード様にエスコートしていただきます。それにロング手袋は外すのに時間がかかりますし、練習しておきたいです!」
すっかりやる気の私に、ライルは笑顔になった。
二人の気持ちはまさに今、一つ。
練習は必要だ!と。
一方の義母は「ま、まぁ、お二人がそうしたいのでしたら……」と驚きつつも、許容してくれる。
こうして朝食の後、ウェディングドレスを模したドレスに着替え、早速練習となった。
◇
「結婚式の練習!?」
ライルから挙式でのエスコートの練習を命じられたベルナードは、まさに仰天していたという。
でも今、彼は神妙な表情で私をエスコートし、挙式が行われる大聖堂の入口の扉の前に佇んでいた。
「もしもお前が失敗したら、その恥をミルフォード伯爵令嬢は一生背負うことになるんだぞ。その責任をとれるのか!? それにウェディングドレスは通常のドレスより裾は長いし、ベールも長い。いつも通りのエスコートでいいと思っていないだろうな? 加えて……」
ライルから練習をしないことのリスクを一気に伝えられたベルナードは、サーッと顔を青ざめさせ「れ、練習、します! 練習、させてください!」と返事をした。
ライルのトークは実に説得力があり、ベルナードは真剣な様子で扉が開くタイミングを待っている。
「何があっても祭壇の前まで、完璧にエスコートして見せます! これがわたしに課せられた人生最大のミッションですから!」
「はい。お願いします!」
私としてはもう、戦場へ向かう兵士のような気持ちだ。
挙式、それすなわち、絶対に負けられない戦い。
負ければ、すなわち一生の恥!
ということで扉がゆっくり開く。
臨戦態勢のベルナードと私は、足並みを揃え、バージンロードに足を踏み出した。